水の記憶33
思いおこせばいつも母の困った優しい声があった。
ーもう本当に困った子ね。
ーあらあらそんなに嫌なの?困ったわね。
ー熱までだして水の子である貴方がでる式典でもないわ。
ー儂が怖いか?サラ。ああ、ヨイヨイ。怖いなら父の方を見なくてもよい。
ーいいのよ、サラ。式典なんて私たちがいくらでもでてあげるから。あなたは特別な子だもの。みんな理解してくれているわ。
ー大丈夫だよ、サラ。キミは私たちの宝物である水の子だ。必ず守るから。
いつも困ったように、けれど大丈夫だという両親や異母兄姉たちに守られて、許されて、彼女自身が逃げていた。
ー駄目じゃぞ姫。王族とは民の前に立って、模範であるべき存在じゃ。有事の際は先頭に立って民を守るべき者じゃ。決して、アクア殿の正殿でさぼっている場合ではないぞ。
口やかましくいってくれるのは時折来る他国の魔女長だけで。
ずっと嫌なものから逃げ回っていた。
だってみんなそれでいいと言ってくれるから。
だって、この国には優秀な第一王女を筆頭にたくさんの姉たちがいて、彼女たちはとても優秀で水の子しか価値がない自分にもとても優しくて。
だけど、みんなは結局、王女としては見てくれなくて、王女どころか人間とすら思ってくれなくて、だって、だって・・・・。
「私は水の子だから・・・、水の子だけでしかないから」
つぶやくように声が漏れた。
その言葉に、
「それでいいじゃないか。サラシアナは水の子だ。我々が敬愛するアクアフィール様の寵愛を受けし姫だ。存在するだけでいいんだ!」
叫ぶようにそれでいいというカインの言葉に唇をきゅっと噛む。
そう、幼いころからずっとそう言われてきたのだ。
いまさら、水の子以外になんかなれない。
「-キミはそれでいいのか?サラ」
うつむくその瞳をしたからのぞき込む鋭いけれと優しい緑光の瞳に驚く。
いつの間にかファンが跪いて下からサラシアナを覗き込んでいた。
「-っ」
驚いて一歩退こうとしてバランスを崩し、そのまま後ろにたおれそうになるところをファンが支えてくくれる。
そのままその力強い腕にひっぱられ抱きしめられた。
「ああ、こんなに泣くなんて。キミを泣かせるつもりはなかった」
許してほしいと続けられて、そもそもないてなんかいない。
そう言葉にしようとすると、口の中に塩辛い水滴が頬を伝っておりてきた。
「だって・・・」
声が震える。
喉があつい。
「だって・・・だ、誰も・・・」
「-ああ」
そっと背を温かくて大きな手で優しくなでられると限界だった。
その腕の中で声をあげてサラシアナは泣いていた。
泣いて訴えてしまった。
だって、誰もサラシアナを必要とは思ってくれないのだと。
必要なのは水の子であって、決して人間としての、王女としてのサラシアナではないのだと。
誰にも必要されていないのが自分という存在だと。
「ヒック・・・水の子なんて、ヒック」
こんな思いをするくらいならなりたくなかった。
役立たずの王女だとずっと思ってきた。
「-いまでもそう思うか?ゾドを見た後でも」
静かな声が少女の嗚咽のあいだたに交じる。
「少なくても私はキミが水の子であってよかったとおもっている。キミが助けた。餓えた赤子も折れそうになる心も皆キミに励まされた。キミが王女としてではなくても水の子としてきちんと役目を果たしたからだ」
優しい声に誘われて思い出したのは毒に汚染された水を聖水に変えた時の村人たちの表情。
信じられないものをみるように、疲れ果て絶望が新たな死を呼んでいた。
けれど、他ならぬサラシアナ自身の手で毒水を聖水に変えて赤子の餓えた腹も満たした。
ライザの顔にも安堵が浮かび、人々は粗末な炊き出しも自発的に行っていた。
「…マハト」
強い瞳で、それでも涙を目に一杯ためて母と妹を取り返しに行くといった子供にサラシアナは約束した。
自分にできることをやると。
自然に嗚咽がやむ。
涙をのみこんで目を上げようとするとそのままふわりと体が宙にうき、恐怖心から慌てて目の間にあったファンの首にしがみついてしまう。
そして、ファンに抱き上げられたのだとと気づいた。
「目が涙で真っ赤だ。このままでは帰ったらヒズやアクア殿にもどやされてしまう。とりあえずそこの湖で顔を洗いに行こう」
目線で呆然としているアーゼルとカインについてくるなと語り、そのまま二人でアクアフィールの加護する湖のほとりへと歩いていく。
すぐにそのまわりを取り囲む動物たちで姿はみえなくなってしまった。
その光景を、先ほどの王女の独白をシャンフィールの精鋭騎士団はただ見送ることしかできなかった。




