初日1
「色々聞きたい事はあるけど、結局あの時なにがあったんだ?」
リアは単刀直入にショッピングモールでの出来事をレイアに問う。彼女は問いに対し難しそうな顔をしながら頭を左右に1度振った。
「正直に言うと分からないんだ。僕のオクタ君が魔物と知ってて乗っ取ろうとしたのか、はたまた召喚術士の使役する生物を奪おうとしたのか。確かにあの日、僕は召喚術士のイベントに出る予定だったけど、その点で見たら僕自身を狙っていたのかもしれない」
肩を竦めながらレイアはため息を吐き出す。リアは言わんとする事を察して確認するように口を開いた。
「狙われたのがグレイダーツさんの弟子だったからかもしれない、という訳か」
「そうなんだよ。別に弟子である事を隠しているわけじゃないし、どこかで犯人が見ていた可能性はあるけどね。それで僕が連れてきたのが魔物と知ってて奪おうとしたんじゃないかな」
そう考えた場合、魔物を奪おうとした犯人がもし存在するならば、彼女はずっと跡をつけていたのかもしれない。
「ストーカーの被害者みたいだな」
苦笑しながらそう言うとレイアは腕を組みながら。
「ストーカーなら楽なんだけどね」
仮にストーカーだとしても《契約》を上書きできる時点で相当な実力を持っていると考えた方がいい。
しかし先も言ったように情報が少ない今は、憶測や推測しか出ないわけで。警戒に徹するしか無いと結論付け、話を切った。
「結局、相手の目的が分からないしこれ以上議論のしようがないな」
「確かに」
レイアも同意して頬杖をつきながら前方の教壇近くに目を向ける。
「……もしかしたら、リアが狙われた可能性もあるよ?」
その言葉に、リアは頭に疑問符を浮かべる。
レイアは何気なしに呟いたのだろうが、その言葉の意味がイマイチピンとこなかった。
「え、何で俺?」
椅子に背を預けレイアの方に顔を向けて問いかける。レイアはリアの問いに小首を傾げながら答えた。
「リアってなんか綺麗だし……そっち方面で狙われる可能性もあるかなーって思ってね」
思わぬ発言に返事に困った。
女になってから可愛いなどと言われたのは、今日が初めてではない。妹のルナにも母さんにも何回か言われた言葉だ。
けど、こうして第三者にハッキリと言われると形容し難い感情が胸に湧き上がる。
(はぁ、綺麗……か)
本当はそんな事を言われるのは嫌なはずなのに、なぜか嫌だと感じていない。寧ろ嬉しいような不思議な気分だ。ただ男の精神が邪魔をしているのか素直に喜べない。
「すっごい複雑」
「んっ?」
思わずぼそりと呟く。
レイアは呟かれた言葉に反応してこちらに顔を向けるも特に意味はないと思ったのか、問い直すことはせずに自身と同様に深く椅子に腰かけた。
「ふふっ、俺よりレイアの方が可愛いと思うけどな。今日こうして話してみて分かったけど、凄く親しみやすいし。何より僕っ娘ていうのもポイントが高い」
「ふぇ!?」
レイアは間抜けた声をあげた。それから、カァーっと擬音がつきそうな程に顔を赤くしていく。
そんな彼女の反応に思わず笑みがもれた。
「な、何を言い出すんだい!? 僕が可愛いなんて!!」
「本当の事を言ったまでだ」
「ほ、本当の事って……僕はそんな」
「可愛いよ? 例を出すなら……小動物っぽい感じ。思わず抱きしめたくなる」
「うぅ」
あまりそういった事を言われる事に耐性がないのか、レイアは俯いてしまった。耳まで真っ赤なので恥ずかしがっている事は明白である。可愛いな、ほんとうにとリアは心が温かくなるのを感じた。
「ど、どちらにしても!! お互い暫くの間は警戒した方がいいかも。そう考えると今日君に会えて良かったよ」
あたふたしながらレイアは言う。急な話題転換で話を逸らした事は分かっていたが、これ以上追撃して嫌われたくはないので彼女の言葉に乗っかる事にした。
「そうだな。良い出会いだ。あの、その、それで……連絡先を交換しないか? 情報交換とかできるしさ」
自分の携帯端末内には残念ながら母とルナ師匠の3人しか登録されていない。改めて交友関係の皆無さに悲しくなってきた。だから初めての身内以外とのメアド交換になるかもしれない。
ポケットに手を突っ込み携帯端末を引っ張りだした。もし拒否されたらダメージで立ち直れない。
レイアはリアの提案を聞すぐに笑みを浮かべ携帯端末を取り出した。
「いいよ!! こっちこそ君の連絡先が欲しかったくらいだ」
快い了承をもらい、お互いに連絡先を交換し合う。アドレス帳にレイアの連絡先が登録される。初めての友達の連絡先……嬉しい、こんな気持ちになったのは初めてだ。
「登録完了!! ありがと!!」
礼を言うとレイアは携帯端末から顔を上げた。
「こっちも登録出来たよ。ふふっ、普通に雑談で連絡してきてもいいからね?」
そう言って彼女は笑う。
レイアの言葉は気を遣ったりした訳ではなく、本音でそう言ってくれていると分かる。リアは携帯端末をグッと両手で握りしめて胸元に抱くように持ちながら返事をした。
「……うん、絶対する!!」
満面の笑みを見せる。どこかで息を飲む音が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
そして、なぜか数秒経っても彼女からの言葉が返ってこない。心配になり顔を上げるとレイアはまるで金縛りにあったかのように固まっていた。よく見るとほんのり頬が赤い。
「おーい」
顔の前で手を振り呼びかけると、レイアはハッとしたように体を揺らした。
「ご、ごめんごめん。僕からも雑談メールをしていいかな?」
「勿論大歓迎だぜ」
リアがサムズアップしながら言うと、レイアもサムズアップした。
同時に教室の前方からガラリと音が鳴り、皆は前方に顔を向ける。この時レイアがぼそりと「笑顔が眩しい……」と言ったのだが、その声は小さすぎて誰にも聞かれる事はなかったのだった。
………
開いた扉からペタペタと足音を鳴らしながら、1人の女が教壇に向かって歩いてくる。音の原因は彼女が靴ではなくビーチサンダルを履いているせいだ。
なぜビーチサンダル? 疑問に思いながら足元から上へと目線を上げていく。彼女の服装はだらしない。ズボンは黒いジーパンだが、サイズが合ってない。上着にはジーパン同様にサイズの合ってない大きな黒いローブを羽織り、その下にはざるそばと書かれたダサいTシャツが顔を覗かせている。
それから長い赤毛の髪が見えたが、寝癖なのか癖毛なのか、いろんな所にが跳ねまくってボサボサだ。しかし顔つきは美人であった。睫毛は長く、鼻梁も整っている。だが化粧っ気も無く目の下には酷いクマができており、瞼も半分閉じている。眠そうな榛色の目からは生気が感じられず、まるで死んだ魚のような目だ。
美人な筈なのにもういろんな意味で台無しである。
そんな彼女は壇上に上がって、チョークで黒板に小さな字を書いていく。彼女は名前を書くとチョークを置いた。黒板に書かれた小さな文字を頭の中で呟く。
『ハーディス・カルセス』
それが彼女の名前のようだ。
「出欠取るから座れー」
やる気が無さそうな声でハーディスは着席を促す。立っていた生徒は急いで着席していった。全員が座ったのを確認すると、彼女はバインダーを片手に持ちながら口を開く。
「じゃあ出欠を初め……いや、面倒だ。全員出席でいいか」
バインダーを放るように教卓に乗せ、ハーディスはぐるりと生徒を見回す。
「私がお前らの担任のハーディスだ、よろしく。専門は薬品の調合だ」
簡潔な自己紹介を棒読みっぽい声で言う。
横でレイアが「本当に担任だったんだ……なんだかこの先が心配だなぁ」と呟いた。
リアはレイアの呟きに同感し、そして同時にこのクラスの皆も同じ気持ちなんじゃないかと思った。そう思い周りを見ると、みんな何処か適当な様子の担任に、不安感を抱いているようで。十人十色な表情を見せていた。
そんな生徒達の心情など御構い無しにハーディスは話を続けた。
「えっと、連絡事項か。プリント……配るの面倒だから全員前に取りに来い」
やる気もなさそうだ。それからガイダンスや学校説明が行われて、初日は終わりを告げるのだった。




