第五話:溺愛フラグは信用できない
伯爵家の玄関ホールには、三日前から毎日、華やかな箱が並ぶようになった。
すべて、ジャック殿下からの贈り物だ。
「まあ! 今日は薔薇の花束ですって!」
「昨日はダイヤのネックレスでしたね」
「素敵だわ!」
メイドたちの黄色い歓声が響く中、私は階段の上から疑いの視線を投げる。
(……怪しい)
「お嬢様、ジャック殿下からです」
マリアが満面の笑みで赤い薔薇を差し出す。
確かに美しいし、香りも良い。
「……ありがとう」
受け取った瞬間、表情が少し硬くなる。
だって、この展開、見覚えがあるのだ。
(前世の漫画や小説で、こういうパターンあったわ……最初は溺愛されて幸せ絶頂。でも実は、ってやつ)
部屋に戻り、窓辺に腰掛けて薔薇の香りを嗅ぎながら考える。
(このあと、殿下が急に冷たくなったり、真のヒロインが現れるかもしれない。「私はお前を利用するために……」って裏切られるパターンかも)
「だって、こんな急展開ありえる?」
思わず、ボソッと呟いてしまう。
「お嬢様?」
マリアが紅茶を差し出しながら声をかけてくる。
「ん?」
「さっきからブツブツ言ってますけど……何を考えていらっしゃるのですか?」
私はティーカップを受け取り、庭を眺めながら答えた。
「やっぱり、この婚約ちょっと疑わしくない?」
「疑わしい……? どういう意味ですの?」
「もしかしたら……」
私は真剣な面持ちで口を開く。
「これからジャック殿下に好意を抱くライバル令嬢が現れて、殿下は私に愛想をつかして、ドロドロ劇の果てに捨てられるとか――」
「お嬢様?」
マリアが不思議そうに首を傾げる。
「急に妄想ですの?」
「妄想じゃないわ! これは予測よ!」
思わず声が大きくなる。
「だって普通に考えたらおかしいでしょ? こんな短期間で、王弟殿下と婚約なんて。このあときっと落とし穴があるに違いないわっ」
「確かに突然でしたけれど……」
マリアは困ったように微笑んだ。
「殿下は本気で、お嬢様をお慕いなさっていると思いますよ」
「本気だって証拠は?」
「お嬢様……」
マリアは呆れたように私を見つめる。
「あの熱烈なラブレター、読まれましたでしょう?」
私は小さく咳払いする。
(あの情熱的な手紙……)
『君の魂の輝きは、私の闇を照らしてくれる』
『君なしでは生きられない』
『一日千秋の思いで、君を待つ』
現代感覚の平凡な主婦としては――
「はずかしぬ」
思わず本音が漏れた。
「は? ……今なんとおっしゃいましたか?」
マリアが目を丸くする。
「あっ、いや……その……まあいいわ」
「とにかく、この婚約が長続きするとは限らないってことよ」
私は贈り物の山を見つめる。
確かに素敵なものばかりだけど。
「お嬢様」
マリアが困ったように笑みを浮かべて言った。
「お嬢様は本当に素晴らしい方です。殿下が惹かれるのも当然ですわ」
その言葉に、思わず笑ってしまった。
「お世辞は結構よ」
「本当です!」
マリアが珍しく強い口調で言う。
「お嬢様は領民のために尽力され、常に公平であろうとなさり――」
(ただ前世の知識を使ってるだけなんだけどな)
「マリア、ありがとうね。でも、それ以上褒めなくて大丈夫よ」
私は照れ臭くなって、話を遮った。
「今は目の前のことを、ひとつずつ片付けましょう。まずは殿下に贈り物のお礼を書かなくちゃね」
「そうですわ!」
マリアがぱっと表情を明るくする。
「では、素敵な便箋を選ばなくては!」
心にある不安を押しとどめ、私は手紙を書くべく筆をとった。
*
一方、王宮の騎士団執務室。
「届けたか?」
ジャックは落ち着かない様子で副官ハインリヒを見据えた。
机上には未処理の書類が置かれているが、手を付けることなく、今は別の案件に頭を悩ませている。
「はい、団長。すべて予定通りに」
ハインリヒが報告する。
この三日間で、十台を超える馬車がエレナの伯爵邸へ向かっていた。
「返事は?」
「まだ確認しておりませんが……」
言い淀む間もなく、ジャックが立ち上がる。
窓越しに王都の街並みを見下ろし、額に皺を刻んだ。
「三日間も、無反応だと?」
(いやいやいや!)
副官は内心で叫ぶ。
この三日で届けたものは、数知れず――
初日に、白金製ティーセット一式+薔薇の花束ほか多数。
二日目、ダイヤを散りばめたドレス+ネックレスほか多数。
三日目、馬四頭+秘蔵ワインケース三十箱ほか多数。
(多分エレナ嬢、かなり困惑しています)
「団長、少し頻度が高い……」
忠言しかけた瞬間、殺意の籠った碧眼にギラリと睨みつけられる。
「何と言った?」
(怖ぇーー!!)
「まさか、この俺がやり過ぎているだと?」
「いえ……決して、そのようなことは……」
脂汗を流すハインリヒの背後で、騎士たちの声が漏れ聞こえた。
(団長、やり過ぎだよな)
(いくら惚れてる婚約者とはいえ、限度があるよな)
騎士たちの間で、騎士団長のイメージがどんどん崩れてゆく。
ジャックの眉間の皺が、さらに深くなる。
「……会いにいく」
「え?」
「直接、エレナ嬢の邸に向かう」
「団長、業務はっ!?」
「問題ない。レオンハルトに任せよう」
(王太子殿下……)
ハインリヒは、飛び火を喰らった甥っ子殿下に深く同情した。
「今すぐ支度を」
命令を受けたハインリヒは、渋々頷いた。
この騎士団長。
戦場では鬼神のごとく勇猛だが、恋愛に関しては致命的にポンコツである。
(そういえば団長、これまでの人生で、まともな恋愛経験なかったな……)
ジャックは、王弟でありながら独身を通してきた。
実は、恋愛そのものを避けていただけだった。
「馬車を用意せよ」
外套を羽織るジャックの背を見て、副官は深いため息をついた。
そして、敬愛する団長のために、心の中でそっと願うのだった。
(エレナ嬢が、これ以上引きませんように……)




