表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/134

第十話:エレナの噂と護衛侍女エリカ

王都は、今やエレナたちの噂でもちきりだった。


しかも奇妙なことに、その多くは――好意的なものばかりである。


(……おかしいな)


エレナは小さく首を傾げた。


グラティオラ公国が動けば、もっと露骨な中傷や、不穏な噂が流れると踏んでいた。多少の非難は覚悟していたし、むしろその方が自然ですらある。だが現実は、どこか方向の違う熱を帯びていた。


考え込むように視線を落とすエレナへ、不思議そうな声がかかる。


「難しいお顔をされてますね。どうされました、エレナ様」


新たに護衛侍女となったエリカだった。


まだ年若いが、芯の通ったまなざしをしている。柔らかな声音とは裏腹に、その立ち姿には隙がない。


「うーん……王都の噂が、思っていたのと違っていて」


言葉を選びながら答えるエレナに、エリカはぱっと表情を明るくした。


「ああ、あの “エグい純愛”のことですね!」


「うっ……」


あまりにも率直な言い方に、エレナは言葉を詰まらせる。


そう――王都に流れているのは、なぜかそんな類の話ばかりだった。


曰く、ジャックがエレナの靴に跪き、永遠の忠誠を誓った。

曰く、彼女を侮辱した貴族が、ひとり静かに姿を消した。


どれもこれも、物騒で、しかし妙に“それらしく”脚色された噂ばかりである。


くすり、と楽しげな笑いが背後から落ちた。


「私はこれが好きですね」


侍女のマリアが、どこか楽しむように口を挟む。


「エレナ様の髪を一房、指に絡ませて――『お前を手離すくらいなら、この国ごと焼き尽くす』と囁いた、というものです」


「……それは、ありえそうね……」


完全に否定しきれない現実に、エレナは遠い目をした。


そんな主の様子など気にも留めず、エリカはさらに話を続ける。


「一方で、公女様のほうは……王弟陛下に手酷く振られたあまり、虚言を口にするようになった、という話が広まっていますね」


どこか楽しげですらある口調だった。


「怪しげな儀式まで行って、恋を叶えようとしているとか……」


「もう、何が何だか分からない……」


思わず本音がこぼれる。


噂というものは、ここまで好き勝手に膨らむものなのかと、改めて思い知らされる。


「ですが、なかには悪意ある噂もございます。どうかお気をつけ下さい、お嬢様」


マリアが心配そうに声を落とす。


「……そうね。噂を鵜呑みにする方もいるものね。気を付けるわ」


頷いたエレナを見て、エリカがそっと口を開いた。


「ご安心ください。エレナ様のお部屋は、“魔道皇帝”直々の結界で守られています。敵意のある者は、まず中へは入れません」


一度、言葉を区切る。


「それに……今回の件は、影や闇ギルドも総動員で動いています。ですから、過度にご心配なさらなくても大丈夫です」


その声には、揺るぎのない決意が宿っていた。


「もちろん――私も、この身に代えてもお守りいたします」


真っ直ぐな瞳だった。


けれどエレナは、少し困ったように笑う。


「そんなこと、言わないで。無理はしないでほしいかな。でも……よろしくね」


やわらかく、しかし確かに届く言葉だった。


その一言に、エリカは小さく息を呑む。


(……やっぱり、この方は)


胸の奥に、静かな熱が灯る。


必ず守る――そう、改めて誓った。


ふと、エレナが思い出したように口を開く。


「そういえば……エリカの前に護衛してくれていた方、マックスっていうのね。先日ジャック様から教えていただいたの」


「困ったときに何度も助けていただいて……本当にお優しくて、良い方よね。今度お会いしたら、お礼を伝えたくて」


嬉しそうに微笑むエレナ。


だが、その言葉に――


「優しい……?良い方……?」


エリカの思考が、ぴたりと止まった。


(それは……私の知っている、あの方のことだろうか)


冷酷無比。情け容赦なし。

部下から“悪魔”と恐れられる、あの上司の顔が脳裏に浮かぶ。


しばし、沈黙。


「……?」


不思議そうに見つめてくるエレナに、エリカは我に返る。


――とりあえず、頷いておこう。


「ええ……そうですね」


無難な返事をしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ