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第十九話:絶対追跡

エレナの行方が、途絶えた。


その事実が王弟邸にもたらされた瞬間、静寂は一瞬で破られた。


ざわめきが連鎖し、命令が飛び交い、空気そのものが張り詰めていく。

誰もが理解していた——これは、ただ事ではない。


やがて、裏庭で発見される。


血に濡れ倒れる侍女マリア。

地面を抉るように刻まれた戦闘の痕跡。

そして——命の灯が消えかけた状態で横たわる、影の新人エリカ。


「……エレナは、どこだ」


低く、押し殺した声。


その場に現れたジャックの声は、怒りというよりも、むしろ“静かな殺意”に近かった。


誰も、即答できない。


ただ現場の惨状だけが、何が起きたのかを雄弁に物語っている。


ジャックの視線が、血に濡れた地面をなぞる。

握りしめた拳が、わずかに震えた。


「……なぜだ」


絞り出すような声。


「なぜ、守護が働かなかった」


エレナの部屋には、ヴィルヘルムの結界がある。

敵意ある者の侵入を拒み、外部からの干渉も通さない絶対の防壁だ。


加えて、王家の守護を宿した銀のブローチ。

無理に外せば、防御魔術が発動し、触れた者を排除する。


——守れるはずだった。


それでも、連れ去られた。


ブローチの魔力も感じられない。

追跡も、できない。


(……封じられているな)


ジャックの瞳が、わずかに細められる。


「……マリアを人質にしたか」


ぽつりと零れた推測は、やがて確信へと変わる。


どれほど強固な守護であろうと——

エレナ自身の意思には抗えない。


————————彼女に、守護を捨てさせたか。


「……卑劣な真似を」


低く吐き捨てる声音に、抑えきれない怒りが滲んだ。


空気が、凍りつく。


だが——


ジャックはゆっくりと顔を上げる。


その瞳には、迷いはなかった。


「……必ず見つけ出す」


それは誓いではない。

——断罪の宣告に近かった。


その隣で、マックスは倒れたエリカの傍に膝をついていた。


呼吸は浅く、今にも途切れそうだ。

だが、その身体に触れた瞬間——


「……ほう」


わずかに、目を細める。


微かな魔力の残滓。

それは、ただの戦闘の痕ではない。


「やってくれたか……」


小さく呟く。


ほんの一瞬、満足げに目を細めた。


影にのみ伝えられる秘術。

己の一部を魔力へと変え、対象に埋め込む——絶対追跡。


命を削る行為だ。


「……影としては、及第点だな」


意識を失ったエリカに向けて、淡々とした声で告げる。


それは彼なりの、最大限の労いだった。


立ち上がる。


「主様」


ジャックへと視線を向ける。


「追えます」


短く、しかし確信に満ちた言葉。


その一言で、場の空気が変わった。


「……どこだ」


間髪入れずに問うジャック。


マックスはわずかに目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。


「半径数キロ圏内に入れば、確実に捉えられます。隠蔽は——不可能です」


断言。


それは、影の誇りにかけた言葉だった。


「総動員しろ」


ジャックの命令が、即座に飛ぶ。


「王家の影をすべて動かせ。都市全域を網にかける。隣国にも目を向ける」


その声に、躊躇は一切ない。


「必ず捕まえる」


その言葉が意味するものを、誰もが理解した。


逃げ場は、ない。


影たちは音もなく動き出す。

夜の中へと溶け込み、都市全体に広がっていく。


その様はまるで——


狩りだ。


逃げる獲物と、それを決して逃がさぬ捕食者。


静かに、しかし確実に。


王弟の怒りが、大陸の闇を覆い始めていた。


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