表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/129

第十三話:天使の微笑み

グラティオラ公国の一角。


白を基調としたその施設は、静けさと清潔さに満ちていた。

窓からはやわらかな光が差し込み、どこか穏やかで、安らぎに包まれた空気が流れている。


ここは、不治の病を抱えた子どもたちを受け入れる療養施設だった。


その入口に、ローゼマリーの姿がある。


彼女はこの施設に多額の支援を行っており、こうして定期的に見舞いにも訪れていた。


「お待ちしておりました、公女様」


出迎えたのは、施設の所長――ファビアン。


水色の髪を持つ、知的で整った顔立ちの青年だった。穏やかな物腰の奥に、冷静な観察眼を宿している。


「視察が終わりましたら、今回の治験報告会を行いますので、研究室へお越しください」


淀みのない口調で告げる。


ローゼマリーは、ぱっと花が咲くように微笑んだ。


「ええ、楽しみにしているわ」


その無邪気な期待に満ちた声音は、いかにも彼女らしい。


その隣で――


「…………」


カミラは、何も言わずに微笑んでいた。


意味を持つのか持たないのか分からない、どこか底の見えない笑みだった。


やがて一行は施設の奥へと進む。


病室の扉が開かれると、そこにいた子どもたちが一斉に顔を上げた。


「公女さま!」


ぱっと空気が明るくなる。


小さな手が振られ、無邪気な声が重なる。


「公女さま、いつもありがとう!」


その言葉に、ローゼマリーはやわらかく首を振った。


「ふふ、お礼なんていらないわ。あなたたちがここで楽しく過ごしてくれることが、一番大切なんだもの」


屈託のない笑顔だった。


曇りひとつない、まるで絵本から抜け出したような優しさ。


「公女さまは、天使さまみたい!」


「やだ、褒めすぎよ」


くすくすと笑いながら、肩をすくめる。


「ぼく、治ったら公女さまのお役に立ちたい!」


小さな決意に満ちた声。


それを聞いて、ローゼマリーはほんの一瞬だけ目を細めた。


「ありがとう。みんな、そう言ってくれるのよ」


やさしく、慈しむように言葉を返す。


「その時を、楽しみにしているわ」


子どもたちの笑顔につられるように、ローゼマリーもまた微笑んだ。


まるで――


天使のように。



施設の地下。


地上の穏やかな空気とは切り離されたように、そこには静かな閉鎖空間が広がっていた。

外界の音は一切届かず、淡い魔導灯の光だけが無機質な壁と床を照らしていた。


その一角に設けられた応接室。


そこにいるのは、施設長ファビアンと、ローゼマリー、そしてカミラの三人だった。


「今回の治験の成功率は、四〇パーセントとなりました」


淡々と、しかしどこか誇りを含んだ声音でファビアンが報告する。


「まあ……前回より上がっているのね」


ローゼマリーは、素直に嬉しそうに微笑んだ。


その反応に、ファビアンもまたわずかに口元を緩める。


「はい。このまま継続できれば、いずれは――より多くの子どもを救える見込みです」


言葉には確かな手応えがあった。


だが、ローゼマリーはほんの少しだけ表情を曇らせる。


「それは、とても素敵なことだわ。でも……助けられなかった子たちは、可哀想ね……」


かすかに落ちた声。


本心からの哀れみが、そこにはあった。


その肩に、そっと手が置かれる。


「ローゼ様」


カミラだった。


やわらかな声で、諭すように続ける。


「尊い犠牲の上にこそ、皆の未来は築かれるのです」


優しい響きだった。


けれど、その言葉の意味はどこまでも冷たい。


ローゼマリーは一度、静かに目を伏せ――そして、すぐに顔を上げた。


「……そうね」


迷いは、長くは続かない。


「失われた子たちも、無駄になるわけではないものね」


まっすぐに、事実を受け止めるローゼマリー。その声に悲しみや同情は感じられない。


その横で、ファビアンは続ける。


「はい。今回は、状態の良い臓器が多く確保できました」


「研究資金の面でも、しばらくは問題ないかと」


事務的で、よどみのない報告。


それを聞いて、ローゼマリーはぱっと表情を明るくした。


「それはありがたいわ」


胸の前で手を合わせる仕草は、どこまでも無邪気だ。


「最近、お兄様の監視が厳しくなってしまって……お小遣い、減らされそうなの」


しゅん、と肩を落とす。


その様子に、ファビアンは苦笑を浮かべた。


「それは……ご苦労なことですね」


軽く受け流しながらも、話を切り替える。


「では次に、魔道具関連についてですが――アイーゼの闇ギルドが……」


報告は、淡々と続いていく。


ローゼマリーは、まるで何事もないかのように報告を聞いている。


――それは、地上の“善意”と、何一つ変わらぬ顔だった。



天使と呼ばれる無垢な公女。


その純粋さは、時として残酷ですらあった。


彼女の内には、善悪を測る秤は存在しない。


あるのはただ、自分と――


愛する者のための世界だけ。


それ以外のすべては、ただの『物語の登場人物』に過ぎなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ