第十五話:地下にねむるもの
※本話には残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
アイーゼ自由都市連合国の協力により、グラティオラ公国へと流れていた違法薬物の行き先が、ついに一つの地点へと収束した。
とある研究施設。
その報告は、闇ギルドの長リヒトからもたらされ、即座に王弟ジャックの元へと届けられる。
「……当たりか」
短く呟いたジャックは、迷いなく視線を上げた。
「レオンハルト。お前が行け」
その一言に、王太子は静かに頷く。
「承知しました」
選ばれたのは、王国でも屈指の魔力を持つ彼自身。そして同行者は――影の長、マックス。
長距離転移魔法を習得した今のレオンハルトにとって、公国への移動はもはや障壁ではない。
歪む空間――一瞬の浮遊感。
次の瞬間、二人はグラティオラ公国の外縁――都心から大きく外れた、人気のない土地に立っていた。
視界に入るのは、荒れた地面と、打ち捨てられたように佇む建物。
それが目的の研究施設だ。
「……遅かったか」
レオンハルトは小さく息を吐く。
建物は既に人の気配を失い、静まり返っている。
扉は半ば壊され、内部は荒らされた痕跡ばかりが目についた。
「撤収済みですね」
マックスが淡々と告げる。
だが、それで諦めるほどこちらも甘くはない。
「……何か、残っているはずだ」
レオンハルトはそう言い、奥へと足を進めた。
瓦礫、砕けた器具、乾いた薬品の臭い。
足元で何かが砕けるたび、嫌な音が響いた。
時間だけが静かに過ぎていく。
「……」
そのとき。
マックスが、わずかに顔を上げた。
「……風、を感じます」
ごく微かな違和感。
だが、影として鍛えられた感覚は、それを見逃さない。
レオンハルトは無言で頷き、指先に魔力を集める。
「――穿て」
低く紡がれた魔術が、壁面を正確に抉った。
崩れ落ちたその先に現れたのは、地下へと続く隠し通路だった。
二人は無言で視線を交わし、そのまま階段を降りていく。
一歩、進むごとに。
空気が、重くなる。
湿った匂い。
腐りかけたものを無理やり保存したような、甘ったるく、吐き気を催す臭気。
――嫌な感覚が、肌にまとわりつく。
やがて辿り着いたのは、一つの扉。
重く閉ざされたそれは、明らかに“隠すための場所”だった。
レオンハルトは躊躇なく、それを開く。
――次の瞬間。
「―――――――」
言葉が、出なかった。
そこにあったのは、“研究”という言葉で片付けていい光景ではない。
無数の標本。
棚一面に並べられたそれらは、整然としているがゆえに、なお異様だった。
植物。動物。魔物。
そして――人間。
切り分けられた腕。
不自然な形で縫い合わされた胴。
皮膚だけを剥がされたような標本。
巨大なガラスの試験管が、いくつも並んでいた。
その中には、濁った液体に沈む“何か”。
膨れ上がった肉塊。
形を保てなくなった顔。
目だけがやけに鮮明に残された頭部。
どれもが、元は人間だったと分かる。
「……外道が」
レオンハルトの声が、低く落ちた。
そのとき――
ぷくり、と。
試験管の中で気泡が弾けた。
次の瞬間。
ずるり、と。
沈んでいた“それ”が、ゆっくりとこちらを向く。
濁った液体の中で。
いくつもの“目”が。
ぎょろり、と動いた。
それは――決して“生きている”とは呼べない動きだった。




