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竜使いの郵便屋と、不幸を運ぶ竜  作者: 杵島 灯


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8/9

そして優しい灯がともる(中)

 徐々に大きくなるのはオレンジ色をした竜の姿だ。合わせて「おーい!」という人の声も大きくなるので、これはおそらく乗り手のものだろう。


 トルヴァ郵便局の広場は竜が何頭も繋げるくらいには広いが、さすがに離着陸のときは空間が必要になる。竜の翼が広がっているからぶつからないようにするためだ。エリシュカは到着したばかりのマレーナを慌てて移動させようとしたけれど、その前に上空の竜は地上へおりてきた。


 広場は土のままだ。石で舗装すれば竜の爪や足裏を痛めてしまう。だから着地のときはなるべく土煙を上げないように降りるのが竜と乗り手の技量の証でもあったが、今回の竜は思い切りよく「ドスン!」と降り立った。


 嫌な予感がしていたエリシュカはとっさに寒さ避けのマフラーを口元へあげたし、到着したばかりだったので飛行用ゴーグルもつけっぱなしだった。おかげで舞い上がった土の影響はほとんどなかったのだが、周りの人はそうもいかなかったようだ。ゲホゲホと咳き込む声が聞こえる。 

 その中で、なんとも陽気な声が響いた。


「よし、間に合った!」


 即座にダリヤの声が続く。


「間に合ってない!」


 エリシュカのゴーグル越しに見えたのは、肩をいからせながらも口元をハンカチで覆うダリヤの姿だった。


「ロディオン、あんたは遅刻したの! 分かる? ち・こ・く!」

「姉ちゃん、そっちには誰もいないよ」

「うるさい! 土煙で目が開けられないんだからしょうがないでしょ! とにかく、今日がどういう流れになる予定だったのか言ってごらんなさい!」

「……ええっと」


 竜の背にいる大柄な人影は首を傾げたように見えた。


「まず俺がカレルを連れてトルヴァの郵便局へ行くだろ? そんで広場の隅へ移動して、マレーナを待つ。双方の竜が落ち着いた頃合を見計らって、周囲の人たちと一緒に面会開始」

「正解! で? この状況をあんたはどう見てるの?」

「そりゃもう、間に合ってる……」

「合ってるわけないでしょうが! エリシュカとマレーナはもう来てるのよ!」


 姉弟のやりとりは耳に入っている。だからエリシュカは地上に降り立った竜から目が離せなかった。


(カレルを連れて、って言ったよね?)


 少しずつ晴れていく土煙の向こうに見えるオレンジの竜の姿を目にしてエリシュカはどきどきする。首元に見える花のような赤色には覚えがないけれど、全身の鱗は確かにカレルと同じ色だ。それにあのクセ。見知らぬ場所や人に会ったとき、好奇心に目を輝かせながら首を左右に振る様子だって覚えがある。


(本当に、カレル?)


 懐かしくて声をかけたくなるけれど、今日の再会は先ほどロディオンの言ったような手順がある。この場にはトルヴァの郵便局員や局長だけでなく郵便本部からだって何人も派遣されているのだから、エリシュカの勝手で動くわけにはいかないのだ。


(あ、そっか。もしかして私が移動するための時間をダリヤさんが稼いでるのかな? じゃあ、私はマレーナを連れてあっちに……)


 エリシュカはマレーナを連れて移動しようとする。

 その動きを察知したのか、カレルが不意にエリシュカのほうを向いた。そのうえで首をつき出し、くんくんと匂いを嗅ぐ仕草を見せ、ぱっと目を輝かせたかと思うと大きく口を開いた。


「ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ!」

「どぅわっ!」

「きゃあっ!」


 ロディオンとダリヤの悲鳴があがったのはカレルがいきなり跳ね始めたからだ。ただ、幸いにもダリヤは驚いただけで何か被害があったわけではないらしい。


「ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ!」

「おっ、おいっ、カレル! どうした!」


 『竜の歌』と地響きが近づいてくる。カレルがエリシュカのほうへ駆けてきたのだ。


「ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ!」

「ぶっ!」


 そしてエリシュカの前で急停止をしたかと思うと、リズムを取るかのようにして首を左右に振った。


「これ……!」


 エリシュカの胸にじんわりと懐かしさが広がる。

 訓練所でカレルと組んでいたころ、エリシュカは何度もこの動きを見た。これはカレルが「一緒に歌おうよ」と誘うときの行動だ。


(私のこと、覚えててくれたんだ!)


 顔がほころぶのを感じながらエリシュカはつい歌ってしまった。


「……るぅぅきぃくぅ、りぃきゅうぅくぅぅぅ……あっ」


 まずい、と思ったがもう遅い。カレルが大きく尾を振るう。これはカレルが最大級の嬉しさを表現する前兆だ。エリシュカは慌てて後退ろうとしたが、動きは途中で止まってしまった。


 理由はマレーナだ。


 マレーナは彫像になったかのように動かない。ただ、緑の瞳だけが光に揺らめいている。その輝きは一点に――カレルのほうにだけ向けられている。


「ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ! ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ!」


 カレルの大きな『竜の歌』に加え、跳ねまわるどったんどったんという音が響く。辺りには再びもうもうと土煙が上がった。そこにロディオンの「うわっ、うわっ!」という声が加わり、多くの咳き込む声が聞こえ始め、辺りは大変な状況だ。


「おっ、おっ、おい、カレル、落ち着けって!」

「ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ! ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ!」

「止まらないいいいい! 誰か助けてくれええ!」


 そのとき高い声が、静かに空気を震わせた。


「ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ」


 地響きの音がしなくなった。

 カレルが動きを止めたのだ。


 今の歌はエリシュカの歌ったものでもない。当然、カレルのものでもない。

 耳で聴くのは初めてだけど、エリシュカはこの歌声を知っている。


「ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ」


 マレーナが静かに動きだした。ただしすぐに手綱がピンと張り、マレーナはそれ以上行けなくなる。

 竜の力は人間よりもずっと強い。本来ならばすぐ自由になれるけれど、訓練を受けているマレーナはもちろんそんなことはしない。自分が無理に動いたら、エリシュカが怪我をするのだと知っている。


 だからエリシュカは手綱を離した。

 束縛がふわりと解かれ、マレーナが真っすぐ進んでいく。黒銀の体がオレンジの体に近づいていく。


 ――本当ならこれは、やってはいけないことだった。


 最初のうち、エリシュカの提案に郵便本部は難色を示した。野生竜親子の再会には危険があるからだ。

 最終的に許可は出たものの、条件が提示された。それが「人による厳重な管理のもとで慎重に行われる」というものだ。

 この広場には何人ものベテラン飼育員がおり、全員が捕獲網を持って待機している。再会は、彼らが二頭の竜を取り囲んだあとに行われる予定だった。エリシュカがここですべきことは、マレーナを連れて飼育員たちのほうへ行くこと。


 でも、エリシュカはマレーナの心がわかる。


 死んだと思った子どもが生きていた。

 長いあいだ離れていたけど生きていた。

 言いようもないほどの幸せと、同じくらいの愛情が伝わってくる。

 この幸福に水を差すなんて、そんな無粋な真似がどうしてできるだろう?


 エリシュカは(から)になった両手を握り合わせる。

 あとでどんなに怒られようとも、今のエリシュカには「自分は正しい選択をした」と言い切れる自信があった。

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