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水の記憶 22 はじめてのデート?

 

きっと剣の訓練だってしているのだろう。


サラシアナの華奢な手を包み込むように、握ったその手はとても大きくてかたい。


つい手をとってしまったが、男性恐怖症もあり物心ついた時から父親とでさえ触れ合った記憶がない。


さっき精霊たちが、まいてしまった砂ぼこりがついた服のにおいまでわかる距離に、異性と近づいたこともなかった。


なのに物珍しそうに屋台を見回している青年に不思議と恐怖心はわかなかった。


片手に少女の手をとり、もう片手でアンゴラウサギの耳を持っている。


「よお、騎士の兄ちゃん。迷子の子守りか?それともウサギを売りに来たのかい?」


それこそ、ウサギの肉の串焼きを売る屋台の店主がなんならうちで買い取るぞと声をかけてくる。


その言葉に愛想よくファンは応じる。


「あいにくこのウサギはこの子のものなんだ。私も最近、王都に配属になったばかりでこの騒ぎが珍しくて、つい妹を田舎から呼び寄せたはいいが、当番日なんだ、いまは。内緒にしてくれるとありがたい」


どうどうとさぼりと言って笑うファンに、店主もからりと笑い返した。


「おやおや、マントの子は女の子かい。そりゃあ、しっかり手を握って離さないようにしとくんだな。なにしろこの賑わいだ。他所から悪いやからも混じってきてる」


そういうと店主がひとつの肉の串を指さす。


ピンク色のいかにも脂のよくのった一見すると豚のような肉だ。


おいしそうだが、においがきつくサラシアナは手を繋いでないほうの手で思わず鼻をおおってしまう。


ファンは胡乱げに眉をしかめた。


「・・・オークの肉だな。どこで手に入れた?いまは目立った戦はなく手に入らない時期なはずだ」


「戦はなくてもオークの肉は手に入るさ。やつらは夜に交じって人間の女をさらっていく。最近は奴らにさらった女を売る奴らまでいるんだ。ここシャンフィール王都じゃ耳にしないかもしれないが、王都以外はみんな似たように危険さ。むしろ田舎からよく嬢ちゃん一人で王都にたどり着いたな」


「まあ、このウサギが護衛だからな」


「ほんとうにうまそうなウサギだな。そういわれるとますます欲しくなってくるんだが」


「妹の護衛だと言っただろ。ーっと!危ないな」


おもいっきりウサギに腕を噛まれそうになり、すんでのところで回避するとファンは苦笑した。


「御覧のとおりとても気が荒くて妹以外懐かない」


そういいながらウサギをサラシアナに手渡した。


「悪いがウサギは売れないが・・・オークの肉はのこりわずかだな。すべてもらおう」


「へい!まいどあり。においはらきついがオークの味は格別だからな。何より圧倒的に数がすくない。今回はたまたま手に入ったんだ。旅路で手に入れたから日持ちしない分この価格だ」


肉を包みに入れたものを受け取り代わりに路銀を渡す。


渡された硬貨から釣りをかえそうとする店主にファンは首をふってみせた。


「釣りは情報提供料としてもらってくれ。もし今以上の情報があるのなら今以上の金はだす」


「と言ってもなあ」


店主は困ったように掌の硬貨をみつめた。


店主は茶色の髪に茶色の瞳だが色合いは濃い。


生粋のシャンフィールの民ではなく行商人だった。


たまたま王都でファシル・アルド・バードの国王を迎える市を開くということで立ち寄っただけだ。


この国で顔がひろいわけではないし、なにより自身の身の安全もある。


奴らの耳や目はどこにでもあって、それはここシャンフィールでも同じだ。


だが渡された硬貨には、ファシル・アルド・バードの紋章があしらわれている。


この光の大陸での通貨は共通だが出身国のものを使う場合が多い。


「・・・あんたはファシル・アルド・バードの民かい?」


黒髪に黒い瞳はファシル・アルド・バードの民が好んでする旅姿ともいわれている。


かの国の民は目立つ容姿ゆえに旅での危険も多いときく。


まあ、同時にこちらが予測できない保身術も持っているとはきくが・・・。


目の前の男の鋭いまなざしは変わらない。


じっとみつめひとつ溜息をついた。


「俺はこの国の出身じゃないからな。このまわりで起きてることには詳しくないが、最近旅に出たっていうファシル・アルド・バードの国王様のせいで旅路が混乱しているのは確かだ」


「どういうことだ?」


「バカな『彼の地』の化け物どもが活発化している。やつらにしてみればヴァリシオンが目覚める前にファシル・アルド・バードの国王様の首を取れば終わりだ。ヴァリシオンが目覚めることもなく奴らの天下になると一部のアホな奴らが騒いでいると狭間の海ちかくの村できいた」


「・・・なるほどな。ここ数100年はヴァリシオンも目覚めてないな。確かに」


ずっと眠り続ける皇子を皇子と呼ぶには、統制がきかないだろう。


彼らはましてや人間じゃないのだから。


「オークに女子供を売っているのは、狭間の海の民か?」


「やつらじゃねーよ。あいつらはそん目先のためにバカはしねーから、あの場所で生きていられるんだ」


「それもそうだな。彼らの長は許さないだろうな」


「だがとめもしねえとだけ言っておく。このオークのの肉は三日前にシャンフィールの国境の村が襲われたときに出たものだ。女子供がほとんどかっさわれたのに、オークは一匹だけが捕まったらしい」


「三日前か。なんて名の村だ?」


「ゾドの村だ。第二王子の隊がかけつけていたと思うが」


あんた騎士だろ、しらないのか?と続けられファンは苦笑した。


「まだ王都に移動したばかりでな。ありがとう、これは礼だ」


(-えっ?)


サラシアナの手からふわふわのウサギが取り上げられ、かわりにグイっと耳をつかんだファンが、店主の顔に突きつける。


唖然としたサラシアナの前で、同じ様に驚いた顔の店主の目が、ウサギの紅い瞳に見つめられる。


すると、とろーんとした意識のないものにかわる。


「どうだ?ヒズ。いまの話に偽りはないか?」


「攫われたのは三日前と言っておったが、一昨日夜明けのようじゃの。撃退したのは村人で、混乱の隙に子の店主はオークをてにいれたようだ。それを高値でうりよってからに」


「まあ、商売だし下手にかかわるよりはマシだろう。兵士たちは間に合わないだろうな」


ファンは思案するように顎に手をやる。


(さらわれたってひとたちはどうなるの?)


オークはサラシアナでも知識として知っている。ヒズから歴史を学ぶ上で教えてもらっていた。


半豚の獣人で繁殖力がなく、人間の女たちをさらって無理やり妻としていくと。


その話を聞いた時に怖くて仕方なかったけれど、自分はシャンフィールの加護がある王城から出ることはないのだからと、どこか他人事できいていた。


(はやく王城に帰りたい)


きゅっと無意識に握った大きな手に、軽く握り返され目を上げると鋭い瞳が瞬いた。


「そうか、やっぱり君もそう思うか」


「えっ?」


「君を連れて行くのは危険だからと思ったが、君がそう思うのなら連れて行こう」


(連れていく?どこに?)


そう問い返す間もなく青年が指笛を吹く。


「地理にうとい他国で転移するには、まだきみのことを知らなさ過ぎて難しいんだ。だがシリューなら半刻もああれば村につけるだろう。第二王子も出兵しているらしいし、王子付きなら精鋭だろう。安心するといい」


(ー村?安心んって・・・)


訳が分からないサラシアナの前でウサギを地面におろす。


「ああ、その前にヒズ、彼を」


「言われなくても不快じゃ」


目の前で受け取ったばかりの肉が聖なる炎によって浄化される。


「儂には人間もオークも変わらないものに見えるんじゃがな。やつらも共食いせん」


「共食いって言い方は違和感あるな」


「人間こそ悪食じゃぞ」


「そこは否定しないが・・・。ネルフィスほどでは」


「あの戯けは別じゃ」


「相変わらずネルフィスには冷たいな」


あれでも一応私の師匠なんだけがと、ウサギとひとりのんきに話しているけれど、


「あ、あのっ」


勇気を出してか細い声をあげた時、空から白いものが目の前に舞い降りた。


周囲から天馬だと叫び声が聞こえる


ー翼をもった真っ白な白馬。 


天馬シリウス。


ファンは優しくその鼻先をなでた。


「やあ、元気かい?さっそくでわるいんだけど、これから私たちを乗せて、ゾドの村まで連れて行ってほしいんだ。ああ、こちらはシャンフィールのサラシアナ王女だよ。-そうだ。精霊たちの言う彼女だ」


シリウスの澄んだ瞳が、じっとサラシアナをみつめる。


その澄んだ瞳にすいこまれるように見つめ返していると、いきなり、ひょいと抱き上げられ口から悲鳴がでる。


サラシアナを抱き上げその腕の中にウサギを抱っこさせるとファンは言った。


「しっかり捕まってくれよ。急ぐんだ。頼んだシリウス」


ファンの言葉に高くシリウスが舞い上がった。




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