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第六話:突然の訪問者と混乱の伯爵家


翌朝、朝食後の静かな時間――事件は唐突に起きた。


「エレナお嬢様! 大変です!」


使用人の叫び声とともに、扉が勢いよく開く。


「殿下が……ジャック殿下が突然のご訪問を!」


私は口に入れていたパンを、見事に喉へと詰まらせた。


「ゲホッ! ゴホッ!」


すぐさまマリアが背中を叩いてくれる。


「お嬢様! 大丈夫ですか?」


「あっ……ええ、大丈夫よ」


呼吸を整えながら、必死に頭を回転させる。


(え? 返事すらしていないのに訪問って、どういうこと?)


「……お通しして」


できるだけ冷静を装って指示を出すが、内心は完全にパニック状態だった。


応接室では、すでに父が殿下を迎えていた。


「殿下、このような早朝から……」


「構わない」


窓辺に立ったまま、殿下は淡々と答える。


「どうしても確認したいことがあってな」


父は不安げに、ちらりと私の方を見た。


(確認って……何を?)


殿下はそのまま私の方へと歩み寄り、目の前で足を止める。

そして、予想外なほど爽やかな笑顔を浮かべた。


「エレナ嬢、突然訪ねてしまって済まなかった」


(これが王弟スマイル……破壊力、高すぎない?)


「いえ、お気になさらず」


頭を下げると、殿下は片手を上げて制する。


「いや、本当に気にしなくていい」


「お返事が遅くなり申し訳ございません。殿下の御厚意には感謝しておりますが……」


そう切り出した瞬間、殿下がふっと笑った。


どこか照れたような、柔らかい笑みを浮かべて言う。


「返事を聞きに来たわけじゃないんだ。ただ……君から何もなくて、少し寂しくなってな。だから、つい直接会いに来てしまった」


(なに、この王弟殿下……正直すぎるでしょ!)


「そ、そんな……寂しい、だなんて……」


一気に頬が熱を帯びる。


(ドキドキが止まらない……!

前世でも今世でも、こんなストレートな言葉、初めて聞いたんですけど!)


殿下はにこりと笑い、照れくさそうに頬を掻いた。


「実はな、贈り物の返事よりも――」


青い瞳でじっと見つめながら、はっきりと言う。


「君の顔を見たくて来ただけなんだ」


(……王子様属性、全開すぎる)


思わず息を呑む。

胸の奥がじんわりと甘く熱くなる。


(ちょっと待って、私……チョロすぎない?)


「お……王弟殿下」


「何だい?」


期待を含んだ眼差しが、まっすぐこちらに向けられる。


「実は……贈り物の件なのですが……」


ここはきちんと伝えなければいけない。

曖昧にしたままでは、かえって失礼だ。


「とてもありがたいのですが……これほど多くの贈り物を頂いても、私には……」


言葉に詰まる私に、殿下は穏やかに微笑んだ。


「分かっている」


柔らかな声で、はっきりと言う。


「無理に贈り物を続けるつもりはない」


(良かった……ちゃんと伝わった)


「ただ――」


その笑顔が一瞬だけ消え、真剣な表情になる。


「私の気持ちだけは、知っておいてほしい」


「……気持ち、ですか?」


「そうだ」


一歩近づき、そっと私の手を取る。


「君と過ごす時間が、何よりも大切だということだ」


父の咳払いが聞こえたが、殿下は意に介さない。


「次の社交季には、一緒に出席したい。

公式行事ではなく、あくまで……プライベートな集まりとして」


(社交季って、まだ先よね? 計画が早すぎる気が……)


「ぜひ、ご一緒させてくださいませ」


精一杯の笑顔を作る。


「殿下と過ごす時間を、楽しみにしております」


「本当か!」


ぱっと表情が明るくなる。


「それは嬉しい!」


(この反応……完全に子犬)


「では、改めて招待状を送ろう。それと……」


殿下はポケットから、小さな箱を取り出した。


「これは特別だ。ぜひ身につけてほしい」


(まだ贈るの……?)


箱を受け取り、言われるままに開く。

中には、王弟家の紋章を象った銀製のブローチが収められていた。


「これは……」


「我が家紋の紋章だ。君には、いつも身につけてほしい」


副官が咳払いをし、立ち上がる。


「団長、そろそろ……」


「そうだな」


名残惜しそうに微笑みながら、殿下は私を見る。


「その前に一つ。今度、騎士団の訓練を見学に来ないか?」


「騎士団の訓練、ですか?」


「ああ。私の日常を、君にも知ってもらいたい」


(正直……見てみたい)


前世では決して触れられなかった世界。

この国の防衛の要を、間近で見られる機会だ。


「喜んで」


思わず、自然に笑顔がこぼれた。


「本当か!」


殿下の顔が輝く。


「では、近日中に詳細を知らせよう」


「はい」


「エレナ嬢……いや」


ふと真剣な表情になり、殿下は言う。


「君といると、時間が経つのが早すぎる」


(また甘いこと言う……)


「ありがとうございます」


必死に平静を装った。


「殿下のお時間を頂きまして」


「ジャックと呼んでくれ」


「……殿下」


「ジャックだ」


(押しが強い……)


「……ジャック、さま」


途端に、殿下の顔がぱあっと明るくなる。


「呼び捨てでも構わないのだが……まあ、今はそれでいい」「俺もエレナと呼ばせて貰おう」

(一気に距離詰めてきたな……)


「殿下!」


副官がついに割って入る。


「お時間です」


「むぅ……」


名残惜しそうに一歩離れ、


「また来る。訓練見学、楽しみにしているぞ」


そう言い残して、嵐のように去っていった。


---


### 王宮への帰途、馬車の中で


「訓練見学、ですか……」


副官が慎重に切り出す。


「お嬢様にお見せしても大丈夫でしょうか」


「何が問題だ?」


「訓練は激しいものです。高貴な令嬢には……」


「エレナは普通の令嬢ではない」


ジャックは楽しげに言い切った。


「彼女には見る目がある。我が騎士団の真価を、きっと理解してくれる」


副官は静かに彼を見つめる。


(団長……どうか、その想いが届きますように)


ジャックは深く息を吸い、窓の外へと視線を向けた。


「それに……贈り物だけで心を掴もうとしても意味がない」


困ったように、小さく笑う。


「ちゃんと、俺自身を知ってもらいたいんだ」


流れていく景色の中で、彼はぽつりと呟いた。


「……ああ、本当に。早く会いたくて仕方ない、エレナ」


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