表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/134

第十四話:黒き流通と連邦の影

夜の帳が下りた頃。


アイーゼ自由都市連合――その一角、表向きは廃商会とされている建物の奥で、リヒトは帳簿を広げていた。


新たに傘下に収めた闇ギルドの内情を洗い出す調査だ。


薄暗い室内には、紙をめくる乾いた音だけが響いていた。


その向かいに座るのは、一人の男。


かつて王国でジャックに壊滅させられた組織『闇の爪』の副ギルド長――ヴァルター。


一度はすべてを失いながらも、その手腕を見込まれ、今はリヒトの下で働いている。


「……随分と綺麗に整えられた帳簿だな」


低く呟くリヒト。


表面上は、何の問題もない。


むしろ、整いすぎているほどだ。


「ええ。ですが――」


ヴァルターが一枚の記録を指で叩く。


「“整いすぎている”場合は、何かを隠していると見るべきでしょう」


乾いた声音だった。


経験に裏打ちされた確信がある。


二人は無言のまま、さらに深く記録を追っていく。


やがて――


「……おい、これ」


リヒトの手が止まった。


ある項目を、指でなぞる。


そこには、定期的な“取引”の記録があった。


毎月、ほぼ同じ時期に、同じ経路で――


「呪い系の魔道具……それに、禁止指定薬剤か」


ヴァルターが低く読み上げる。


「量も、尋常じゃありませんね」


明らかに個人使用の域を超えている。


軍事用途か、あるいは――


「行き先は……グラティオラ公国、か」


リヒトの声がわずかに沈む。


その名を口にした瞬間、空気の温度が変わった。


(……嫌な匂いがするな)


胸の奥に、言いようのない違和感が広がる。


単なる裏取引ではない。


もっと粘つくような、悪意とも執着ともつかない“何か”。


「いったい、何をやってやがる……?」


小さく吐き捨てる。


だが答えは、まだ見えない。


ヴァルターもまた、無言で資料に目を落としていた。


「少なくとも、表に出せる類のものではないでしょう」


淡々とした分析。


だが、その裏には警戒が滲んでいる。


しばしの沈黙。


やがて、リヒトはゆっくりと帳簿を閉じた。


「グラティオラの調査、優先度を上げる」


短く告げる。


「それと――向こうの闇ギルドの掌握も、前倒しだ」


低く、しかし確実に圧を帯びた声。


「こんなもん、放っておいていい類じゃねぇ」


ヴァルターは静かに頷いた。


「承知しました。……あちらの闇ギルドの長はかなりのやり手です。慎重に取りかかりましょう」


こうして。


水面下で進んでいた流れは、さらに加速していく。


まだ誰も知らないところで――


確実に、何かが動き始めていた。



アイーゼ自由都市連合国の最高評議会議長と、その息子カイルは、騎士団長執務室へと呼び出されていた。


ヴァルデンライヒ王族――その響きだけで、二人の背筋には嫌な記憶が蘇る。

過去に味わった苦い経験の数々が脳裏をよぎり、親子は揃って小動物のように身を固くしていた。


まるで怯えるチワワのようなその様子を、向かいに座る騎士団長の王弟ジャックと王太子レオンハルトは、どこか呆れた眼差しで見つめている。


「……別に、取って食いやせん」


ジャックが小さく溜め息をつく。

その声音だけで、この場の主導権がどちらにあるのかは明らかだった。


彼は視線だけでレオンハルトに合図を送る。


それを受け、レオンハルトは無駄のない動作で数枚の書類を取り出し、静かにテーブルへと置いた。


「こちらの書類を、確認していただきたいのです」


す、と差し出される紙束。


議長は訝しげにそれを受け取る。


――だが。


目を通した瞬間、その表情が一変した。


「……これは……っ」


息を呑む。


ページをめくる手が、次第に速くなる。紙の擦れる音だけが、やけに大きく響いた。


すべてに目を通し終え、ゆっくりと顔を上げたとき。


そこにいたのは、先ほどまでの怯えた男ではない。最高評議会を束ねる指導者の顔だった。


「この件は、把握していたか?」


低く問うたのはジャック。


逃げ場のない声音に、議長は一瞬だけ目を伏せ、苦い表情を浮かべる。


「……ご存知の通り、我が連邦は複数の都市国家が連なる集合体。一枚岩とは言えません」


言葉を選びながら、慎重に続ける。


「非人道的な魔道具や違法薬品については厳しく規制しておりますが……潰しても潰しても、次が現れる。それが現状です」


苦々しさを滲ませながら、さらに視線を落とす。


「しかし……ここまでとは。この流通量は異常です。グラティオラ公国は確かに大口の取引先ではありますが……もはや裏取引の範疇を逸脱している」


――内部にいる。


その言葉を口にせずとも、結論は明らかだった。


連邦上層部に関与している者がいる可能性は高い。


議長は歯を食いしばる。悔しさと責任の重さが、その表情に滲んでいた。


「親父……」


隣でカイルが不安げに声を漏らす。


だが議長は、それを振り払うように顔を上げた。


「この件……わたくしにお任せいただけませんか」


静かに、しかし揺るぎない決意を宿した声。


「議会の大掃除が必要です。今すぐにでも、手を打たねばなりません」


その眼差しは、もはや揺らいでいない。


カイルもまた、ぐっと拳を握る。


「お、俺もやる……! 自分の国が好き勝手に利用されるなんて、まっぴらだ。力にならせてくれ!」


必死さの滲む言葉。だが、その奥には確かな意志があった。


沈黙が落ちる。


ジャックは目を細め、二人を値踏みするように見つめる。


しばしの思案ののち――


「……いいだろう」


低く告げた。


「アイーゼの闇ギルドはすでにこちらで掌握した。そこのギルド長を、お前たちの協力者として付ける」


その一言。


あまりにもあっさりと語られた事実に、親子は揃って目を見開いた。


「…………は?」


思わず間の抜けた声が漏れる。


(え……?)


(そこまで侵食されてるの……?)


(うちの国、本当に大丈夫……?)


声には出さないが、動揺は隠しきれない。


そんな彼らを前に、ジャックはわずかに口元を歪めた。


「……こちらは、ここまで手の内を晒したんだ」


静かな声音。


だが、その奥にあるものは明確だった。


「骨の髄まで働いてもらうぞ」


為政者としての冷酷さを隠そうともしない、その言葉に――親子は背筋がぞくりと震える。


さらに。


レオンハルトが、わずかに口元を吊り上げた。


「……以前の借り、返していただく時が来ましたね」


穏やかな口調とは裏腹に、その笑みは冷たい。


逃げ場は、ない。


改めて思い知らされる。


「…………」


親子は言葉を失った。


――やはり、この国の王族は恐ろしい。


そろってそう確信し、ひそかに涙目になるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ