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第七話:騎士団見学と予想外の案内人


騎士団の訓練場へ向かう馬車の中、私は密かに胸を躍らせていた。


(前世じゃ、格闘技みたいなものを見る機会なんて、ほとんどなかったものね……)


窓の外を流れていく景色を眺めながら、頭の中では想像が次々と膨らんでいく。


(ジャック様が剣を振る姿って……どんな感じなんだろう)


そこでふと我に返り、自分に言い聞かせた。


(待って待って。何を期待しているのよ、私。これはあくまで“職場見学”なんだから!)


馬車が訓練場の入口に到着すると、予想外の人物が私たちを出迎えていた。


「ようこそ、エレナ嬢」


金髪碧眼の青年――王太子レオンハルト殿下が、優雅に微笑んでいる。


「えっ? レオンハルト殿下?」

思わず声が上ずった。


「はい。叔父上から頼まれまして」

彼は自然な所作で手を差し出す。

「本日は、私が案内役を務めさせていただきます」


(ええ!? 騎士団の見学に王太子が来るなんて……おかしくない?)


内心で首を傾げつつ、私は馬車を降りた。


「ありがとうございます。お手数をおかけします」


「とんでもない」

レオンハルト殿下の微笑みが、どこか意味深に深まる。

「むしろ、楽しみにしていました」


(……なぜそこまで?)


訓練場に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


すでに百人ほどの騎士たちが整列しており、その視線が一斉にこちらへ向けられる。


「なんだか……見られている気がします」


小声でつぶやくと、レオンハルト殿下が耳元で囁いた。


「エレナ嬢が来ると聞いて、皆、少し緊張しているのでしょう」


(そうかな……? 何だか、もっと別の理由があるような……)


その時だった。


「集合!」


低く響く号令と同時に、騎士たちが一糸乱れぬ動きで敬礼する。


ざわり、と空気が揺れた。


「え、団長!?」

「団長が……笑ってる……!?」


(え? なに、どういうこと?)


「よく来てくれたな」


現れたジャック様は、誇らしげに私を示した。


「こちらが、俺の婚約者――エレナ・フォン・ローゼンバーグだ」


騎士たちから一斉にどよめきと歓声が上がる。


年配の騎士が小声で尋ねた。


「団長……その女性が、例の……」


ジャック様は迷いなく頷く。


「ああ。俺の愛しい婚約者だ」


(“愛しい”って……! こんな大勢の前で言わないでください!)


顔が熱くなるのを必死でこらえていると、レオンハルト殿下が楽しそうに囁いた。


「叔父上は、貴女を自慢したくて仕方がないんですよ」


(いやいや……そんな大袈裟な……)


その時、若手騎士の一人が声を張り上げた。


「団長! 訓練開始の号令を!」


ジャック様の表情が一瞬で引き締まる。


「よし。今日の訓練メニューは倍量だ」


「倍量!?」

「冗談ですよね……?」

「昨日も相当きつかったのに……!」


(え、ちょっと……皆さん、顔が引きつってません?)


「騎士の誇りに恥じぬよう、全力全霊をもって行動で示せ」


その声には、有無を言わせぬ迫力があった。


レオンハルト殿下が苦笑する。


「叔父上の“騎士団長モード”が発動してしまいましたね」


「あの……王弟殿下は、普段からあんなに厳しいのですか?」


私の問いに、レオンハルト殿下は少し考えてから答えた。


「優秀な指導者ではありますが……今日は特別でしょう」


その言葉どおり、訓練が始まると光景は壮絶だった。


木剣がぶつかり合う音、地面を蹴る衝撃、気合の声――

すべてが空気を震わせる。


(……すごい)


「叔父上は騎士団から深く尊敬されています」

レオンハルト殿下が説明する。

「同時に、その厳しさも有名ですが」


(納得……)


「これが『狼牙隊』ですか?」


「そうだよ。我が国最強の遊撃部隊だ」


(なるほど……)


前世で見た訓練映像が、ふと脳裏をよぎる。

無駄のない動線、交代制の配置、疲労を分散させる動き――


(合理的。ちゃんと理屈が通っている……)


「あの交代パターン……意図的にずらしていますよね」


口に出してから、はっとした。


(しまった……!)


「え?」

レオンハルト殿下が驚いた顔で振り向く。


「よく見ていますね。普通の令嬢なら“格好いい”で終わるところなのに」


「い、いえ……なんとなく、です」


慌てて誤魔化すが、レオンハルト殿下は不思議そうにしている。


指揮を執っていたジャック様が、こちらへ歩いてきた。


「どうだった? 俺の部隊は」


鋭い碧眼に射抜かれ、思わず喉が鳴る。


「とても洗練されていますわ。特に、筋肉への負荷分散が効率的で……」


(あっ……また言っちゃった!)


ジャック様の眉がぴくりと動いた。


「ほう……なぜそう思う?」


「い、いえ……乙女の直感ですわ!」


苦し紛れの答えに、レオンハルト殿下が吹き出す。


ジャック様は一瞬沈黙した後、愉快そうに微笑んだ。


「……そういうことにしておこう」


その表情は、明らかに楽しんでいる。


「他にも、気づいたことはあるか?」


「い、いえ。特には……」


話題を逸らそうとする私に、ジャック様の瞳が怪しく輝く。


(やはり……エレナは面白い)


胸の奥で、王弟の執着が静かに、しかし確実に深まっていく。


(早く……手に入れなければ)


やがて彼は騎士たちへ向き直り、声を張った。


「休憩!」


集まってくる騎士たち。

その中心に立つジャック様の姿に、思わず見とれてしまう。


「……凛々しいな」


ぽつりと漏れた呟きに、自分でも驚いた。


その横で、レオンハルト殿下が私の横顔をじっと見つめていることに気づかないまま、

私は訓練場を見渡し、胸の内で静かに思案していた。


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