水の記憶 24 絶望にさす光
焼け払われた村には混乱と焦り、そしてなによりもあきらめ無気力な姿がそこにあった。
村のいたるところに男たちの遺体が捨て置かれ、そのそばでうずくまり動かない幼子。
なんとか残ったもので炊き出しをしようとする足腰もろくにたてない老婆たち。
まだくすぶりを続けている家屋を消化しているのは、年老いた老人たち。
生き残った若者たちは、おんな子供をつれもどそうと狭間の海にむかったが、帰ってくることはないだろう。
絶望だけが村に色を落とす。
予期せぬ夜明け前のオークの襲撃だった。
番犬たちや見張り役の村人には巧妙に睡眠種がまぜられており、気が付けば村中に火が回りそこら中から女子供の悲鳴が上がっていた。
村長のオスバンの耳に残ってはなれない妻と娘の泣き叫ぶ声。
絶対守ると決めていたのに。
ぎゅっと拳を握りこんでももう遅い。
彼にできるのは疫病が蔓延しないように遺体を荼毘にかけ、村人たちの食料を確保すること。
王都から応援が来るとしてももう少しかかるだろう。
「父ちゃん!ねぇ、なんで母ちゃんとルルをつれもどしないかないの?」
8歳の長男がオスバンの両手をひいてうったえる。その幼子の頭からも傷が流れはれてる。
医薬品もみなもえてしまった。
手当てしてやりたいがお腹をへらしてなく赤子のミルクさえいまや塵となっている。
もう正直おオズバンにはどうしたらいいのかすらわからない。
そんな時だ。ありえないものをみたのが。
ー天から天馬が舞い降りた。
焼け野原のようになった村の中央に。
そしてひらりとその背から舞い降りた。
黒髪黒い鋭い瞳の青年の姿が一瞬でかわる。
太陽のように輝く金髪に大地の祝福をうけた緑色の瞳をもつ彼は、村中に届く声で言った。
「私の名はファン・ファラシス・ファシル・アルド。ファシル・アルド・バードの国王だ。私にできることならば何でも協力する。現状を教えてくれないか」
そう力強く宣言された言葉にオズバンは膝から崩れ落ちた。
老婆からも涙があふれるが、響くのは歓喜ではなく赤子の泣き叫ぶ声。
ファンは自分のすべきことをすぐに見つける。
「赤子の腹をまず満たそう。それとけが人の治療も必要だ。井戸はどこだ?」
「井戸はそこだがオークどもが毒をいれていきやがった。もう飲めない」
一人の村人が井戸を指さしいう。
するとファンはシリウスの背から小柄なマントをきた少女を抱き下ろした。
「キミなら毒水なんかすぐ聖水にかえられるだろう?」
「できますけど・・・でも・・」
とてもか細い声を赤ん坊の声がかき消す。
青年はぐっとマント姿の肩をだくと問答無用で井戸につれていく。
「できるならやりなさい。それが王族だ」
反論は許さない言葉に無言で少女が井戸からくみ上げた毒水にふれそうになる。
「おい、やめろ!その毒はとても強い皮膚がとけちまうぞ!」
「・・・・私なら大丈夫です」
可憐な声ではっきり言うとマントの人物は毒水の中に手をためらいもなく入れた。
すると一瞬にして瘴気がなくなり清らかな輝く水となる。
そしてその水を井戸に戻すと井戸の水すべてが清純なものへと変化する。
さらに、その清純な水を桶に一杯継ぐと少女は手をかざした。
「・・・母乳の代わりに最低限はなってくれます」
どうぞと泣いている赤子をあやしている老婆に桶をてわたす。
その時にはらりと風が舞いマントのフードがおちてしまう。
サラサラの清流のようなプラチナブロンドにアクアマリンの瞳の可憐な少女。
この国のものなら誰もが知っている存在。
「サラシアナ王女様!?」
おどろく老婆にサラシアナはうながす。
「はい。サラシアナです。どうかこの水をそちらの子に・・・」
「あ、はい。ありがとうございます」
受け取った水を唯一やけのこっていた哺乳瓶にいれて口にふくませる。
ごくんごくんと暑さもあり喉が渇いていただろう一気に赤子は飲み干していく。
その姿をながめているサラシアナにファンが声をかける。
「サラ、こっちにきてくれ。この水を治療につかいたい」
ファンの前には頭から血をにじませいる子供がいる。
このままでは菌が入り化膿してしまうだろう。傷口だけでも消毒しておきたい。
「わかりました。それなら、こちらの水がいいかとおもいます」
もう人の桶をもち自らの衣類の裾を引き裂き布をつくる。
マントで姿を隠していた分誇りとの接触は少ないうえに生地の質感には最上級だ。
王女直々の治療に体をこわばらせる男のこの額の血を丁寧に拭う。
ぬぐいながらもサラシアナは自分のいましている行動が信じられなかった。
天馬の上からみえた村の惨状をめにしたとき、いままでの怯えよりなによりもいま困っいる村民たちの力になりたいと思った。
思ったらファンが自分の使い方を教えてくれた。
水の子だからできること。
サラシフナでしかできないこと。
男のこの傷は思ったより深くはない。
これくらいなら消毒だけでも持つかもしれない。
「念のためこれも使うとよい」
シリウスの背から最後に本来の魔女姿に戻ったヒズがおりる。
手には薬草をもっていた。
「ちょっと痛いかもしれないですけれど、我慢してくださいね?」
優しく丁寧に少年の頭に布をまいてやっている
と、少年の目からぽろぽろと涙がこぼれた。
「なんで・・・」
「えっ?」
「なんでもっとはやくに来てくれなかったの?そうしたら母ちゃんだって、ルルだってあいつらにさらわれなくてもすんだのに」
ぽろぽろと涙がとまらないその小さな頭に大きな手がのせられる。
「大丈夫。母君ときみの大切な妹も、この村の宝物の人たちを必ず助け出す。だから全てを私に任せてほしい。君はいまからゆっくり休むだ」
さあとヒズが即席で作り出し簡易の寝具がある小さな診療所を指す。
「もうすぐ第二王子の部隊がこちらに着くでしょう。そして私の部下も。それが整い次第私が必ずじょせいたちを連れ戻します」
オズバンの前で膝をつき一国の王子が目線をおなじにした。
オズバンは慌てて頭をたれようとするも押しとどめられる。
「あなたが村長だろうか?シリウスは戦いを嫌う。オークに追いつくために駿馬を二頭欲しい。この状況で手に入るか?」
「・・・馬は別の場所で放牧中だったから襲撃は免れたから数はいる。」
「そうか。それなら後は援軍の到着のみだな。それまでは私たちは私たちのできることをしよう。サラおいで」
心なし優しい声でサラシアナをファンは呼び寄せると医療施設へと背を向ける。
その後ろ姿にオズバンは首を傾げた。
「なんだってファシル・アルド・バードの国王とサラシアナ王女が一緒なんだ」
しかも妙にしっくりくるのはなぜなのだろう。
しばらくむすこに再び声を掛けられるまでぼんやりとオズバンは二人の姿を目で追ってしまっていた。




