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第三話:開国1500年大祭(前編)

ヴァルデンライヒ王国は、大地と資源に恵まれた覇権国家である。


広大な領土に眠る魔石資源は大陸随一の産出量を誇り、それを基盤として編成された騎士団は、質・量ともに他国を圧倒していた。

武による均衡を許さぬ力。それがこの国の、揺るぎない礎である。


現王レオポルド・フォン・ヴィッテルスバッハは、その強大な国を統べるに足る器を備えた統治者だった。

苛烈さと寛容を併せ持ち、内外の均衡を崩すことなく保ち続けているその手腕は、歴代王の中でも群を抜いていると評されている。


ゆえにこそ、彼の御代は安泰である――そう語られることに、疑いを差し挟む者はいない。


そして今年、建国から千五百年という節目を迎え、王国はかつてない規模の祝祭を執り行おうとしていた。


王都ライヒは、すでにその熱気に包まれている。


石畳の通りには色とりどりの花が飾られ、建物の壁や窓辺には祝祭の装飾が惜しみなく施されていた。

通りのあちこちに並ぶ屋台からは香ばしい匂いが漂い、人々の笑い声と呼び声が絶え間なく交差する。


大道芸人の軽やかな動きに子どもたちが歓声を上げ、その傍らでは楽師たちが陽気な旋律を奏でていた。


そして、どこを見渡しても掲げられているのは王家の旗。


その数の多さと、誇らしげに翻る様は、この国の豊かさと、王家に寄せられる揺るぎない信頼を何より雄弁に物語っていた。



王宮、謁見の間。


高くそびえる柱と磨き上げられた大理石の床が、荘厳な空間を形作っている。

その中央に設えられた玉座の前には、各国から訪れた王侯貴族や列強の元首、重鎮たちが整然と列を成していた。


祝祭の賑わいとは対照的に、ここには厳かな緊張が満ちている。


その壇上に、エレナは立っていた。


王族と並び立つその姿は、すでに王弟の婚約者としての風格を備えている。背筋はまっすぐに伸び、余計な動きは一切ない。

それでいて、硬さではなく、しなやかな気品が漂っていた。


身に纏うのは、銀色の髪を引き立てる同色のドレス。光沢を帯びた生地には繊細な花の意匠が散りばめられ、光を受けるたびに柔らかく輝きを変える。


その神秘的な容姿と相まって、まるで月光をそのまま人の形にしたかのような、静かな美しさを放っていた。


自然と、視線が集まる。


それを意識していないわけではない。それでもエレナは、ただ静かに微笑み、各国の祝辞に耳を傾けていた。


その隣に立つジャックは、黒の礼装に身を包んでいる。


騎士団長としての威厳をそのまま形にしたかのような装いで、無駄のない佇まいが一層精悍さを際立たせていた。

後ろに撫でつけられた銀髪が光を受け、鋭い眼差しと相まって、どこか人ならざる存在を思わせる。


月に寄り添う影――あるいは、その守護者のように。


玉座には、国王レオポルドが悠然と腰掛けていた。


三十代半ばの壮健な体躯に、王としての余裕が自然と滲む。

その隣には王妃アウグステが控え、穏やかな微笑を浮かべながらも、場のすべてを見渡すように静かに目を配っている。


王太子レオンハルトは、その傍らに座し、落ち着いた様子で儀礼を見守っていた。


その後方に、ジャックとエレナが控える。


侍従長が、次々と来賓の名を読み上げる。


祝辞が述べられ、贈り物が捧げられ、その一つ一つに対して形式に則った応答が返される。整然とした流れが続く中、ふと、わずかな空白が生まれた。


そこに滑り込ませるように、ジャックが甘く声を潜めた


「エレナ、疲れていないか」


「はい、大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」


エレナはわずかに顔を向け、穏やかな笑みで応じた。


その様子を見ていたレオポルドが、ふと肩の力を抜いたように口を開く。


「緊張することはないぞ。来賓など、皆野菜だと思えばよい」


茶目っ気を含んだその言葉に、場の空気がわずかに緩む。


すかさず、アウグステが呆れたように視線を向けた。


「またそのようなことを……。エレナ様が困っていらっしゃるでしょう」


たしなめる声音は柔らかいが、その裏にある制御の強さは隠しきれない。


エレナは苦笑を浮かべながらも、そのやり取りにどこか安堵したように目を細めた。


「王族の皆さまは仲がよろしいとは伺っておりましたが……本当に睦まじいのですね。とても素敵ですわ」


素直な感想だった。


その言葉に、レオンハルトがわずかに肩をすくめる。


「仲が良すぎて困ることも多いのですがね」


軽く笑いを含ませた声音。


「まぁ、王族としては珍しい部類だろうな」


ジャックも口を挟み、場の空気はさらに和らぐ。


ヴィッテルスバッハ家の面々は、どこか自然体のまま、その場に在った。


だが――


その空気を切り裂くように、侍従長が一歩進み出る。


それまでとはわずかに調子を変え、はっきりとした抑揚を帯びた気配が場に満ちていた。


レオポルドが、わずかに眉をひそめる。


「……あの国か。成金趣味であまり良い印象はないのだがな。祝辞の順番を最後にしてほしいと、やけに強く主張してきおって」


小さく息をつき、肩を落とす。


「まったく、何を考えているのやら……」


そして、次の瞬間。


侍従長の声が、謁見の間に高らかに響き渡った。


「貴賓入来! 続きましては、グラティオラ公国よりの祝賀使節団――」


一拍の間。


「代表、グラティオラ公王オスカー・フォン・ローゼンダール閣下!」


その名が告げられた瞬間、場の空気がわずかに引き締まる。


「ならびに、同公国公子エリック・フォン・ローゼンダール殿下――」


そして。


「公女ローゼマリー・フォン・ローゼンダール殿下!」


その名が、静かに響いた。


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