水の記憶 15 ファンと変態(ロリコン)
シャンフィールの王子の名前はカインというらしい。
この国の第6王子という立場らしい。
らしいと言うのは、本人がそう名乗ったからでなく精霊たちからの声で知ったからだ。
一応、シャンフィールを訪れる時に頭に王族や主要な貴族の名を勉強していたが、なにしろシャンフィールの王族は数が多い。
第一王子と第二王子の名前は頭にいれていたが、側妃の生んだ6番目の王子となると正直あまり興味なく流していた。
もともとシャンフィールの正妃にはサラシアナしか子供がいない。
腹違いの兄弟はとても多かった。
(どんだけ女好きなんだ。シャンフィールの王は)
両手の数以上の子供は、ほとんど腹違いという情報にあきれる。
地方の弱小貴族を母にもつカインは王位継承とはほぼ無縁だ。
ただし、唯一の方法はサラシアナを娶ること。
逆に言えば、サラシアナを得たものが国王になる。
なんともまあ、ファシル・アルド・バードの王族には耳が痛い。
(はるかご先祖様もそうだが、国の運命を決める責任をこんな年端もいかない女の子に押し付けるなんて・・・。ただの責任逃れだろ)
はるか昔にフィリシアに未来の聖霊界をゆだねた古の王も、シャンフィールの現国王もファンにとっては無責任に思える。
まあ、それはおいといてとファンは目の前の王子をみた。
青い髪は目立つので茶色のかつらをかぶり、衛兵の軽装に着替えたカインはとても様になっている。
「妙に似合いますね」
そう口にするとカインはカラカラ笑った。
「私は王子と言っても田舎貴族の母をもつ身分だからな。大して王子としての立場もない。将来を考えた母が幼少から騎士団に預けたので、ふつうに城下の警備兵をやるときもある。もちろん、かつらに目は染料で色をかえるし・・・まあ、護衛なしとはいえないが」
カインが周囲に目をやる。
ファンも気が付いていた。
軽妙に気配をけして、けれど隙カインの周囲に目をくばる護衛たちの姿がある。
「シャンフィールの王子にはみな平等に王位継承権があるため、護衛なしでは外出できない。私は六番目ではあるが兄たちと等しく王位継承の権利がある」
「だから、サラシアナ王女をもとめるのですか?」
率直に聴く。それならロリコンとはちがう。まだ理解がしやすいと思った。
しかしー、
「違う。サラシアナは私の、いやシャンフィールの宝なのだ。けっしてそのような汚れた感情で汚してよい存在ではない」
その後も延々と続くカインの言葉にファンはうんざりした。
変態はやっぱり変態らしい。
(やっぱりまくか)
一応、一国の王子相手にうかつなことはできないと様子をみていたが、これ以上、変態に付きあっても時間の無駄だ。
精霊たちに導かれたとはいえ、自分は目の前の変態とは違う。
ファンは周囲を見渡し、場外からでて活気ある市に入ると同時に、精霊に協力してもらいカインから離れようと心に決めた。
ファンの逃走計画の裏で、一方のカインはサラシアナの話をしながらも目の前のファシル・アルド・バードの民を注視していた。
カインは第六王子なのであまり外交には従事していないが、ファシル・アルド・バードの民については、兄たちからよく耳にしている。
側室がたくさんおり、腹違いの王子も王女も多いことから仲が悪いと誤解されがちだが、シャンフィールの王子王女の仲は決してわるくない。
むしろ、正妃であるサラシアナの母は、どんなに身分の低い側妃にも優しく公平に接し、その子供たちも夫の子というよりも兄の子で正妃には甥や姪なのだからと、とてもよくしてくれている。
そんな正妃に忠誠を誓っていた彼らの母親は、純粋な王家の血をひく正妃の子が男であれ女であれば、正式な王太子になるのだと常に教えられ育ってきた。
カインはもとより第一王子を筆頭に王子も王女も優しい叔母である正妃が大好きだったので、野心など抱くこともなかった。
少なくてもカインには野心がない。
次期国王の有力候補である長兄も次兄も仲が良く、なんなら優しく聡明な長兄を尊敬している。
次兄が将来長兄を守るためと騎士団に入隊した時もなんの裏心なくそうしたのだと、兄妹たちはわかっていた。
そして、兄妹は皆、水の子のサラシアナを溺愛している。
王宮の中で隠れように生活しているサラシアナは、あまり兄弟の前に姿をあらわさない。
同性の姉妹は、それでも時折茶会などをしているようだが、兄弟である自分たち王子は式典などで会うくらいだ。
だからこそ清流のような銀の髪にアクアマリンの瞳の瞳をもつ可憐な妹を守りたいと王子たちは思う。
いや、シャンフィールの男ならだれでもサラシアナの騎士になりたいと願うだろう。
「我が国にとってサラシアナの存在は特別なのだ。貴殿のファシル・アルド・バードのフィリシア様のように」
そういうと目の前のファシル・アルド・バードの騎士は、眉をよせた。
「確かに我が国にとって初代国王と王妃は特別ではありますが、それはあくまでも過去に存在した人物にすぎません。王族は自身の意志で伴侶を得ています」
「ああ。有名だからな。ファシル・アルド・バードの王族の結婚は。代々、おとぎ話のような大恋愛で結ばれている。吟遊詩人たちが歴代の国王の恋物語をきかせてくれているおかげで、いまのファシル・アルド・バードの国王がだれとどんな風に結ばれるのか非常に期待している者もいるのだとか。私の姉妹たちもとても楽しみにしているよ。君の国の国王に会えることを。噂ではまだ二十代と若いのに、はやくも賢王とたたえられているとか」
「一人息子だったために、前国王をはじめ名だたる騎士や学者、はては至福の森の老妖精まで、よってたかって自身の知識を幼き頃よりたたき込んでいましたから」
ファンは肩をすくめる。
記憶にある一番幼い日の記憶は、三才の時に至福の森で道の真ん中に落ちていた蜂の巣を安全な場所にうつすために、
ヒズから魔法を教えてもらっていたのにネルフィスが
「虫くらい魔法抜きであつかわんかい」
とむちゃ振りをして素手で蜂の巣をつかみ蜂の大群に追いかけられて、
結局あぶないところをヒズに助けられたというとでもない記憶なのだから。
ちなみにその後、ネルフィスは一週間ファンの前に姿を表さなかったが、
一週間後かなりやつれてつかれきった顔でファンにとても甘くておいしい蜂蜜キャンディをくれたことをおぼえている。
いま思うと、かなりのやつれかただったけれど。
そんな幼少期をすごしたファンが、というよりファンの師たちが愚王になることを許して暮れるはずがない。
また、ファンもそれを善しとはしなかった。
よくもわるくも彼もまた生粋のファシル・アルド・バードの民で、それこそ遠いご先祖様は聖王ラディオンとフィリシアだ。
王家を慕う民たちを裏切れるはずがない。
「まあ、姉妹たちは私から見ても性格も器量も申し分ない。きみの主によろしくいっといてくれ。ああ、くれぐれもサラシアナはだめだぞ」
真顔でいうカインにうんざりとファンは返事をする。
「ご安心を。ファン・ファラシス国王は変態ではありませんので。サラシアナ王女には興味がないものとおもわれます」
するとカインは首をかしげた。
「変態?」
「ええ、サラシアナ王女はまだ幼く母君の保護のもとにくらしてあるとお伺いしましたので」
「いや、確かにサラシアナは水の子であるし、極度の人見知り、とくに男には恐怖を感じさえするようだが、そこまで幼くはないぞ?確かに我が国ではまだ未成年だが。14歳で婚姻をむすぶ王族はそうめずらしい話ではないと思うが」
カインの言葉にファンの目が驚きに開かれた。
そして、その耳元で精霊たちがクスクスと笑う声がする。
ーイルヨ、ココニ。
ーボクラノオウジノハハオヤガ。
ーココニ、イルヨ。
ーヒカリカガヤクオウジノハハガ。
ーアナタノユイイツガ。
くすくすと耳に笑い声が響くのをファンは驚いたままきいていた。




