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第八話:見学者と令嬢たちの視線

休憩時間となり、騎士たちはそれぞれ水筒を手に広場のあちこちへ散っていった。


張り詰めていた空気もわずかに和らぎ、仲間同士で談笑する声が聞こえてくる。

そんな様子を眺めていた私は、ふと周囲に違和感を覚えた。


(あれ……?)


視線を巡らせると、訓練場の一角に十数人ほどの令嬢たちが集まっているのが見える。


どうやら私たちとは別の見学者たちらしい。

色とりどりのドレスに身を包み、楽しげに会話を交わす姿は華やかだが、周囲の空気はどこか落ち着かない。


「見学者は、私たちだけではなかったのですね」


そう声をかけると、隣にいたレオンハルト殿下が小さく頷く。


「ええ。今日の訓練公開日は以前から告知されていましたから」


なるほど、と納得しかけたところで、殿下は少しだけ声を潜めた。


「ただ……あまり近づかない方がよろしいかもしれません」


「え?」


意味を尋ねようとした、その時だった。


ふいに視線を感じる。

振り返れば、遠くにいる令嬢たちがこちらを見ていた。


最初は単なる好奇心かと思った。

だが、その視線に含まれる感情は、次第にはっきりと見えてくる。


羨望。

憧れ。


そして――嫉妬。


(……あ)


私はゆっくりと周囲を見回した。


左には、この国の王太子であるレオンハルト殿下。

右には、王弟にして騎士団長のジャック様。


どちらも社交界では絶大な人気を誇る人物だ。


(え、ちょっと待って!?)


頭の中で状況を整理する。


(この国のイケメンランキング一位と二位を両脇に従えていて、しかも片方は私の婚約者……!?)


思わず両手で頬を押さえた。


(これ、かなりまずい状況では!?)


令嬢たちは遠巻きにこちらを見つめている。

中には悔しそうに唇を噛んでいる者や、ハンカチを握り締めている者までいた。


「エレナ?」


不意に頭上から声が降ってくる。

見上げると、ジャック様が不思議そうな顔でこちらを見下ろしていた。


「はっ!?」


「どうかしたのか。疲れただろうか?」


心配そうな碧の瞳に見つめられ、私は慌てて首を振る。


「い、いえ……その、あちらの令嬢方が……」


ジャック様はちらりと彼女たちへ視線を向けると、わずかに眉を寄せた。


「気にしなくていい。ただの見学者だ」


(いや、敵意が全然ただじゃないんですけど……)


言葉には出さなかったが、そう思わずにはいられない。

訓練場の端から向けられる視線は、じくじくと肌を刺すようだった。


特に、ジャック様へ向けられる熱っぽい憧れと、私へ向けられる冷たい感情との差が激しすぎる。


「……彼女たちへの配慮などは」


言葉を選びながらレオンハルト殿下へ問いかけると、殿下は苦笑した。


「ご安心ください。見学希望者ではありますが、目に余るようならこちらで対応します」


穏やかな口調だったが、その声には王太子としての威厳も感じられる。


その時だった。


「団長!」


若い騎士が小走りで駆け寄ってくる。

敬礼をしたまま報告した。


「模擬戦の準備が整いました!」


「承知した」


ジャック様は短く答えると、すぐにこちらへ向き直った。


「エレナ。場所を移そう。向こうの方が見晴らしがいい」


そう言って、自然に手を差し出してくる。

私は戸惑いながらも、その案内に従った。


すると背後で小さなどよめきが起こる。

振り返らなくても分かった。令嬢たちの視線がさらに鋭くなっている。


特に、ジャック様が当然のように私をエスコートした瞬間、露骨な非難の声まで聞こえてきた。


「叔父上」


レオンハルト殿下が小声で呼びかける。


「あの令嬢たち、少々騒がしすぎでは?」


「ああ」


ジャック様は短く答えた。


「副官に注意させよう」


特設席へ到着し、席へ腰を下ろすと、訓練場では騎士たちが再び整列を始める。


隣にいるジャック様へ、自然と周囲の視線が吸い寄せられた。

彼は小さくため息をつくと、副官へ声をかける。


「純粋に騎士団の力を見てほしいものだ」


「承知しております」


副官も苦笑気味に頷いた。


だが、それでも令嬢たちの視線は衰えない。

むしろ、私個人へ向けられる嫉妬の熱が増しているような気さえした。


(こんな注目、人生で初めてなんだけど……)


前世の私は、教室の隅で本を読んでいるような人間だった。

誰かの注目を浴びることなどほとんどなかったのに、今はまるで舞台の上に立たされている気分だ。


そんなことを考えていた時だった。


訓練場の中央から大きな歓声が上がる。

模擬戦が始まったのだ。


ジャック様とレオンハルト殿下が立ち上がり、私も思わず身を乗り出した。


「エレナ」


ふいにジャック様が低く囁く。


「何かあっても、俺のそばを離れるな」


真剣な声だった。

その言葉に、私は思わず瞬きをする。


(……やっぱり私、襲われる前提なのかな?)


そんな考えが頭をよぎったが、とりあえず素直に頷いた。


「はい。ありがとうございます」


するとジャック様は満足そうに微笑む。

その表情を見ていると、こちらまで少し安心してしまうから不思議だった。


模擬戦が進むにつれ、訓練場の空気は再び熱を帯びていく。


剣と剣が激しくぶつかり合う音。

地面を蹴る重い衝撃。

観客席から上がるどよめき。


令嬢たちの歓声も、次第に熱を増していった。


「次は騎士団長様よ!」

「ジャック様ー!」


黄色い声が飛び交う。


(え、ジャック様も出るの!?)


驚いていると、隣のレオンハルト殿下が教えてくれた。


「叔父上は最後に特別演武を披露するのが慣例なのです」


なるほど、と頷く。


やがてジャック様がゆっくりと中央へ進み出る。

その手には、普段見かける剣とは異なる一対の双剣が握られていた。


「あれは……」


レオンハルト殿下が息を呑む。


「王家の儀式用武器です。一般公開されることは極めて珍しい」


(そんな大事なものを……?)


場内が静まり返る。

誰もが息を潜め、ジャック様の動きを見守っていた。


双剣を構えた、その瞬間。


「危ない!!」


鋭い叫び声が響いた。


次の瞬間、紫色の閃光が訓練場を切り裂く。


「魔法!?」


レオンハルト殿下が咄嗟に私の前へ出た。


「叔父上!」


「全員、退避!」


ジャック様の低く鋭い号令が響くと同時に、騎士たちが一斉に動き出した。

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