入学式
「お姉様、起きてください!!」
耳元でルナの大きな声が響きリアはゆっくりと目を開けた。
時刻は7時。入学式は9時からなのでまだまだ時間はあるが、そろそろ起きたほうがいい時間だ。
「おはようございます!!」
「おはよ」
元気に朝の挨拶を告げるルナに低めのテンションで返しながら大きく欠伸をした。
覚醒しきっていない頭を動かし、垂れ下がってくる瞼を気力で開く。それから再び潜り込みたいという衝動を抑え、温かい布団から這い出た。
「ん?」
と、起こしてくれたルナの格好を見て首をかしげる。ルナは既に制服をしっかりと着用して髪もセットした後なのか綺麗なストレートになっていた。
「……準備するの早くないか?」
時刻はまだ7時なのに、こんなに早く準備する事はない。そんな疑問を投げかけるとルナは手に持った鞄を胸元まで持ち上げながら答えた。
「ちょっとやる事がありまして。早めに学校に行かなくてはいけないのです。なので、ごめんなさいお姉様。今日は一緒に登校できません」
「やらなくてはいけない事? 生徒会とか?」
「はい、そんなところです」
「おぉ……」
驚いた。
ルナはどうやら生徒会の役員らしい。成る程、ならば入学式の準備などの手伝いをしなくてはいけないという事か。
「分かった、頑張れよ」
頬を緩ませながら言うとルナは可愛らしく微笑んだ。
「はいっ。あ、お姉様も遅刻しないように気をつけて下さいね!!」
「ルナも気をつけてな」
ルナを玄関まで見送ってからリビングに戻って昨日の夕飯の時に炊いておいた白米と適当なおかずで朝食を済ませる。
「……着替えるか」
両手でネグリジェを脱いでベッドに置く。下着姿のままクローゼットの扉を開けて中からニーソックスを取り出して着用する。太ももまで締め付けるニーソックスはこの時期だととても温かい。
「下着にニーソックス」
自身の胸元から足元を見て、なんとも言えない感覚に苦笑いする。男だったら拳を突き上げて喜ぶ光景だ。
「自分の体で見ても嬉しくねぇけどな」
自虐っぽく呟きクローゼットから灰色のTシャツを取り出して着用。更に上からカッターシャツを着用してボタンを閉めた。
「次に着るものは、スカートだな」
クローゼット脇に吊ってある灰色チェックのスカート。改めて手に取ってみると、スベスベと手触りが気持ちいい。生地の良さが良く分かる。
「……よし」
意を決してスカートに足を通し腰まで引き上げた。それからチャックを閉めて固定する。
履いてから気がついたが、スカートの丈は膝より短い。そのせいかスースーと冷たい空気が入り込んで落ち着かない。
あと、やはり男の精神のせいか女装している気分になる。既にワンピースを着て出かけているので今更ではあるが、これはこれ、それはそれだ。
「思ったより気恥ずかしい」
くるりと回ってみるとスカートは風に乗ってふわりと浮かぶ。
こんなの、ちょっと強い風が吹けば下着が見えるじゃないか。なぜに女の子達はこんな衣服を履いて平気なのか? 下着丸出しなのと変わらないのではと気恥ずかしくなる。
どうしようかと思いを巡らせた時、ルナが選んだ服にちょうど良さそうなものがある事を思い出した。
「スパッツも履くか」
そうスパッツである。あれなら下着の上から履けて、なおかつズボン代わりにもなる。
クローゼットの下着入れを漁り、黒いスパッツを引っ張り出し着用する。太ももにぴったりなスパッツのおかげで気休めではあるが少しだけ気恥ずかしさが和らいだ気がした。
それからカッターシャツをネクタイで締めて、上から灰色のブレザーを着る。
「はぁー」
ベッドに腰掛けながら長く伸びた髪を手櫛で適当に整える。
それから時計を見ると時刻は8時前だった。まだ時間的には余裕があるが、それでも少し早めに出た方がいいだろうか。
「行くか」
スクールバッグを掴むと勢いをつけてベッドから立ち上がり玄関まで向かう。玄関先には新品のローファーが置いてあり、それを靴べらを使いながら履いて外に出た。ローファーなんて初めて履いたが、くるぶしあたりが靴擦れしそうだなと思った。
外に出る。ひんやりとした空気が顔を撫でた。同時に暖かな日の光を全身に浴びて、冷えた体をほんのりと温める。
「爽やかな朝だなぁ」
これで着ているものが男子用の制服ならなぁと、心の中で願望を呟きながら玄関の鍵を閉めるのだった。
…………
通学路を暫く歩くと、同じ制服を着ている人が多くなっていった。学生寮を出た時から全然制服を着ている人を見なかったので道を間違えたのか心配になったが杞憂だったようだ。
程なくして見えてきた荘厳な雰囲気を纏う巨大な城を、目を細めながら眺める。
いつ見ても『凄い』といった陳腐な感想しか出てこない。言葉に尽くせないくらい素晴らしく美しい建造物だ。
学校に向かう生徒もまた、同じように城を見上げている生徒が見受けられる。恐らく自分と同じ新入生なのだろう。
学生寮から少し歩くと、校門らしき巨大な門のアーチが見えた。銀色のアーチには細かな薔薇の装飾が数多く施され、城への入り口としては満点の美しさだ。そんなアーチの隣には長テーブルが置かれ受付係らしい制服を着た生徒が新入生に案内のような物を配っていた。そのせいで小さな列ができている。
看板に『新入生はこちら』と書かれていたので、リアもその列に並んで順番が来るのを待つ。
やがて自分の番が回ってくる。カウンターの前に立つと受付前の女子生徒に名前を聞かれ答える。少しの間、なにやらごそごそも紙の束を探していた彼女だったが、目的のものを見つけたのか「どうぞ!入学おめでとう!」と言いながら1枚の紙を手渡してきた。
礼をしながらその紙を受け取り、受付から離れた場所で目を通す。紙には自身の名前から始まり、入学式のプログラムと学校の地図、それから『クラスA』と大きな文字が書かれている。プログラムを見る限り入学式終了の後に向かうクラスのようだ。入学式は大聖堂なる建物で行われるようで、地図に赤丸がされている。
「俺はAクラスか」
紙を折り畳みポケットにしまってから足を進める。周囲を見渡し改めて土地の広さに感嘆した。
売店なども兼任しているのだろう。様々な建造物を観察しながら他の生徒の流れに従って歩いていく。
建物を眺めながら歩みを進めていくうちに、聖堂の入り口まで辿り着いたようだ。入り口前の大扉には門前のアーチの時と同様に何人か、係りらしき生徒が立っている。よく見れば腕には『生徒会』と書かれた腕章がつけられていた。
(ルナもどこかで働いてるのかな?)
ボーっとそんな事を考えながら聖堂に足を踏み入れようとしたその時だった。
「そこの君、止まれ」
凛と透き通るような声色がリアの足を引き止めた。
立ち止まるリアの方へ1人の少女が歩いてくる。
その少女の顔に目を向け思わず息を飲んだ。綺麗な長い銀色の髪をポニーテールにまとめ、整った顔立ちにつり目がちな翠眼は、勝気な印象を醸し出している。間違いなく美少女の部類だ。
そんな彼女の腕を見ると『生徒会』と文字の書かれた赤色の腕章が見えた。
「えっと……」
何かを言おうと口を開くも、引き止められる心当たりが皆無で言う事がない。そして声をかけてきた女子生徒は口ごもりながら内心狼狽えている事などお構いなしに、どんどんとこちらに近づいてくる。
お互い動けば体の一部が当たりそうな距離まで近づいた。リアは片足を引いて少しだけ仰け反った姿勢で彼女の動向の意図を探ろうと頭を回転させるが、全く分からない。
困惑した顔で息を飲むリアを気にした様子を見せずに、彼女は突然、胸元に向かって両手を伸ばしてきた。白魚のような手は胸元まで向かいネクタイをすっと掴み上げる。
首を傾げると、彼女はその掴んだネクタイを手慣れた手つきで一度解いた。
「ネクタイが曲がっているぞ新入生」
そう言って締め直し始める。どうやら曲がったネクタイを直してくれるようだ。
リアはされるがままネクタイを締め終わるのを待った。
「これでよし。完璧だ」
彼女は口元を少しだけ緩めながら呟く。リアは綺麗に整えられたネクタイを右手で軽く触れながら口を開く。
「ありがとうございます」
短く礼を言い軽く頭を下げて立ち去ろうと足を動かす
だが、何故か彼女の視線が自分の顔を凝視しており離れられない威圧感を感じた。
「俺の顔に何か付いてますか?」
緊張しながら聞くと彼女は慌てたように両手を胸元で振った。
「いや、すまない。誰かに似ている気がしてな」
「誰かに?」
目をつむり唸りながら記憶を探っている様子の彼女。
リアは彼女の返答を待っている間に誰に似ているのか少し考えてみたが、生徒会の腕章を付けている時点でなんとなく当たりがついた。
たぶん、ルナの事ではないだろうか。そう考えていると。
「お姉様!!」
背後から本人の声が聞こえた。振り返ると満面の笑みで駆け寄ってくるルナが見える。
ルナはリアの真横まで来ると、ネクタイを直してくれた彼女に顔を向けて口を開いた。
「あ、副会長。お疲れ様です」
「君もな」
腕を組みながら彼女は言いながらリアとルナを交互に見ると、納得したように頷いた。
「ルナ、君は彼女の事をお姉様と言っていたような気がするのだが、もしかして姉妹なのか?」
「はいっ、そうです!!」
「成る程。似ている訳だ。ならば自己紹介しておこう。私は生徒会副会長で3年のエスト・ローザシドラだ」
差し出された彼女、エストの手をおずおずと握り返しながらリアも簡潔に自己紹介を口にする。
「どうも。リア・リスティリアです。妹がお世話になっております」
握手を終え、お互いに手を離したところでエストは口を開いた。
「いやいや、それはこちらこそだ。会長が会長だからな。本当にルナの働きには助かっているよ」
そう言ってエストは疲れたように微笑み、ルナも同時に苦笑いを浮かべていた。
「あの人、基本的に楽しい事にしか興味がありませんしね。今日も挨拶するの副会長ですよね?」
「あぁ、といっても一言二言だけだがな」
「それでもですよ。本当にお疲れ様です」
2人は揃ってため息を吐き出す。話を聞く限りだと今の会長は仕事をしない人のようだ。なぜそんな人が生徒会長なのか不思議だ。
そして息を吐ききったところで、エストはこちらに目を向けた。
「それは置いておいて、えっと、リアと呼ばせてもらっていいか?」
「構いませんよ」
いきなり名前で呼ばれて少しだけドキッとした。コミュ障故の、ちょっと震えていたであろう声でOKの意思を伝えると、彼女は柔らかく微笑んだ。
「ありがとうリア。ならば君も私の事はエストと呼び捨てにしてくれて構わない」
そう言われてもリアにそれは、少々難度が高い。昔から女友達などいなかったからか、会ったばかりにの女性に対し呼び捨てで名を言うのは。
「えっと、じゃあエストさんと」
リアの返答にエストは少々つまらなさそうな顔をした。
「そんなよそよそしい呼び方などしなくてもいいのだが」
「いえ、いきなり呼び捨てはちょっと……」
「確かに出会ってすぐの人間を呼び捨てにしろというのは難しい話か。ならば仕方ない。だが、どうせなら私は君と友達になりたいと思っている。だから遠慮がなくなったら、その時は呼び捨てで呼んでくれ」
「は、はい」
キリッとした顔でそういう彼女の対応に大人びた人だと思った。
……友達か。エストの言葉を頭の中で反復する。先も言ったがリアにはこれまで友達がいなかった。だから、いざ友達になりたいと言われても全く実感が湧かない。
そこまで考えたところでリアは重大な思い違いに気がついた。そうだ、自分は今は女の子だ。男の時に直ぐに友達になりたいなど言われる筈がないではないか。あまりに卑屈すぎる気がしなくも無いが、事実男であったなら対応も違っていたかもしれない。
そう思うと内心とても複雑な気分になった。でも初めて友達ができたのだから良しとしよう。
「じゃあ俺はそろそろ行くよ」
小さな声で言うと、ルナは「分かりました。では、帰りは校門前で待ち合わせしましょう!!」と返事をした。リアは頷いて肯定しエストにも「では」と一言告げると場から離れた。
…………
「おぉ……」
大聖堂に足を踏み入れた瞬間、その光景に息を飲んだ。
かなりの広さがあるにも関わらず、床には綺麗に磨かれた白い大理石で埋め尽くされている。天井は高く、等間隔に大きな金色のシャンデリアが3つ並んで吊るされており、その一つ一つに暖かなオレンジ色の光がふわふわと浮かび聖堂内を照らしていた。おそらくは魔法による光なのだろう。
壁は灰色のレンガで造られているが、外とは違いこちらも綺麗に磨かれシャンデリアからの光を反射している。壁沿いには等間隔で大きな灰色の柱が10ほど並んでいた。
そんな広い空間には聖堂らしく長い木製の椅子が配置されている。他の生徒を見る限り、皆適当に座っているようなので、リアは一番後ろの空いている席に座った。
携帯端末をポケットから出して時間を見ると8時40分。式開始まで後20分くらいだ。開始の時間になるまで母さんにメールを送ったらネットサーフィンをたりしながら時間を潰した。
そして、時刻は9時になる。
大聖堂にはざっと120人程度の生徒が集まっていた。それぞれがソワソワとした面持ちで着席しており、辺りは生徒の数と反比例するかのように静まり返っている。
しかし誰も前方にある壇上に出てこない。
時間が遅れているのかと考え始まるまで瞼を閉じようとした、その時だった。
横に並ぶ柱の隙間に四角形の魔方陣が浮かび上がった。色は赤黒く、その光は薄暗い聖堂内を禍々しい色彩で照らしていく。
暫くすると魔方陣が蜃気楼のように揺らめいたのが分かった。そして魔方陣の中から「ガシャリ、ガシャリ」と鉄が擦り合う音が鳴る。
現れたのは、西洋製らしき鎧達だった。
高さは大体180センチと中々に大柄だ。銀色の装甲は全てが鏡のように煌めいていて、一種の芸術品のような印象を受ける。
手には身長より長い鉄製のハルバートが握られていて鎧同様に冷たく輝いている。斧のような形状の切っ先は天井へと向けられていた。
頭部を守るヘルムのバイザーの下にある視界を確保する為の隙間は、まるで漆黒の闇のように黒く染まっており人の気配を全く感じない。恐らく人は入っていないのだろう。なのに全ての鎧の片目に当たる部分からは赤黒い光が炎のように揺らめいていた。
そんな鎧が合計22体。柱の間に一体ずつ現れたのだ。
訳が分からず新入生達はざわざわと騒ぎ始める。そんな生徒を黙らせる為に鎧達は一斉にハルバートを天井に掲げると、石突を勢い良く地面に突いて「タンッ!!タンッ!!」と音を鳴らした。
軽やかに響き渡った音の影響で、辺りはシンと静まり返る。あまりの迫力に「ひゅう」と小さな悲鳴が聞こえるくらいに。
そんな状況の中、聞き覚えのある声が聖堂内を駆け抜けた。
「新入生諸君、入学おめでとう」
壇上に目を向けるとシャンデリアの光を受けてより金色に輝く綺麗な金髪の美女。
いつの間にやら壇上の上に校長であるグレイダーツが立っていた。服装は前に自宅で会った時よりも飾りっ気の無い黒のローブだ。
「私が校長のハルク・グレイダーツだ」
グレイダーツの言葉に一瞬静かになるも再びざわざわと話し声が聞こえ始める。
その反応に無理もないと思う。だって若すぎるから。なぜ若いのか知っているからリアは動揺はしなかったが、知らない者からすれば別人だと思うことだろう。
新入生が騒ぐ中さっきと同じように綺麗に揃って再び鎧が動いた。そしてハルバートを持った手を掲げ石突で地面を「タンッ!!タンッ!!」と2回音を鳴らした。その音にビクリとして新入生は押し黙る。
何とも言えない緊張感の中、飄々とした口調でグレイダーツは続ける。
「私がグレイダーツだと信じられない者もいるだろうが、一応ここにある鎧全ては私が《召喚魔法》で動かしている物だ。それだけ言えば多少は信じてもらえるか?」
それを聞いて息を飲む音が数多く聞こえた。ここに来るまでに少なくとも魔法の歴史や様々な本から、錬金術や召喚術の難しさが分かっているからだろう。しかも今の召喚術は生き物を呼び寄せる物ではなく命令を聞いて自身で考えて動く『擬似生命』の方だ。一時とはいえ生命と同じ『自身で判断して動ける者』を生み出す魔法の難易度は言うまでもない。
それをグレイダーツは22体同時に行っている。この時点で非常識っぷりが充分に伝わった。まぁ、人魔大戦の時は千を超える兵を召喚した事があるらしいが。とても有名な話だ。
「お前らが信じようが信じまいが、私には関係ないしどうでもいいがな。さて、では新入生への歓迎の挨拶は終わったから、これから2つだけ話をしようか」
どうでも良さげに言い放つ。
静まり返る聖堂内で皆グレイダーツの言葉に耳を傾けている。
「まず君達はこの学校に魔法を学ぶ為に来ている事だろう。中には将来の夢を目指して来た者も多い筈だ。そこで私は一つ言葉を贈りたいと思う。どんな事でも決して臆するな。魔法の道は無限だ。それはこの学校で学ぶ事でも広がるが、それだけではない。己が努力すれば、この学校で学ぶ事以上に道は多くなる。それは誰であってもだ。
だからこそ何事も諦めずに自身の道は自身で切り開け」
マイク越しだが、それでもその言葉は聖堂の隅から隅まで響いた。
新入生の数多くが顔色を変えた事にグレイダーツはニヤリと人のいい笑みを浮かべると話を続ける。
「いい顔だ。じゃあ2つ目。学校生活での注意点だ。校内では魔法の使用は禁止していない。だが流血沙汰が起きた場合においてはそれ相応の処置を取らせてもらう。気をつけるように。私からの話は以上で終わりだ」
グレイダーツはタンッと足を鳴らすと、それに合わせて鎧達も足を鳴らす。そうしてグレイダーツも鎧達も姿を消した。
静寂が降りる。鎧が消えた事で場を支配していた緊張感や重圧も消えたように感じたが、そのもっともな要因はグレイダーツ氏が退場した事にあると思う。それに気がついている者は少ないだろう。
彼女が消えて数秒経過したあと壇上の右端にある木製の扉がキィーと軋んだ音を立てながら開いた。扉の向こうからは生徒会副会長のエストが背筋を伸ばし、綺麗な姿勢で歩いてくるのが見える。その凛とした姿に何人かの男子達はほんのりと頬を朱に染めていた。
彼女は壇上に立つとマイク越しに口を開いた。
「新入生の皆、まずは祝辞を。入学おめでとう。私は生徒会副会長のエストという者だ。さて、生徒会として話す事はあまりないが、グレイダーツ校長の言った事に付け足して伝えなくてはいけない事があってな。もう暫く耳を傾けてほしい。まず校則に関してだ。この学校は確かに校内の魔法使用を許可しているが、人への被害の他に建物や備品への損傷があった時も罰則があるから注意してくれ。その他の校則はこの後教室で配られる生徒手帳に記入してあるから、それを確認してくれると有難い」
言い切ってからエストはスッと息を吸う。
「まぁ、長話もなんだし、ここで生徒会からの話は終わりだ。この後はホームルームがあるから渡された地図を見て教室に向かって待機だ。あぁ、あと、何か困った事があったら是非生徒会を頼ってくれ。では解散!!」
解散の一声でそれぞれが少しづつ席を立ち始める。
終わってみれば、なんともあっさりとした入学式だった。
でもグレイダーツ氏の魔法が見れたし、結構有意義な時間だった気もする。
そう思い母さんに『変わった入学式だった』とメールをしてリアも腰を上げた。
ところで出口に向かう際いつぞやのショッピングモールで見た白髪が見えた。しかし、顔は見えず外に出る頃には姿を見失ってしまう。
同じクラスであったら声を掛けてみようと思いつつ、大聖堂から教室のある建物へ向けて足を進めた。
…………
教室棟。
学び舎となる建物は総じてそう呼称されるようだ。そして、それは城の事を指す。
目的地である1/Aクラスの教室は長い廊下を抜けた先にあるようで、リアは一階の廊下を歩いている。それから幾つかの扉を過ぎ去ったところで、扉前に『1/A』と書かれたプレートを見つけて立ち止まる。
教室への大扉は既に全開にしてあり、リアは中を伺いながら足を踏み入れる。そこは教室というよりはどちらかというと講義室のような印象の部屋だった。半円形の部屋は前方の黒板を中心に円状の長テーブルが配置してある。そして後ろに向かって少しだけ段差が上がっており、たとえ後ろの席でも前方がよく見える作りだ。
そんな教室内には既に数人おり、その中の男子の何人かが自分の方に顔を向けている。
降り注ぐ視線に少し身じろぎしながら自身のネームプレートを探した。
後ろの席から探していると、一番端っこにそのプレートを見つける。窓際で一番後ろの席とはなんとも運が良い。
木製の椅子を引き腰掛けて机に鞄を下ろす。ふと隣の席のネームプレートを見ると『レイア・ヨハン・フェルク』と書かれたネームプレートがあった。この名前の子が今日から1年間、隣席になるようだ。
(レイアさんか。名前からして女の子かな。どうせ隣だし仲良くできるといいな)
そう思い腕を伸ばしたりして軽くストレッチしていると。
「あ……」
すぐ隣から声が聞こえた。
声の方に目を向けると、白髪の幼い顔立ちの少女が立っている。長い前髪は纏めて二本の黒いヘアピンで留めていた。白髪の下から覗く素肌もまた、きめ細かくシルクのようだ。長い睫毛の下から覗く翠眼は知的な雰囲気を纏っているように見える。文句無しに可愛い。
ただ背は低めである。だが、それも彼女の可愛らしさにプラスされている。
そしてリアは直ぐに気がついた。狐の仮面をつけていないが彼女で間違いない。
まさか同じ教室で出会うとは思いもしなかった。
「えっと、久しぶり?」
なんと言えば良いか迷い語尾に疑問符がつけながら挨拶する。
リアの言葉に彼女はどこかホッとしたように笑みを浮かべ返答した。
「うん。久しぶりだね。お姉さんかと思ったのに、まさか同年代とは」
「グレイダーツさんから聞いてないの?」
「僕の師匠あんまり肝心な事言わないんだ。師匠の友人の弟子だとは聞いてたけどね」
「そうなのか」
短く返すと不意に頰をぽりぽりと掻いた。やはり、同年代の女の子と喋るのはとても緊張する。
緊張している事など知る由もない彼女は、あっと思い出したように口を開いた。
「……この間はありがとう。おかげでオクタ君が魔物だってバレなかったし殺されずに済んだよ」
ぺこりと頭を下げる。後髪がふわりと舞った。
「いやいや、そんな大層な事した訳じゃないし」
焦り気味に言うと彼女は頭を上げてホッと胸を撫で下ろしてから、活発そうな笑顔で口を開いた。
「君が良い人でよかったよ。あ、できたら名前を教えてくれないかい?」
名前を聞かれ、心臓がドキリとする。こういうのって友達になる為の儀式のような気がする。つまり、この後の返答次第で友達になれるかが左右されるわけで。
リアは心臓のバクバクとした音を聞きながら口を開いた。緊張で胸が苦しいがどうにか言いたい事を伝える為に喉を震わす。
「俺はリア・リスティリア。君の名前は?」
名前は知っていたが、あえて問いかける。こういうのは、お互いに自己紹介をする事に意味があると思うから。
「僕はレイア。レイア・ヨハン・フェルク。よろしくね、リアさん」
「あぁ、こっちこそよろしく頼む。あと、できたら俺の名前は呼び捨てにしてくれないか?」
心の中で(そっちの方がよそよそしくなくて、なんか友達っぽい!!)と思ったが故の提案だ。彼女はリアの言葉にちらりと八重歯を覗かせながら微笑んだ。
「そうかい? なら僕の事もレイアって呼び捨てにしてくれよ。そっちの方がその、友達っぽいし」
彼女はリアの右手を両手で包み込みながら言う。
そんな彼女、レイアが友達になろうとしてくれた事がとても嬉しかった。
頭の中でブレイクダンスをしながら叫び回る程に喜びつつも、どうにか涼しい表情を保ちながら口を開く。
「分かった。これからよろしくな、レイア」
レイアが両手で包んだ右手の上から、そっと左手を重ねた。
「うん、改めてよろしくリア」
お互いにギュッと手に力を入れ2、3度握手を交わしてから手を離す。
これが初めて同年代の友達ができた瞬間だった。
しかしだ。幸先は良いが、ぶっちゃけ男のままだとレイアとは出会う事もなく、こうして自己紹介しなかったかもと考えると、女になっててよかったとまた思ってしまった。
卑屈な事を考えてしまったリアは、今すぐ布団に潜りたい。そんな気分になるのだった。




