水の記憶30
砂ぼこりをあめて一団が過ぎるとアイリスとロレーヌの双子の王女たちは顔を見合わせた。
双子といっても二卵性なので似てはいるがまったく同じ顔立ちというわけでもない。
姉のアイリスは背が高く顔立ちも美人にだが、妹のロレーヌは姉よりは背が小さく顔立ちも可愛いといったほうがしっくりくる。
古くはルナ・ムーンの王家の血を引く侯爵出身の母を持つが、母と正妃のロレッタは幼馴染の親友でとても仲が良い。
双子も他の異母兄弟と同じようにロレッタを慕っており、その子供であるサラシアナが正妃になることを嫉妬したことすらなかった。
むしろ、兄弟のいずれかに将来嫁ぐことを決められていて哀れみを抱いていたりしていたのだが、
(むしろこの状況ってもしかして)
第二王女なのでアイリスよりのんびりしているロレーヌが小首をかしげて姉のアイリスをみつめると姉はやれやれと肩をすくめてみせた。
「アイオン兄さま、王太子になる覚悟はございますか?」
落ち着いた様子で、どこか苦笑いをこめてアイリスがアイオンにたずねる。
一団をにがい表情でみつめていたがその言葉にロレーヌに視線を移した。
「どういう意味だい?」
「いったどおりでの意味ですわ。アイオン兄さまにならご理解されると思いますわ」
「私に君かロレーヌを嫁にとれと?」
「いいえ。私とローレーヌともどもとですわ、アイオン兄さま。それならはサラシアナを娶られなくてもある程度の論は封じ込めます。だって私たちはルナ・ムーンとの強力なコネもある血筋ですもの。損はどこにもありませんわ」
さくさくと言葉を続けるアイリスにそこまで考えてなかったロレーヌは呆気にとられた。
「父上が私たち、第一王女と第二王女をいまだに嫁がせないのは、この時のための保険だったのでしょう。あのままサラを正妃に迎えたとしても、王妃としての務めをできるとは思えないですし。あの男嫌いのサラですわよ。お兄様サラ相手に子作りできますか?」
なんとも返事をしずらいことを臆することななく告げる第一王女に王子はため息をついた。
「・・・サラは私にとっていつまでも幼いままの赤子のようなものだったんだけどね」
いつのまにか少女らしく、すらりと背も伸びて、ささやかながらなだらかな丘も形成しはじめており、
なによりもおびえながらも、ファシル・アルド・バードの国王と一緒に必死に懸命に傷ついた民のために動いていた。
自分たちが水の子だからと甘く見ていたつもりで、実はサラシアナ自身から目をそむけていたことに気づかされた。
水の子としてしかなかった王女の価値をあっという間に覆してしまった強い瞳の光の国王。
人間嫌いのサラシアナすらも強引に導いていく王としての圧倒的な輝き。
(若くして大国を治めている差なのか。私のほうが年上なのに)
第一王子として幼いころから大陸会議などで顔をあわせていたし、話もしたこともそれなりにある。
性格も人となりも知っている。
その元国王もよく知っている。
「ファシル・アルド・バードの国王とサラシアナなら国民も光の大陸の国々も納得するだろうな」
溜息とともにアイオンは妹たちをみた。
「寂しいですけれど、サラシアナの幸せを望むのならあの子はこの国にいるよりもファシル・アルド・バードに嫁いだ方がよいのでしょうね」
ロレーヌもつぶやくように口にする。
ファシル・アルド・バードに嫁ぐことは光の大陸の王女たちにとって夢物語だ。
ファシル・アルド・バードの国王はたったひとり王妃を愛する。
きっとサラシアナはとても大切にしてもらえる。
シャンフィールの水の子の王女としてではなく、サラシアナ王妃として。
(あら、ということはですわ)
ロレーヌは瞳を瞬いた。
「王位継承の条件はサラシアナではないということになるのですわね」
「だからそういっているでしょう」
アイリスが呆れる。
「私、アイリスと離れるのは嫌ですわ。サラが兄さまに嫁いだらアイリスと一緒にどこかの王家に側妃として嫁ぐつもりでしたのに」
「私もよ。それに、アーゼル兄さまは同腹ですから嫁ぐことは無理ですし、王位に興味もないご様子ですし、結局私たち兄弟ではアイオン兄さまがふさわしいと思っていましたのよ。アイオン兄さまもそのおつもりでしたのでしょう?」
「きみたちはそれでいいのかい?」
異母妹として育ってきた。
特に今回のように医術をもつ自分と行動することも多かったふたりだ。
シャンフィールの王族として異兄弟で血婚する理があることは理解していても、その相手はずっとサラシアナだったはずだ。
するとアイリスは愛おしそうに微笑んだ。
「私たちはサラシアナを愛していますわ。敬愛すべきアクアフィール様の寵愛をうける水の子としても、ただの妹としても。あの子が幸せになれるのでしたら、私たちは私たちの王女としての義務を喜んでお受けします」
兄さまもそうでしょう、と続けられてアイオンは苦笑した。
「そうだね。これでやっとあの子が水の子としての立場から解放されるのなら、兄としてこんなにうれしいことはないよ」
ずっと不憫に思っていた。
人間嫌いだからと、一見、甘やかされているようで、誰にも距離をとられ甘えることもできない妹を。
溺愛しているようで水の子として親子の愛情ではない関係を抱く継母。
接することすらあまりない父親や兄弟。
姉妹ですら距離をとる。
誰も彼女のそばにはいない。
ただ水の子として存在する妹。
ずっと不憫だった。
他の妹たちの笑顔が輝けば輝くほど、どうにかして解放されてほしいと思っていた。
無邪気にただ笑ってほしいと願っていた。
いまだその夢はかなってないけれど、きっとファンならかなえてくれるだろう。
「君たちを私のできるかぎりの力で守っていくとここに誓おう」
「あら、ファン・ファラシス国王様のように全てでなくて、できるかぎりなのですか?」
「血婚が義務である以上、妃が君たちだけというわけにはいかないだろうからね。あのセリフはとても口にできない」
「ほんとうに真面目ですわね。兄さまは」
「アイオン兄さまはそこがいいのよ。アイリス」
「まあ、そうね。私達を大切にしてくれることは間違いないでしょうから。よろしくお願いしますわ。兄さま」
「こちらこそ」
兄弟仲が良かったことは幸いだと思おう。
少なくとも父と継母のような関係を築けるだろう。
そこに夫婦としての愛はないけれど、家族としての愛情はまぎれもなくあるのだから。
「カインもこの旅路で成長してくれればいいけれど」
「そうですわね。他の兄弟は納得するでしょうけれど、彼は未熟ですもの」
双子の声にまったくだと思う。
異母姉妹といえサラシアナを神聖化しすぎる弟が成長してくれればいいと思う。
「それくらいは我が国の宝をかっさらっていくんだ。ファン・ファラシス国王に任せよう」
カインを納得させれないくらいなら国王を、国民を、何よりアクア・フィールを動かせないだろう。
「さあ、村の復旧を手伝おう。彼らが帰ってきたら女性たちのケアも必要だ」
アイオンの言葉に双子の王女も頷いた。
まずは王族としての務めをはたそう。妹の結婚話はそれからだ。




