水記憶 11 天馬シリウス
魔法でシャンフィールの兵士として身なりを整えたファラシスは、兵舎の前にいたシリウスの鼻面をなでる。
さらさらの毛並みがかじかんだ手に暖かい。
「そういうわけで、シリュー。もうしわけないけれど、ここからは別行動でたのむ」
ーブルルルッ。
シリウスが不満げに訴える。
やっと一緒にいれると思った矢先にこの友人は何を言い出すのだろう。
天馬はふるふると首をふり不満をぶつける。
なにが、そういうわけなのだろう?
「そういうなよ。シリュー。私はただ、キミをふくめた古きよき友人たちが私の運命の相手だという王女と純粋に話がしたいだけだ」
それにはシリウスは目立ちすぎる。
不満げなシリウスにファラシスは笑う。
「だいじようぶだよ。シリュー。私はきみをおいてどこにもいかないよ」
やさしい瞳で力強く宣言する友をみつめてシリウスはもう一度鼻面をおしつける。
春の日だまりのような匂いはファシル・アルド・バードの王族の匂いだ。
やさしく鼻面を撫でる手をパクリと咥えるとファラシスはうれしそうに笑った。
強気な瞳がとたんにひとなつっこくなる。
シリウスはこの青年が大好きだ。
天馬はだれにも従わない。
誇り高き一族。
けれど、友としてファシル・アルド・バード王家とともに歩んできた。
それは天馬たちの誇りでもある。
もう一度つよく鼻を優しい手におしつけると、シリウスは翼をはばたかせた。
ふときこえた翼の音にサラシアナは空をみあげた。
しろい影が早朝の凍てつく澄んだ空を飛んでいる。
(あれは・・・)
一度、つい最近目にしたことがある影のような気がする。
「なんじゃい。儂らが動く前にあやつがうごいたのか」
サラシアナの足元でかん高いけれど、舌ったらずな声がする。
目線をさげてサラシアナは目元をフニャとやわらかく細めた。
アクアフィールの泉へと続く森は雪に覆われ、その雪の中をえっちらえっちら進むふわふわの物体。
「寒くない?ヒズ。だっこしてあげましょうか?」
手をのばそうとしたら、その手をピシャリとちいさな肉球がはたく。
「いらん」
「でも抱っこしたいわ」
ひょいとサラシアナはふわふわのいきものをぎゅっとだきしめる。
「あったかーい」
もふもふの毛に歓声をあげる。
腕の中には紅い瞳のふわふわで耳の長い小動物。
「ええい。儂は魔女じゃ。ほんもののウサギと同列に扱うでない」
サラシアナの細い腕にすっぽりと抱き締められながら、アンゴラウサギのふわふわヒズが訴える。
魔女のヒズが一番得意としている変化がこのアンゴラウサギだ。
動物に化けるなら、性格や見た目を考慮してっきり気まぐれな猫だろうとおもっいていた周囲の予想を裏切って、ヒズが化けたのはふわふわもこもこの赤いおめめのアンゴラウサギ。
その場にいた者全員が絶句したものの、当のサラシアナはすぐにその愛らしさにメロメロになっていた。
ふわふわもこもこの愛らしい小動物が生意気な口をきくのもあるいみツボだ。
上機嫌なサラシアナに魔女はため息をつきながらも諭す。
「どうやらファシル・アルド・バードの国王が動いたようじゃ」
もう一度言葉にするとサラシアナはアクアマリンの瞳を瞬いた。
「えっ?」
「だから、ファシル・アルド・バードの国王が待ちきれずにお主に会いにきたようじゃ」
「私に?なら、すぐにお父様のところに戻った方がいいのかしら?」
もともとファシル・アルド・バードの国王が城を訪れたなら、挨拶をするように父である国王にも言われている。
城下をウサギ姿のヒズと回ることに少なからず恐怖と戸惑いを感じていたサラシアナは内心、ほっとした。
ところが、
「おもしろみにかける」
ぼそっとヒズがつぶやく。
「えっ?」
「物語の王子はもっとかっこよくドラマチックでないといかん。そうでなければ御伽噺にならぬではないか」
「えっ?」
ますます意味不明な言葉にサラシアナは腕の中のウサギをみつめる。
するとウサギは紅い瞳でひたっとサラシアナを見つめた。
「いざ、ドラマを作りにいこうぞ姫」
アンゴラウサギは愛らしい外見と裏腹な、にんまりとした顔で宣言した。




