第四十三話:届かぬ言葉
公子と公女は騎士たちに連行され、謁見の間から姿を消した。
その直後、王族三人は国王の執務室へと移る。
扉が閉ざされた瞬間、重苦しい静寂が空間を支配した。
国王レオポルドは、執務机の奥に腰を下ろしたまま、向かい合う二人のやり取りを黙して見守っている。
その眼差しは静かだが、内側では様々な思いが絡み合っていた。
「……せめて、無辜の民を巻き込むのは止めませんか……」
沈黙を破ったのはレオンハルトだった。
「このままでは……叔父上は、非道な殺戮者として歴史に刻まれてしまいます……!」
抑えた声音の奥に、押し殺した焦燥と苦悩が滲む。彼なりに、敬愛する叔父を守りたいのだ。
「……こんな事を、エレナ嬢は望むはずがありません。どうか、考え直しては頂けませんか」
言葉を重ねるごとに、その声には切実さが増していく。
それは王太子としての進言であると同時に、一人の人間、甥としての願いでもあった。
だが。
ジャックは、わずかに首を傾げただけだった。
不思議なものを見るような、理解の外にあるものを見つめるような、そんな静かな仕草。
その表情には、微かな揺らぎすら見えない。
ただ、レオンハルトを真っ直ぐに見つめている。
レオンハルトは息を吞む。
「……ッ」
――その瞳を見た瞬間。
レオンハルトは悟ってしまった。
言葉は届かない。
理も、情も、叔父にはもはや意味を持たない。
エレナの命が尽きたその時、叔父は迷うことなく公国を滅ぼすだろう。
それは、確信だった。
これほどまでに、深い愛なのか……。
力なく肩を落とし、レオンハルトは視線を伏せる。
何かを言い返すこともできず、ただ項垂れるしかなかった。
レオポルドは、その様子を静かに見つめていた。
胸の奥に、苦いものが広がる。
――悲しいほどに、愛に一途な弟よ。
その想いの深さを、誰よりも知っている。
だからこそ、止められないこともまた理解してしまっていた。
そして。
――レオンハルト。
息子もまた、必死に抗おうとしている。
自分なりに、この結末を変えようともがいているのだろう。
だが、それでも。
弟は止まらない。
たとえ一人になろうとも、迷うことなく公国へ向かうだろう。
すべてを壊し尽くし、その果てで――
レオポルドの胸に、確かな予感が沈む。
この弟は、公国を滅ぼした後、エレナと共に逝くつもりなのだと。
やり場のない感情が、静かに積もっていく。
義理の妹も、そして可愛い弟も――失いたくはない。
それでも、止める術はない。
レオポルドは、ただ静かに視線を上げる。
悲しみに満ちたその眼差しで、何も言わず、ジャックを見つめ続けていた。




