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第四十話:公国殲滅

王弟ジャックの決断は、電光石火のごとき速さで実行に移された。


侍女カミラと公女を拘束し、積み上げられた盤石な証拠を盾に、彼は自らの手駒である闇ギルドと「影」のすべてを動員した。

それは、緩やかに首を絞めるような、慈悲なき包囲網であった。



グラティオラ公国は、かつてないほどの緊張に塗り潰されていた。

静寂を切り裂いたのは、ヴァルデンライヒ王国が大陸全土へと放った宣戦布告の声明である。


――外交特権の濫用。

――不可侵条約の破棄。

――国家の尊厳の蹂躙。


――連ねられた峻烈な言葉の数々は、王国の怒りの深さを如実に物語っていた。


ジャックは直属の精鋭部隊『狼牙隊ろうがたい』を解き放ち、公国の軍事拠点を瞬く間に制圧していった。

剣を抜くことさえ許さぬ、完璧な無血制圧。さらには全ての物流を遮断し、経済という名の生命線を完全に封鎖した。

負傷者を出さぬその手際に、公国の民たちは反感を抱く間もなく、ただ得体の知れない不安に突き動かされ、家々に身を潜めていた。


公国王宮、謁見の間。

そこには煌びやかな装飾を嘲笑うかのように、焦燥と混乱が渦巻いていた。


「一体、何が起きているというのだ!」


公王オスカーの怒号が響く。だが、その声には隠しきれない震えが混じっていた。


「公女が拘束され、経済封鎖だと? 王族の暗殺疑惑など、何かの陰謀に決まっている! ヴァルデンライヒが正気を失ったとしか思えん!」


「……しかし父上、王国側が提示した証拠は、あまりにも信憑性が高すぎます」


公子エリックが、苦渋に満ちた表情で報告する。その最中、重厚な扉が左右に開き、足音が静寂を破った。

現れたのは、副官ハインリヒ率いる王国の部隊である。


「ヴァルデンライヒの軍人か! これは何の真似だ! 我が国に対し、斯様かような理不尽が許されると思っているのか!」


格下の軍人と侮り、食ってかかる公王。だが、ハインリヒは眉一つ動かさず、冷徹な一瞥を投げた。


「……理不尽、ですか。ご自身に身に覚えはございませんか?」


その冷え切った言葉に、公王が言葉を詰まらせる。


王国が提示した証拠には、公王の指示による人体実験の記録も含まれていた。それは、もはや弁明の余地すら残されていない代物だった。


追い詰められた公王が、なおも打開策を探ろうとした、そのとき――さらなる異変が訪れる。


空間がわずかに歪み――凍りつくような圧が、その場を支配する。


「……っ!?」


広間に立ち込めたのは、理解を絶する沈黙。


「……何故、あなたがここに……魔道皇帝ヴィルヘルム……ッ!」


ざわめきが広がる。


本来、この場にいるはずのない存在。


大国ルーメンシュタット皇国――大陸の軍事バランスを一身に背負う「魔道皇帝」の降臨。


重鎮たちの絶望に満ちた呟きが漏れる。


それは、公国側が最後の望みとして描いていた「皇国による和平の調停」という選択肢が、最初から断たれていたことを意味していた。


最後通牒さいごつうちょうを、余が直接届けてやろうと思ってな」


ヴィルヘルムは傲岸ごうがんな笑みを浮かべ、絶望に凍りつく一同を見下ろした。

これこそが王国と皇国の完全なる共闘の証。もはや、公国に救いの道はどこにも残されていなかった。


ハインリヒが通牒を広げ、朗々とした声を広間に響かせる。


「ヴァルデンライヒ王国より、グラティオラ公国へ。本状は、ジャック・フォン・ヴィッテルスバッハ殿下の名において発される、最終通告である――」


ハインリヒは、淡々と読み上げていく。


「――王族に対する呪術行使は、すなわち国家への攻撃と見なされる。

婚約者たる彼女もまた、既に王家の一員に等しい――我が主、ジャック・フォン・ヴィッテルスバッハ殿下の婚約者エレナ・フォン・ローゼンバーグ様が、

一週間経っても目覚めぬ時。あるいは、万が一にも不慮の事態に至った場合……」


静まり返った広間に、冷たい理が落とされる。


「グラティオラ公国、その全土を『殲滅』する」


あまりに無慈悲な宣告。広間を支配したのは、もはや悲鳴ですらない、墓場のような静寂だった。



このままでは、国そのものが地図から消える。

公子エリックは自尊心をかなぐり捨て、ヴィルヘルムとハインリヒに対し、王弟ジャックとの緊急会談を懇願した。


「お願いだ! 罪なき民だけでも、どうか助けてはくれないか! そのためなら、王族全員の命を差し出しても、属国に成り下がろうとも構わない――」


悲痛な叫び。公王たちの驚愕を他所に、エリックの瞳には一点の曇りもない覚悟が宿っていた。

ヴィルヘルムは細めた瞳で公子を見つめ、しばし思案する。


「よかろう。直接話してみるがいい」


「すまない、感謝する」

エリックは決意を込めた瞳で感謝を伝えた。


「私は公子と共に王国に戻る」


ヴィルヘルムは、エリックを伴って先に王国へと転移した。


後に残された公国の重鎮たちは、未だ現実味のない虚脱感に囚われ、呆然と立ち尽くしていた。


副官ハインリヒは、心の中で小さく溜息をつく。


彼は、心の中で静かに祈った。


(エレナ様。どうか我々を――そして、我が団長をお救いください……)


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