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水の記憶31


 

大きな体躯の黒馬が金色に輝く髪の青年を乗せて先頭を駆けていく。


他国の者であるはずなのに自国の王子である自分よりも迷いなく馬の行き先を決め操っていく。


その鋭く迷いない強い瞳そのままに。


「くそっ、ハイペースすぎるだろう。なんでふたりものせてこんなに速くかけられるんだ」


一馬身ほど離れた後ろから弟の毒づく声を聴いてアーゼルも同じ思いだ。


前を行く黒馬に乗っているのはふたり。


ひとりは天馬をも駆る騎馬の名手であるファシル・アルド・バードの国王ファンとはいえ、その彼の腕にはアーゼルの異母妹であるサラシアナが抱かれるようにして騎乗している。


サラシアナは乗馬の経験などまるでないど素人だ。


そんな少女をしっかりと腕に抱き込みまようことなく精鋭ともいえる自分たち騎士団の騎士さえ気を抜けば置いて行かれそうな速度でファンは馬を駆る。


その腕の中にいる少女はまるで空気のように自然に安心してファンに身をまかせているからできる芸当なのだろう。


アーゼルにとって異母妹であるサラシアナを目にするのはこれで何度目だろう。


本当に兄妹でありながら14年も妹が生まれてからたつというのに、異母妹とはいえ母親同士は親友で仲もよいというのに、あった回数は50にも満たないだろう。


ただ、サラシアナが水の子というだけで。


今でもサラシアナが生まれてきた日の出来事は覚えている。


幼いながらに国中の精霊たちが歓喜しアーゼルたち異母兄弟に喜びを伝えてきた。


本来ならファシル・アルド・バードの民でもない自部たちは王族であっても精霊たちは興味をしめさないのに。


国中が祝福につつまれ、そして至福の森から魔女がやってきた。


国王と正妃と魔女に精霊、そして何よりも敬愛するアクア・フィールから溺愛されて育った異母妹は大切に守り育たれすぎて自分たち兄弟ですら滅多に会えない存在となっていた。


アーゼルには国を継ぐ野心はない。


剣を持ち戦うことに、祖国を守ることに命を懸けることは王族として当然の義務だと教育され、アーゼル自身もそのことに誇りももち迷いはない。


けれど、自分には政治は向いていない。


そういう面倒なことにはむいていない。


異母兄や同腹の妹の方がよっぽど腹の探り合いは得意だ。


ちょっと優しすぎる異母兄も妹たちがフォローすれば父王とも変わらない統治者になれるだろう。


幼いころからずっとそう思っていたし、母親からは異母兄を支えるように言われ育てられた。


騎士団長の祖父は彼の憧れだった。


そういう彼にとって時折、妹たちから聞くサラシアナの話はどこか遠く、けれどやっぱり血をわけた妹という感覚だった。


国を継ぐ意思のない自分は血婚も関係ない。


式典などで目にする水の子のサラシアナは水の子であってもやはり妹だった。


だからこそ妹たちが思っているようにアーゼルにとっても守りたいし不憫な妹でしかない。


生まれた時から特別で、ただ水の子としか評価されな異母妹。


いずれ長兄であるアイオンが娶りともにその存在を守るのだろうとおもっていたのだけれど、


(ああいう表情かお)もするんだな)


金髪の青年の腕の中ではじめは怖々と目をとじしていたのが、騎乗にも慣れたのか物珍しそうに周囲の様子をうかがっている。


時折目にする鳥や花に驚いたり、小さな笑みを浮かべるのが垣間見れた。


それに対してファンが時々説明したり注意したりしている。


「サラ、口は閉じていないと舌を噛むぞ。-ああ、あれはリアスの花だな。なんだ、しらないのか?シャンフィールにしか咲かない珍しい花だぞ。本当に自国の事をキミはもっと勉強するべきだな」


あきれたように言う声はそれでも随分とやわらかく優しい。


たしかにリアスの花はシャンフィールの辺境に咲く花だ。


そしてその花にはひとつの特徴がある。


「リアスの花があるということはアクア・フィール殿の聖域の湖が近くにあるな。きみと私がいるなら大丈夫だろう。少し休憩するか」


とんでもないことをファンがサラリと言う。


「ま、待ってください。ファラシス国王陛下。確かにあなた方は大丈夫でしょうが我々がアクア・フィール様の聖域に入れるはずがありません」


おもわずアーゼルが言うとからりとファンは笑った。


「大丈夫だろう。別に聖域で争いをするわけでもないし、なによりもサラを休ませるためだ。いとし子を守るための騎士をあの方は拒みはしないさ。しかも君たち王族が二人もいる」


そういうと馬の速度を緩めリアスの花咲く方向に向きを変えた。

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