水の記憶27
はじめて他人をたたいてしまった手がじんじんしているうちに、
先に馬で討伐隊として出発していた第二王子のアーゼル王子の部隊が村に到着し、
あっさりとその人はサラシアナの前から姿を消してしまった。というか、アーゼルのもとへと走っていく。
「-あっ」
呼び止めようと思わず声がでるが、一瞬も振り返らずに駆け出していく大きな鍛えられた身体。
足をとめない主の代わりにビルが頭をさげていた。
「もうしわけありません。サラシアナ王女様。わが王の無礼をお許しください」
「ぶ、無礼なのは叩いてしまった、私のほう・・・」
一国の王を、光の大陸の一番の大国の王をこんな公衆の面前でたたいてしまった。
「・・サラ」
第一王女のアイリスがそっと背に触れると戸惑うアクアマリンの瞳が姉をみつめる。
その可憐な姿にアイリスとロレーヌはすぐにほだされた。
なにしろ可愛いかわいい妹だ。
腹違いと言え、サセシアナの母である正妃のおかけで後宮は平和で兄弟仲とりわけ姉妹中はよい。
その中でも姉妹ですらめったに茶会なんかひらけずあった回数も数えるほどかもしれないけれど、可憐なその銀糸の髪と頼りなくなく泣きだしそうなアクアマリンの瞳。
「・・・少し休みましょう。私達も来たから大丈夫」
そう優しい声でロレーヌが声をかけるととなりて゛炊き出しをしていた老婆がしきりに頷いた。
「そうですよ。サラシアナ様。ここにいらしてからずっっと働き通しにしておられます。一度も休憩も取らずに、何も口にされずに。王女様にお出しするにはとても不十分で下賤な料理ですが、これを飲んでくださいな」
差し出されたのは近隣の川でとれた魚を似たスープだ。
ヒズが持っていたやくそうも交じっている。
決してうまくはないが、飢えをしのび腹を満たすには十分なものだった。
「みんなの分はたりているの?」
おずおずと些末な木のお椀をうけとったサラシアナは老婆-ライザにたずねる。
ライザは深いしわにさらに笑みを深めてうなずいた。
「サラシアナ様のおかけですぐに水が確保できました。ファシル・アルド・バードの国王様のおかげで食料も調達していたただ来ました。魔女様の配慮のおかげで手あても疫病の流行もありません。こうして援軍の皆様もお着きになってくださいました。本当にありがとうございました」
目の前でライザが深々と頭をさげる。
そのやせた背中濃しに厳し眼差しで自分を見つめる頭に包帯を巻かれた子供が目に入る。
ぐっと両手を握りしめているあの子はたしかまだ配給を受け取っていないはずだ
「ライザ、配給なら私よりあの子をー」
「おれはいらない。そのかわりこれに入れてくれ」
粗末なリュックから瓶をとりだす。
「俺も行く」
強い瞳がサラシアナを見つめる。
まだ頭に巻いた包帯が痛々しい姿で。
「俺がかぁちゃんとルルを助けるんだ」
「きみにはむりだよ」
ゆっくりとかぶりを振りビルが膝をおり少年と目線をあわせる。
少年が悔し気に手をぎゅっと握りしめる。
「俺が小さいから?」
「それもあるが、きみは馬に乗れないらしいな」
第三者の声がその小さな背に届いた。振り向けばファンが少年を見つめていた。
ビルの代わりに少年と目線をあわせる。
「アーゼル王子とも話し合ったが、やはりオークたちはさらった女子供をつれて狭間の海に向かっただろうと私も思う。ここから狭間の海まではどんなに駿馬でかけても半日から転向によれば一日かかる。さらわれたものたちのことを考えたなら一刻も早く此処を出立したほうがいい。子供で馬も乗れないきみは足手まといだ」
はっきりとい言い聞かせられて少年マハトの顔が泣き顔で歪んだ。
ファンは涙をみせまいと歯をくいしばるその顔を己が胸に押し付けるように抱き込む。
「大丈夫だ。かならず間に合わせる。君の母も妹も私が必ず連れて帰ってこよう」
きゅっと地位さ身体を抱きしめた後、ファンは鋭い瞳をサラシアナに向けたーかと思うといきなり片足を地面におりサセシアナの前で膝をついた。
「な、なにをー」
一国の王が、それもファシル・アルド・バードの国王が簡単にひざまずいてはいけない。
あわてるサラの前にファンは左手をさしだした。
真剣な緑の瞳がサラシアナの可憐なアクアマリンの瞳をとらえる。
「水の子としてのきみの力が必要だサラシアナ姫」
言われた言葉に息を飲みこむ。
「狭間の海への旅は危険なものになるだろう。ヒズは古の縁で彼らとはかかわりをもってはならない。討伐に向かうのは第二王子アーゼル王子の部隊に私になる。ビルとヒズはここに置いていくことになる。天馬は争いを好まぬから乗る馬も軍馬にも足らぬ馬だ。いいまからの出立でも森で一晩を明かすことになるだろう。危険はおおい。たがー」
しっかりとサラシアナを捕らえる王族の責任にみちた瞳。
「私とともに来てほしいサラ。きみの力が必ず必要になる。ただし、これぱとても危険なことだ。無理強いはできない。だが、わたしとともにきてくれるのなら、私は私の全てをかけてキミを守るとやくそくしよう」
きみが判断するんだと続ける。
その瞳をじっと見つめ返すことができなくて一瞬うつむいてしまった。
唇をかみしめる。
ゾドに来てから一心不乱に毒水を聖水に変え、負傷者の手当てをし、そしてライザの炊き出しを手伝った。
それが自分のできる手一杯のことだと思った。
ヒズみたいに治療ができるわけじゃない。
目の前にいるこの人のように存在するだけで皆に生きる希望をもたせられたわけでもない。
王族の務めすら自覚できたのは焼け焦げたゾドを安全な天馬から見てからで。
「無理をすることはないんだよサラシアナ」
第一王子のアイオンがそっとためらいがちに声をかけてきた。
その声音に一瞬身がすくむ。
自分は男嫌いというより人間恐怖症だ。
そんな自分が男だらけの隊で耐えられるのか。
そもそもー。
「これはシャンフィールの問題です。なぜファシル・アルド・バードの国王であられるあなたが先陣をきって指揮をとられるのですか?」
テントから出てきたカインが疑問を口にした。
そう本来第二王子の救援部隊がおわっ時点で彼の役目は終わっているはずだ。
他国の王子にこれ以上危険な真似も出しゃばりもしてほしくない。
カインの問いかけにファンは鋭い瞳をやわらげやさしげにマハトの髪をなでた。
「約束したからな。必ず私が連れて返すと。わがファシル・アルド・バードの王族は決してその言葉をたがえることはしない。そして、必ずキミを守ると誓おう。どうか私とともにきてくれないか?」
まっすぐにみつめられてサラシアナは再びマハトを見つめる。
さきほどサラシアナ自身でまいた包帯。
涙でぬれた瞳。愛するべきシャンフィールの民。
「私で守れますか?」
この子たちを。
ただ水の子としてだけだった自分が。
14年間なにもやってこなかった自分がー。
「キミにしかできない」
はっきりと力強く言われた言葉とともに強引にその大きな手がサラシアナの華奢な手をつかんだ。
「腹をくくれサラ。私は君を一生涯命を懸けて守るとここに宣言しよう。この命に懸けても君を守る。一緒に狭間の海にきてくれるな」
結局は強引に言いくるめられた形になったがサラシアナにもちろん依存はない。
しっかりと頷く。
「はい。ファラシス様とご一緒させていただきます」
そう言葉にしたあとやっぱり不安になった。
きゅっとたちあがったファンの肩あたりの服をつまむと上目遣いでファンをみつめていった。
「ずっとそばにいて、かならず守ってくださいね」
「わかった」
とめずらしく一言だけ返答したファンの耳が珍しく赤くなっていたことにビルと魔女だけが気づきにんまり笑ったことは言うまでもない。




