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水の記憶 19 運命のであい


「痛いっ!痛い!いい加減にしてくれ、ヒズ!」


転移先の人気のない路地裏でアンゴラウサギのとんがった爪や鋭い牙でこれでもかと脛やお尻をかじられたり、


顔をひっかかれたりしながら逃げ回る黒髪の青年の姿にサラシアナは呆気にとられ、なにも言えずに口をぽかんとあけてその光景をみつめてしまう。



(えーっと?・・・ファシル・アルド・バードの国王様・・・なのよね?)


いささか疑問形になってしまうのも仕方ないだろう。


中性的な容姿のビルとは違いかわいらしい(狂暴だけど)アンゴラウサギから必死になって逃げ回っているのは、背も高く精悍な体躯の青年だ。


男性恐怖症どころか人間恐怖症のサラシアナにとっては、ふだんなら視界に入ったら目をそらしてしまう存在なのだけど、


あまりに非現実的な光景に涙目になって逃げ回る青年から目が離せない。


「痛いって!なにをそんなに怒っているんだヒズ!私はなにもしていないぞ。ただ、退屈だったし、ネルフィスやヒズや精霊たちが口をそろえて私の妻だというシャンフィールの王女を調べてみようと王城に忍び込んだだけじゃないか!」


(・・・たいしたことよね?)


悲鳴をあげてさらに逃げ回る青年に思わず内心で突っ込んでしまう。


ある意味国宝ともいえる水の子の自分を調べるために城に潜入するなんて、はっきりいって国際問題だ。


戦争にすらなると思うのだけど・・・。


「儂の楽しみを邪魔しよって!ええい!年寄りのおせっかいは優しい広い心でうけとらんか!この小童が!」


ー目の前のアンゴラウサギにもたいしたことじゃないらしい。


「だから、いっているだろ!私は私の伴侶は自分でみつけると!そして、その者だけを愛し私のすべてをかけて守りとおす!」


鼻をひっかかれ痛いっと叫びながら青年が反論する。


その言葉にサラシアナは純粋にいいなあと思う。けれど、


たしかいまー。


「私の妻ーって」


思わず口をついたでた声に青年が黒いマントの塊を振り返った。


鋭い意志の強さを秘めた黒い瞳が同じく頼りなげに黒いマントからのぞく黒い瞳と重なった瞬間、


ふわりと優しい風がふたりを包み込むように舞う。


ーオメデトウ。


ーオメデトウ。


ーヒカリノオウサマ。


ーミズノオウジョサマ。


ーワレラガヒカリノオウノケッコンニ。


ーオメデトウ。


冬のシャンフィールに春風が舞う。


決してふだんは聞こえるはずない精霊たちの祝福の声が国中にひびきわたる。


ファシル・アルド・バードの国王の相手がこの国のサラシアナ王女だと誰もが悟り、そしてまた、それは『彼の地』の響いた瞬間だった。

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