水の記憶13 水の女神とフィリシア
シャンフィールの王城の片隅にある聖なる泉の中にある神殿で、
水鏡に映る黒髪の青年と青い髪の青年のやりとりを見ながら水の女神アクアフィールは、形のよい唇をうっすらとほほ笑みにかえた。
「まったく、かの一族は本当におもしろいこと」
シャリンと水鈴の声がひっそりとした神殿に響く。
水と氷でできた神殿は静かに時をとめているようだ。
ーそう、時をとめて。
女神は水鏡をみていたアクアマリンの瞳をとじる。
ーおかあさま。
きこえてくるのは快活な少女の声。
くるくるとよく変わった表情に、自分とよくにた水鈴のような涼やかな声でありながら、生命にみちた明るく神殿中に響いていた声。
神殿のどこにいても母である女神にはとどいていた声。
ーおかあさま、きいて。
いつもいつもその日あった出来事をきいてきいてと甘えてきた声は、いつのまにか眉間にしわをよせながら、
ーどうしてラディはああなのかしら?
きょうだってシオンにおこらていたのよ。
わたしだっておこってるわ。
だって、私やシオンとの約束をやぶったのよ。
一緒に、森の川に水浴びにいく約束だったのに、森の動物にねだられて木の実をとることに夢中になっているんだもの。
シオンに怒られて泣いたって自業自得だわ。
だってシオンはラディになにかあったんじゃないかってとっても心配してたもの。
口をひらけば幼なじみの少年たちの話ばかりをしていた。
お転婆な娘と聖霊界のふたりの王子はとても仲がよくいつも三人で遊んでいた。
そうして、平和な時を経て成長していく娘からの話がだんだんと二人の少年たちの話からたったひとりへと変わっていく。
ーきいておかあさま。今日もラディが動物たちとね・・・。
楽しげに頬を紅くして、快活にはなしていた少女の幼い顔は、やがて憂いをふくんだ寂しげなものとかわっていった。
ーねえ、おかあさま。私はラディに嫌われているのかしら。
涙をみせまいと必死に唇をふるわせないように呟いた娘。
ーみんながいうの。
私にはシオンがお似合いだって。
シオンは真の王にふさわしいって。
ラディはみんなにシオンが王様がふさわしいって言われてるのににこにこ笑ってた。
シオンが王様でうれしいって、本当にそう想っているの。
私は新しい王様のお嫁さんになるのに。
なのに、ラディは・・・。
たえきれずにこぼれた落ちた涙は、本当に娘をきれいにさせていた。
ああ、この娘は私の元をはなれてしまう。
そう確信した瞬間から、この神殿は時をとめたかのように静寂につつまれている。
なんど生まれ変わっても、時を経てもあの子はあの王子に恋をする。
そして、涙と笑顔の本当の意味を知る。
ずっとずっと、アクア・フィールは見続けてきた。見守り続けている。
それだけが彼女に許された生きる証。
はるかはるか昔。
女神はたったひとりの人間の子を身ごもった。
たったひとりのかけがえのない存在。
ーフィリシア。
フィリシアの血を受け継ぐわけではないけれど、彼女は人間の世界に神殿をおく。
闇王子ヴァリシオンにのまれないよにとこの水の都シャンフィールの民に加護をあたえている。
人間たちの醜くも輝く刹那の命に魅せられて。
あの子を重ねて。
ただ、見守るしかできない。
せつなく、ただせつなく。
刹那にいきる彼らを、娘を見守る女神には、やはり人間の命の輝きがとてもまぶしくて。
そうして、娘の血をひくファシル・アルド・バードのかの一族はたったひとつの彼女の希望。
水鏡に映る黒髪の青年をみて女神はやわらかくほほ笑んだ。




