水の記憶29
オズバンが用意してくれた二頭の馬は体格もよく立派な牡馬だった。
その二頭のうちより大きい黒い馬にサラシアナを抱き上げてファンが乗せてくれる。
体格が大きな分視線も高くなりサラシアナは小さく悲鳴を上げてしまったがその悲鳴にも馬は動じることもなくじっとファンをみていた。
その鼻先をファンは撫でている。
「よしよしいい子だな。無理をさせて悪いが人間二人乗せて走ってもらう。見ての通りサラは騎乗になれていない。私もできる限りフォローはするが、負担をかけることになるだろう。頼むよ」
ブルルッと鼻息をならして馬は返事をした。
ファンはうなずき返しサラシアナをみる。
「大丈夫か?シリウスの方が視線は高いはずなんだが」
なにせあちらは空を駆けるし大きさもある。
高さ的にはシリウスに乗った時のほうが高いはずだけれど。
「さっきは必死にヒズを抱きしめていたので」
必死にウサギのヒズを抱きしめて目を閉じていた。
「怖いなら目を閉じるのは構わないがいざという時のためにお勧めしないな。それにキミはきちんと自分の国をその目でみる必要がある。地理は王族の基本だ」
そういいながらヒョイと身軽にサラシアナの後ろに乗る。
サラシアナを守るように両手が伸びて手綱を握る。
「まあ、いま状況でそこまで求めるのも酷か。大丈夫だ。必ずキミを私が守る。疲れた時は私によりかかればいい。決して彼も私もキミを落とすことはない」
背後のぬくもりに自然とサラシアナの肩の力がぬける。
ファンが大丈夫というなら大丈夫だと自然に思えたがその様子に耐えかねたカインが口を開いた。
「サラは私たちシャンフィールの騎士が守ります」
その声にサラシアナはびくっと肩をふるわせた。
カインはもう一頭の馬に騎乗していた。
討伐隊に名乗りをあげもともと騎士団所属で腕がたつこともありアーゼルも許していた。
その背後で第二王子のアーゼルは何も言わずに微妙な表情をしている。
何もいわないがカインと同じ気持ちなのだろう。
「ああ、そうですね。期待してますよ、カイン王子。あなたは腕がたつときいてますし。本当はビルも連れていきたいがヒズがファシル・アルド・バードにもう戻らないといけない。本来なら至福の森の魔女は他国に干渉しない。今回は強引に私がサラシアナと一緒に連れてきてしまいました。なので、この村と繋ぐためビルを残します」
『彼の地』のオークたち相手に戦力はいくつあってもいいとファンは続けた。
けれどカインの言いたいことはそうではない。
イライラするのを抑えずにファンの腕の中にいるサラシアナを見る。
すると明らかにサラシアナは怯えた表情になった。
「カインよすんだ。いまは誘われたものたちの救出を最優先しなければならない。それにファン・ファラシス国王は協力者だ。敵ではない」
様子をみていたアイオンが口をひらいた。まっすぐにファンを見る。
「どうか妹と弟たち、そしして我が国の者を頼みます」
その言葉にしっかりとファンはうなずきかえすとアイオンの隣にいるビルに言った。
「この村のことは頼むぞ」
「おまかせください。わが君」
「では行こう。サラしっかり捕まっててくれ」
カインの話はもうたくさんだ。正直、いまは一刻を争う。
それにー。
やっぱり目を閉じてしまう腕の中にいる少女をちらっと見やりほくそ笑む。
サラシアナを他の男が触ることは許さない。
震えながらも、怯えながらも、それでも水の子として、王女としての役目を全うしようと。
なによりも傷ついた者たちの支えになろうと一生懸命に震えながらも頑張っていた健気なその姿に、精霊たちの言葉を信じていいのではと思うのは時間の問題だった。
シャンフィールでの水の子としてのサラシアナの立場は嫌ってくらい知ったし、アイオンをはじめ王子たちが将来即位するためにサラシアナの存在が必要なこともわかっている。
けれどそんなことはどうでもいい。
むしろ、この少女をただの水の子としてしか価値がないというなら喜んでファシル・アルド・バードが貰おう。
ファシル・アルド・バードは魔法がある。精霊に魔女もいる。
別に水の子でなくても水の子とある程度同じことはできる。
アクア・フィールに無条件で愛されるほどではないけれど、水の子としての力に国民もこだわらないだろう。
ファンは水の子のサラシアナが欲しいわけじゃない。
ただ、守りたいと思ったのがサラシアナでサラシアナは水の子だった。
ただ、それだけ。
そうそれだけなのだから、奪ってしまおう。シャンフィールの王家から。
国民から。
ーどのみち国民たちはファシル・アルド・バードに嫁ぐなら喜ぶのだろうが。
間違いなくヒズの大好きなおとぎ話が討伐が解決したらやってくるだろう。
サラが成人するまであと二年。
まずはその二年間を婚約者として訪問することを認めさせよう。
そう認めてもらうではない。
認めさせるのだ。
なにしろファンは必要があるためとは言えファシル・アルド・バードの王家の指をサラシアナに渡してしまっている。
王家の指輪は代々の国王と王妃に贈られる至福の森のドワーフたちが特別に思いをこめて作ってくれる一生に一度の結婚指輪だ。
指輪は生きており王族と魂が結び合えている者しか忠誠を使わない。
指輪は拒否をしなかった。
その時点でシャンフィールの国王なんかどうにでも言いくるめられる。
むしろあののんきな兵隊ももどきのカインをどうにかして王族に戻してもらいたい。
アイオンとアーゼルにはもんだいないようだが。
とにかくこれから忙しくなりそうだ。
しっかりと腕の中の少女を守りながら速足で馬を駆るスピードとおなじはやでファンの頭脳がる回転する。
「あ、あの」
か細い声にふと視線を下げる。
「どうした?」
「私は自国の者の馬に乗ったほうが・・・」
「乗れると思うなら構わないがのれるか?」
ファンの問いかけに言葉ない。
そりゃうそうだろう。対人恐怖症なのだから。
ただ、それだけではないのだ。
「きみはアクア・フィールに溺愛されているな。アクアフィールは人間の男嫌いだすらな。同じ水の子としての君に影響してしまっているのだろう」
「同じシャンフィールのものではもうだめだ。私と一緒にいることがきみっては不本意だろうが一番いいはずだ。辛かったらむ行ってくれ」
「・・・はい」
自分やれることを微力ながらも探そう。
そう決意して閉じていた目をサラシアナは開いた。




