水の記憶34
湖のまわりは雪が積もり冷たい清廉な空気があたりに満ちていた。
さすがにひんやりした空気を感じ取りファンは肩を抱いた少女を見るが、サラシアナは特に気にした風もなくファンから離れて水際に行くと冷たい水に手を冷やす。
見ているだけで寒そうな光景だけれど少女はまるで温泉にでもつかったかのようにまなじりをさげていた。
その姿にほっとする。
ちょっと急すぎたとファンは反省していた。
ただ、アーゼルたちの、カインの熱をはらんだ視線がうっとおしく感じたからとはいえ、自分はサラシアナより八つも年上だ。
なのに醜い嫉妬から少女には酷な現実をつきつけて自覚させてしまった。
もっとゆっくりと信頼を経てからなるべくサラシアナが傷つかない方法で自覚させるつもりだったのに。
決して、サラシアナは水の子としてだけしかの価値がないわけじゃないのだと。
少なくとも自分にはそうしじゃないのだと。
この討伐中に信頼を経て、討伐が無事に終わってさらわれた女子供を保護したらサラシアナに言うつもりだったのだ。
それをまだ狭間の海にすらついていない道中で、しかも騎士たちのいる前で・・・。
ーやらかしたな。
リスやシカがサラシアナを気遣うようにとりかこんでいる。
ほんものの真っ白なウサギもちょこんと隣にすわっていた。
「大丈夫よ、みんな。ごめんなさい、心配かけて」
サラシアナは一匹ずつの頭を撫でてやっている。
「キミは動物に愛されているのだな」
本来なら人を襲う白い狼までいて苦笑する。
野生の白狼がまるでこれでは飼い犬だ。
ファンの言葉にサラシアナはふわりとまだ赤みのとれない瞳で笑った。
「アクアフィール様の聖殿にはたくさんの動物たちが遊びにきますから。私はとても小さいころからあの森に逃げていたので」
そう嫌なことからすべて逃げていた。
他国の魔女以外誰も入ってこれない場所だから、嫌なことから絶対に逃げ切れる場所だったから。
素直に認めるサラシアナにファンは珍しくこまっているような顔をしていた。
気記憶にある限りこの青年のこんな顔は珍しい。
「どうかなさりました?」
「いや・・・」
わずかにファンは視線をさまよわせると迷いを断ち切るかのように、湖のほとりに膝をついて水にふれているサラシアナと目線をおなじにした。
サラシアナはは驚く。
「お召し物が汚れてしまいますよ?」
水の子である自分は衣類も汚れてもすぐにきれいに乾くし、汚れることもない。
けれどファンは違うはずだ。
「いや、私も精霊たちにはそこそこ愛されているので大丈夫だ。それよりも、先ほどはすまなかった」
いきなり頭を下げたファンに少女は驚く。
この国王は本当にあっさりと一介の王女にすぎない自分に頭を下げすぎじゃないだろうか。
「先ほど?」
なにかされただろうか。
「キミを泣かせてしまった」
ひどく後悔した声音にサラシアナはマジマジとファンの鋭い緑光の瞳を見つめてしまう。
「どうしてファン様が謝られるのですか?ファン様のおっしゃったことはただの事実です。私は水の子という立場でしかなかった。そのことがずっと寂しかった。そのことをファン様は教えて下さっただけです。泣いたのは私の弱い心のせいです。これではマハトの願いをかなえられませんから、しっかりしないとと思いました」
ゾドの時と違って、討伐隊に参加したのはサラシアナの意志だ。
ファンに請われはしたけれど、強引だったけど、でも、それでもサラシアナが自分で決めた。
「そろそろ追いかけないと間に合わなくなりますね」
もう大丈夫だとファンに笑いかけ立ち上がろうとするとその左手をつかまれた。
立ち上がろうとした中途半端な姿勢でファンを見下ろす形になってしまう。
「あの・・・?」
どうかしたのだろうか?
不思議に持っているとファンがそのままサラシアナの左手薬指にはめられてる指輪に唇をよせた。
(-えっ?)
とっさに左手をひこうとしてもがっしりした手に逆につつみこまれてしまう。
そのまま緑光を宿した瞳が切なげにアクアマリンの瞳を捕らえる。
「本当は、討伐がすんでからゆっくり時間をかけて口説くつもりだった」
ゆっくりと優しい声がサラシアナの耳に届く。
「だが私は、やはりファシル・アルド・バードの血を引くものなんだな。愛しいと思えるものを目にすると抑えがきかないらしい。キミに求婚するサラシアナ王女。この討伐が無事に終わりキミが16歳の成人する時に我がファシル・アルド・バードの王妃になってほしい。私の妻として。キミが好きだ、サラシアナ王女」
―後に吟遊詩人たちに語り継がれる恋愛宝庫のファシル・アルド・バードの国王ファンファラシスのプロポーズは、シャンフィールの辺境の地にあるアクアフィールの聖域で行われることになった。




