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水の記憶14 アンゴラウサギ

 

ふわふわのアンゴラウサギを抱っこしたマントをすっぽりと頭からがふった細い身体を見たとき、ビルは思わず目を何度もこすりそうになった。


自分のいまいる場所を確認する。


主に逃げられた他国の安宿。


その目の前に突然現れた人物といっぴき。


紅い目に何とも妙な親近感がある。


というよりも何度か目にしたこのウサギ。


ビルは頭痛を覚えて額に思わず手をやる。


(主といい、このウサギといい)


なんとも言い難い思いが胸中をかけめぐる。


ああ、いますぐ草原の家に帰って妻のやわらかな身体をだきしめたい。


まあ、ウサギはまだいいとして・・・。


「あなたは?」


マントにすっぽりと包まれた黒い人物・・・たぶん、身体の細さからいって、少女か少年か。


「あっ、あの・・・」


小さくこぼれた声はなんともかわいらしい少女のもの。


それでもマントはかぶったまま、視線もあいそうにないくらい小さな身体がウサギをだっこしたまま小刻みに震えている。


なんかほんとうに小動物をいじめているような気分になるのでやめてほしい。


ビルは少女の手の中にいるウサギに視線を移した。


「ーで、今度はなんなんです。一国の王女をお連れしてなにをしでかそうというのですか?魔女長殿」


うんざりとなげやりに言うとマントの少女がびくっと大きく震えた。


「あ、あの私はシャンフィールの王女。サ、サラシアナです」


なかば予想していたこたえにビルは胸に手をあて腰をおる騎士の礼をする。


「こんな姿でもうしわけありません。ファシル・アルド・バード近衛騎士団長、ビル・ホークと申します」


「ファシル・アルド・バードの近衛騎士団長さま・・・」


「ええ。あいにくと主においていかれたふがいない騎士ですが」


「やっぱりか」


ビルのぼやきにアンゴラウサギが返事をした。


黒いマントが首をかしげる。


「じゃあ、やっぱり城でファシル・アルド・バードの王様をお待ちしていた方がよかったのかしら」


「それじゃあ、儂が面白くない」


「おもしろくなくてけっこうです。わが国の王族で遊ぶのはやめてください」


ビルが顔をしかめる。


この魔女長の悪癖はファシル・アルド・バードの王族に通じるものなら全員が知っている。


そして現在独身である主はもれなくこの魔女のターゲットであることは間違いない。


ということは、


(この王女がやはり・・・)


くろいマントをすっぽりと頭から被っているために容姿はうかがえないが、頼りない可憐な声と背の高さから判断すると14歳という情報より華奢で幼い印象をうける。


ファラシスよりもかなり年下であることは間違いない。


18歳の妻と結婚したビルを驚いた目でみた主だ。


この王女では恋愛対象にはならないだろう。


そもそも水の子の王女は、国外に嫁げるはずがない。


いくら相手かファシル・アルド・バードの国王であっても同じだろう。


そんな障害にみちた結婚を無駄を嫌うあのファラシスがうけいれるはずがないし、魔女にあそばれるにはこの小刻みに震える王女が哀れすぎる。


ビルはちいさくため息をついた。


「王女様。魔女殿になにを言われたかは存じませんが、悪いことはいいません。今すぐにお城にお送り致しましょう」


「でも、私、ファシル・アルド・バードの王様をお出迎えするようにと父からも命じられていまして」


「ファン・ファラシス王はその王城にむかったはずなので、お城でお待ちください」


「それじゃあ、儂が面白くない」


「だから、王族で遊ぶのはやめてください|


「それもあるが、サラシアナの教育係としてじゃ。なにしろこの王女はみての通り、対人恐怖症でな。ろくに城外にでたことがない。ようやっとでたのじゃ、ビル。お主にたのみじゃ。サラシアナに街を案内してほしい。儂はどの姿でも目立ってしまうのでな。ただのウサギになっておるで、サラシアナの相手をしてやってくれぬか」


アンゴラウサギの紅い瞳が真剣にビルをみつめてくる。


昨夜聞いた居酒屋での情報とあわせてもサラシアナが街をしらないというのはまちがいないだろう。


他国ではあるが近衛騎士団長を若くして務めるビルは決して、血筋やファラシスの乳兄弟というだけでなく実力で手に入れた地位だ。


たったひとりでもサラシアナの護衛に不足はない。

しかもウサギ姿とはいえ、ファシル・アルド・バードの魔女長もいる。


王女のお忍びにはもってこいの人選だ。


(この王女の本質を知るいい機会だしな)


結局のところお人よしと妻にあきれられる青年は、中性的な優しい風貌に人好きのする笑みをうかべてマント姿の王女にいった。


「私でよろしければ、ご案内いたします。王女様」


右手をさしだしかけて、いたずらっぽく肩をすぼめる。


「お手をといいたいのですが、私には心の底から可愛いのですが怒ると女神よりも恐い愛妻がいまして。お手をとらずにエスコートすることをお許しください」


きっと男性恐怖症の自分にあわせてくれたのだろう。


そのひょうきんなしぐさと優しさににサラシアナはかすかに笑う。


そして迷った声でも、

 

「よ、よろしく・・・おねがいします」


しっかりと返事をした。


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