第十一話:歪んだ序幕と白亜の離宮
王宮本宮からわずかに離れた場所に、白く輝く巨大な離宮がそびえ立っている。
磨き上げられた外壁は月光を反射し、夜でありながら、淡い光を帯びていた。
高層に設けられた窓からは、建国祭に沸く王都の灯火が一望できる。
だが、この離宮は王宮騎士団の監視が常に及ぶ、いわば半ば囲われた檻のような空間でもある。
その一室――貴賓室では、場違いな怒声が響いていた。
「いったいどういうことだ!なぜ思い通りに噂が広まらん!」
公王オスカーの声は、苛立ちを隠そうともしていない。
対する侍従は、顔色を青くしながら必死に言葉を紡ぐ。
「は、はい……確かに王都中へ流しました。しかし、その……我々が意図したものとは、やや異なる形で広まっておりまして……」
「異なる、だと?」
オスカーの眉が吊り上がる。
「これだけの金を使っておきながら、何をやっている!」
叱責が、重く落ちた。
――噂は確かに広まっている。
だがそれは、公国が描いた“物語”とは微妙でありながら、決定的にずれていた。
見えないところで、別の手が加えられている。
その事実に、オスカーは気づいていない。
「そんな……」
か細い声が、場の空気を揺らした。
「私とジャック様の物語が……誤解されるなんて……」
ローゼマリーが、肩を震わせる。
大粒の涙が、ぽろりと零れ落ちた。
「おお……泣くでない、我が愛しきローゼマリーよ」
慌てて歩み寄り、宥めるオスカー。
その様子を少し離れた場所から見ていたエリックは、わずかに眉をひそめた。
(……さすがに、無理があったか)
胸の内でそう結論づける。
そして、ため息とともに口を開いた。
「なあ……王国を甘く見過ぎていたんじゃないか?」
静かながらも、はっきりとした声音だった。
「ここらが潮時だろう」
視線をローゼマリーへと向ける。
「……王弟殿下のことは、もう諦めた方がいい」
その言葉に、ローゼマリーの表情が一変した。
「嫌よ!」
即座に、強く言い返す。
「どうしてお兄様は、そんな意地の悪いことを言うの!?」
涙に濡れた瞳で睨みつけるその姿は、先ほどまでのか弱さとは別の激しさを帯びていた。
張り詰めた空気の中、すっと一歩前に出る影がある。
カミラだった。
「お二人とも、どうかお落ち着きくださいませ」
やわらかな声音。
だがその奥には、揺るぎない確信が潜んでいる。
「諦める必要など、ございません」
ゆっくりと、言葉を重ねる。
「王弟殿下は、必ずや――ローゼマリー様に振り向かれます」
一切の迷いもなく、断言した。
エリックが、訝しげに目を細める。
「……なぜ、そこまで言い切れる?」
問いに対し、カミラは微笑んだ。
それはどこか、底の見えない笑みだった。
「愛の力は、何ものにも勝るのですよ……公子様」
静かに、しかし意味ありげに。
そして、続ける。
「まだ“物語”は始まってすらおりません」
その言葉は、すでに結末を知っているかのようだった。
「いわば今は――序幕」
カミラは、わずかに声を潜める。
「もうすぐ、……もうすぐでございます」
視線を、ゆっくりとローゼマリーへと向ける。
「その時が訪れますよ。ローゼマリー様」
慈しむような、歪んだ愛情を宿した眼差し。
その言葉に導かれるように、ローゼマリーは顔を上げた。
涙に濡れた瞳が、次第に光を取り戻していく。
「……ええ」
小さく、しかし確かに頷く。
その表情には、先ほどまでの悲しみはもうなかった。
ただ、盲信にも似た期待だけが宿っている。
その様子を見つめながら――
エリックは、拭いきれない違和感に胸を締めつけられていた。
(……何かが、おかしい)
だが、その正体には、まだ辿り着けない。




