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第五話:開国1500年大祭(後編)

大祭の式典を終えた夜、王宮では盛大な宴が開かれていた。


高く掲げられたシャンデリアの光が磨き上げられた床に反射して、広間全体をやわらかな輝きで包み込んでいる。

各国の要人たちは杯を交わし、音楽と談笑が絶え間なく流れていたが、その賑わいの奥には、昼間の一件が尾を引いていた。


視線が、ときおり一点に集まる。


その中心にいるのが、エレナだった。


王弟の婚約者として、彼女は静かにその場に立っている。表情は穏やかに整えられ、所作も淀みがない。だが、その心は決して穏やかとは言えなかった。


(……来る、よね)


予感は、外れなかった。


「エレナ様、ご挨拶に参りました」


柔らかな声とともに現れたのは、グラティオラ公国の公子エリックと、その妹ローゼマリーだった。


エレナは一瞬だけ息を整え、すぐに微笑を作る。


「ご丁寧にありがとうございます」


その受け答えは落ち着いていて、王弟の婚約者としてもごく自然なものだった。


だが――


(……正直、ものすごく苦手なタイプだな)


ローゼマリーは、そんなエレナの心情など意に介さない様子で、まっすぐに言葉を紡ぐ。


「先ほどは……あのような形になってしまい、申し訳ございません」


一度、丁寧に頭を下げる。


その仕草は、確かに誠実だった。


だが次の瞬間、その瞳に宿る色は、まったく別のものへと変わる。


「ですが――わたくし、ジャック様への想いを偽るつもりはございません」


はっきりと、迷いなく。


「これからも、変わらずお慕いし続けます」


言い切るその声音には、揺らぎがなかった。


エレナの胸の奥で、何かが引っかかる。


「もちろん、エレナ様とは仲良くさせていただきたいと思っております」


にこやかに微笑みながら、続ける。


「側室として、精一杯努力いたしますので」


まるで、すでに決まっている未来を確認するかのように。


あまりにも明るく、疑いのない言い方だった。


(……無理だな、この子)


エレナは、内心で一歩引いていた。


そのとき。


「何を勝手に話を進めている」


低く抑えた声が、割って入る。


振り向けば、ジャックとレオンハルトがこちらへ歩み寄ってきていた。


「ジャック様!」


ぱっと表情を輝かせるローゼマリー。


だが、その名を呼ぶ声は、すぐに冷たく遮られる。


「気安く名を呼ぶな」


一切の感情を削ぎ落としたような声音だった。


その拒絶は、あまりにも明確で、容赦がない。


ローゼマリーの表情が、わずかに揺れる。


だが、完全に折れることはない。


潤んだ瞳のまま、なおも言葉を重ねる。


「……ご迷惑であることは、理解しております」


両手を胸の前で組み、祈るように。


「ですが、この国に滞在している間だけで構いません」


視線は逸らさない。


まっすぐに、訴えかける。


その姿に、周囲の空気が微妙に変わる。


聞き耳を立てていた貴賓たちの間に、同情の色が滲み始めていた。


健気な少女と、冷酷な男。


そんな構図が、自然と出来上がっていく。


それが、ジャックの神経を逆撫でした。


「ならば、すぐに帰国せよ」


一切の情を排した言葉が落ちる。


その場の温度が一瞬で落ちた


その張り詰めた空間に、ひとりの女が静かに踏み込む。


「王弟陛下」


黒髪の美女だった。


どこか神秘的な気配を纏いながら、しなやかな所作で一礼する。


「どうか、それくらいでこの場をお納めくださいませ」


その声音は柔らかく、しかし確かな芯を持っている。


「公女様は、まだ十五歳にございます」


視線をわずかに伏せ、悲しげな影を落とす。


「お助けいただいてから、ずっとあなた様を想い続けてこられたのです」


言葉の一つ一つが、周囲の感情を丁寧に誘導していく。


「……どうか、少しだけ夢を見させてあげてはいただけませんか」


その言葉に、空気がわずかに揺らぐ。


先ほどまでの緊張とは別種の、柔らかな圧力。


ローゼマリーが、はっとしたように顔を上げる。


「あ、申し遅れました」


すぐに気を取り直し、明るく言葉を繋ぐ。


「こちらはカミラ。わたくしの侍女であり、側近として仕えてくれているのです」


紹介されたカミラは、優雅に一礼し、ゆっくりと顔を上げた。


「こうみえて、公国でも指折りの魔術の使い手なんですよ、王太子殿下にご紹介したかったんです。ふふっ」


カミラの視線が、真っ直ぐにレオンハルトへと向けられる。


そこに宿る熱は、隠そうともしていなかった。


「……レオンハルト王太子殿下、初めてお目にかかります。カミラ・フォン・ベルシュタインと申します」


低く、艶を帯びた声音。


「ぜひ一度、魔術について意見を交わさせていただきたく……お時間を頂けますか?」


微笑む。


それは、見る者の心を揺らすような、完璧な笑みだった。


だが。


「……初めまして。レオンハルトと申します」


返ってきたのは、極めて簡潔な挨拶のみだった。


余計な感情も、含みもない。


王太子としての、距離を保った応対。


その反応に、カミラは一瞬だけ目を見開く。


そしてすぐに、くすりと笑った。


「まあ……つれないお方ですのね」


余裕を崩さぬまま、優雅に。


(……強い)


エレナは、思わず内心で感心していた。


この空気の中で、なお崩れない。


それはある種の異様さでもあった。


場の空気の変化を察したのか、エリックが一歩前に出る。


「この辺りで失礼いたしましょう」


穏やかな声音で、妹たちを促す。


ローゼマリーは、名残惜しそうに振り返る。


「……もっと、ジャック様とお話ししたかったです」


未練を隠しもせず、渋々と従う。


そうして、公国の一行はその場を後にした。


去り際まで、視線を残しながら。


その背を、ジャックは厳しい目で見送っていた。


エレナは、その様子を見つめながら、胸の奥に静かな不安が広がっていくのを感じていた。


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