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第三十八話:届かぬ懇願

王宮の貴賓室。

ローゼマリーは、ソファに静かに腰掛けていた。


長旅の疲労が、その姿に感じられる。

だが、その瞳だけは強く、何かに突き動かされるような熱を帯びていた。


やがて扉が開く。


現れたのは、王弟ジャック。

その傍らには、副官ハインリヒが控えている。


無機質なほど整ったその威容を視界に収めた瞬間――


ローゼマリーは、堰を切ったように立ち上がる。


「――ジャック様!」


そのまま彼の前で、ためらいもなく膝を折り、深く跪く。


「お願いです……カミラを、お助け下さい」


震える声。

両手を胸の前で組み、祈るように差し出すその姿は、切実そのものだった。


「カミラは……私にとって、姉も同然の侍女なのです」


言葉とともに、涙が頬を伝う。

その懇願は、打算の気配を感じさせないほど真っ直ぐで、だからこそ――


傍から見れば、ただ一人の大切な存在のために身を投げ出す、献身的な公女の姿に映るだろう。


「……何か誤解があるのだと思うのです」


顔を上げ、縋るようにジャックを見つめる。


「どうか、カミラと話をさせて下さい」


その言葉に――


「話しても無駄だ」


ジャックは、一切の間を置かずに言い放った。


感情の欠片も滲まない、冷え切った声音。


「あの女は、呪いの代償に侵された」


わずかに視線を動かし、背後へと合図を送る。


「もはや、人として成りたっていない」


その直後、騎士たちに抱えられた“それ”が、謁見の間へと運び込まれた。


かつては妖艶な美貌を誇っていた女――カミラ。


だが今は。


虚ろな眼差し。

色を失い、白く変じた髪。

そして、まだらに変色し、生気を失った皮膚。


生きているのかどうかすら曖昧な、歪みきった成れの果て。


「……ッ」


ローゼマリーは思わず口元に両手を当てる。


その瞳に浮かぶのは、恐怖。

だがそれは、現実を受け止めたゆえのものではなかった。


「なんて……ことを……」


震える声で漏れたその言葉は、非難とも、拒絶ともつかない。


「証拠は揃えてある」


ジャックは淡々と告げる。


「時期に、公国へ通達が行われる。……本来であれば、お前も重罪人として拘束する予定だった」


その視線が、まっすぐローゼマリーへと向けられる。


「つくづく、愚かな女だ」


軽蔑の色すら隠さず、短く言い切る。


そして、騎士たちへと視線を流した。


無言の命令。


直後、数名の騎士がローゼマリーへと歩み寄る。


「なっ……!?」


ようやく事態を理解し始めたのか、彼女の表情が歪む。


「私は――ジャック様の唯一の伴侶です!」


差し伸べられる手を振り払おうとしながら、声を張り上げる。


「このような無礼な真似、許されるはずがありません!」


命令するように言い放つが、騎士たちは応じない。

無言のまま、その腕を取り、拘束していく。


「ジャック様、これは間違っています!」


必死に首を振り、涙を零しながら叫ぶ。


「私たちには……愛し合う物語があるのです!」


その言葉は、どこか現実離れしていた。


「どうか……運命を受け入れて……私を見て……」


縋るように、懇願する。


だが――


ジャックは、ただ無表情でそれを見下ろしていた。


そこにあるのは、理解でも、同情でもない。


ただ、完全な拒絶。


ローゼマリーのひたむきさは、もはや美徳ではなかった。

現実を歪め、他者を巻き込み、なお信じ続けるその姿は――


異質であり、異常ですらあった。


その光景を見つめながら、ハインリヒの背筋に、冷たいものが走る。


(……この公女は……ここまで歪んでいたのか)


内心で呟く。


(こんな女を放置した結果が……これだというのか)


視線の先では、なおも何かを訴え続ける公女の姿。


そして、その結末をすでに知っている自分。


(我が国は……)


胸の奥に、重く沈む感情が広がる。


やがて訪れるであろう“その時”を思いながら、

ハインリヒはただ、やり切れない思いを噛み締めていた。


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