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竜使いの郵便屋と、不幸を運ぶ竜  作者: 杵島 灯


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9/9

そして優しい灯がともる(後)

これで物語は完結です。

お読みいただきありがとうございました。

 ぴくりとも動かなくなったカレルに向かってマレーナは歩み寄る。


「ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ」


 静かに歌いながら、マレーナはカレルの前に到着した。


 マレーナが知っている息子はまだ卵から孵ったばかりの小さい存在だったはずだけれど、成長した今はメスのマレーナより、オスのカレルのほうが少し大きい。顔をを上向かせてカレルを見つめ、また歌う。


「ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ」


 そうして目を閉じ、カレルの首にそっと顔を寄せた。

 エリシュカにはマレーナのその動きが、まるでカレルを抱きしめているように見えた。


 一方のカレルは硬直したまま動かない。眠るときでさえよくもぞもぞしているのに、この姿はあまりに不自然だ。

 カレルはいったいどんな気持ちなんだろう。

 両手を握り合わせたまま、エリシュカは食い入るように二頭の竜を見つめる。風もやんで、音もやんで、すべての動きが止まって、まるで世界のすべてがこの一場面を見守っているかのような気分にすらなる。


 その中で、カレルがゆっくりと空へ顔を上げた。

 光のほうに向かって口を大きく開き――。


「ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ! ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ! ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ!」


 何度も何度も『竜の歌』を歌いながらカレルは四肢に力を入れた。次に見せたのが高い高い跳躍だったから、油断していたらしいロディオンが「うわ!」と悲鳴をあげて竜の背から落ちてくる。エリシュカは慌ててロディオンのほうへ駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「いてて……いや、ありがとう、問題ないよ。カレルと付き合うならよくある話だからね」

「ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ! ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ!」


 陽気な『竜の歌』も、どったんどったんという音も止まらない。エリシュカはロディオンと一緒に急いでその場を離れる。その素早い動きをみれば確かにロディオンには何の問題もなさそうだ。少し距離を取ったところでロディオンは背後を振り返り、ぽつりと呟いた。


「カレル、相手が母ちゃんだって分かったんだな……連れてきて良かった……」


 土で汚れた顔で笑うロディオンは、なんだか初めて会ったような気がしなかった。もしかするとロディオンの顔つきがダリヤに似ているからかもしれないし、陽気な表情がカレルを思い起こさせるからかもしれない。


「ええと……こんにちは。エリシュカ・マーハです」


 初めましてと言いたくなくてそう挨拶すると、ロディオンの笑みがエリシュカに向けられる。


「ありがとう。俺はロディオン・スタフカです」


 手を出す彼も「初めまして」とは言わなかった。じんわりと胸に広がる「嬉しい」を噛みしめながら、エリシュカは使い込まれた革手袋を握り返す。そのままでしばらく立っていたのはあくまでタイミングがつかめなかったせいであり、別に手を離したくなかったからではないはずだ。だからどやどやと人が近づいて来たときに慌てて一歩下がったし、ロディオンの手も離した。少し残念だと思ったのだって深い意味はないはず。


「あああ、なんということだ!」


 声を上げたのは先頭にいた白髪の人物だ。パリッとした服についている胸元のピンからすると郵便本部の偉い人らしい。


「もう竜同士が会ってしまってるぞ! 段取りがめちゃくちゃじゃないか! どうしてくれるんだ、え!?」


 彼はロディオンに詰め寄るが、そもそもマレーナの手綱を離したのはエリシュカだ。本当に怒られるべきは自分で、ロディオンではない。

 緊張しながらもエリシュカが割って入ろうとしたとき、その前に素早く誰かが割って入った。


「まあまあ、良いではありませんか」


 トルヴァの郵便局長だ。


「今回の再会はかなり興味深い結果になりました。新たな見解を得られたことで、皆も視野が広がったと思っているようです」


 白髪の男性は激高で顔を赤くしたまま口を開きかけたが、周囲の飼育員たちが小さく頷いたり、母子を見ながら興奮気味に何かを話し合ったりしているのを見て押し黙った。郵便局長の言うことは間違っていないようだ。

 しばらくして、男性は白い髪をぐしゃりとかき回す。


「ええい、もう! 報告書はお前に任せるからな!」

「かしこまりました」

「まったく、こんなことになるなら来るんじゃなかった!」


 彼自身は竜同士の再会には興味がなかったのだろう、何やら文句を言いながら去って行く。何人かの飼育員たちが名残惜しそうにしながらも後に続いた。


「……すみません、俺のせいで」


 残った人物のうち、最初に口を開いたのはロディオンだ。


「俺も時間通りにリュトナを出ました。本当です。ただ……途中で別の町に寄ってしまったんです。どうしてもカレルにオシャレさせてやりたくなって」

「なるほどな。ふむ、いいセンスだ。よく似合っている」

「そ、そうですか?」


 二人のやりとりを聞きながらようやくエリシュカは腑に落ちた。

 今は寄り添って「ルゥゥキィクゥ、リィキュウゥクゥゥゥ」と歌いあう二頭のうち、カレルの首にある赤いものは蝶ネクタイだ。


(あれを買ってあげてたのね)


 エリシュカにほんの少しだけ悔しい思いが生まれたのは、「マレーナを飾ってあげよう」ということに思い至らなかった自分を知ってしまったからだ。だけどこの事実だけが愛情をはかるわけじゃない。それは優劣なんかじゃない。

 頬を掻きながら二頭の竜を見つめ、ロディオンが呟く。


「俺も昨日、カレルの鱗を磨いてやれば良かったな」


 そうしてエリシュカを見るロディオンの瞳には、ちょっぴり悔しさが覗いている気がして、エリシュカはつい吹き出してしまった。


「さて、楽しそうなところ申し訳ないが」


 静かな声は局長のものだ。


「まずは竜を繋いでおいで。そのあと本部へ提出するための聞き取りをするから私のもとへ来るように。――書類には正確な記載が必要だが、私たちのところからは土煙でほとんど竜の姿が見えなかったんでね」

「承知しました!」


 ロディオンが応じる。エリシュカも慌てて背筋を伸ばし「はい!」と答えた。

 背後では頭上からの陽の光が差し込んでいる。薄っすらと残る土煙がそれをカーテンのように柔らかく広げ、寄り添う二頭の竜を包み込んでいて。それはどこか神々しくて、とても優しい光景だ。


(まるで再会を祝福しているみたい)


 エリシュカが思ったところで横からも声がする。


「まるで再会を祝福してるみたいだ」


 どうやらロディオンも同じことを考えていたらしい。

 それが分かってエリシュカの胸の奥で優しい明かりがまた点る。もう少しこの人と話をしてみたいな、と思ったところで、ロディオンの後ろにゆらりと影が立った。


「……楽しそうね」


 ダリヤだ。

 半眼になった彼女は頭から足先まで茶色くなっている。土煙の影響だ。ロディオンがぎくりとした表情で一歩下がった。


「見てよ。こんなんじゃ仕事にならないでしょ? しょうがないから寮へ帰ってお風呂に入るわ」

「そ、そ、そっか。大変だな。じゃ、俺は竜の世話があるからこれで」

「待ちなさい」


 逃げようとするロディオンのベルトを、ダリヤがぐいと掴んだ。


「エリシュカはちゃんと竜を扱えてるのに、どうしてあんたは毎回こうなるの!」

「だってカレルが……」

「竜のせいにしない! まったく、今日こそきっちり誠意を見せてもらうわよ。――いい? 晩飯はあんたのおごり。『鳴き竜亭』で心行くまで飲ませてもらうからね!」

「飲……っ!? 姉ちゃん、待ってくれ!」

「待たない! じゃあね!」


 言い切ったダリヤはエリシュカにだけ手を振って去って行く。残ったロディオンが頭を抱えた。


「……今日の酒代いくらかかるんだろ……」

「あのう……良ければ私も一緒に行きましょうか」

「え?」


 意外そうな顔を向けられてエリシュカはパタパタと手を振る。


「ほ、ほら、今日は母子の再会だったわけですから、私にも少しは責任があるわけですし……そうしたらダリヤさんの飲み代は二人で折半にもできますし!」

「……いや、でも……エリシュカさんはいいんですか? うちの姉ちゃんはかなりの大酒飲みですよ?」

「問題ありません!」


 少し強引かなとも思ったが、この機を逃すとロディオンとはもう話せなくなりそうだった。


 ロディオンは迷う様子を見せていたものの、エリシュカが重ねて「大丈夫です!」と請け合うとようやく笑顔を見せる。


「そっか……じゃあ、ありがとう。よろしく!」

「はい! 任せてください! ……ってところで、そろそろ竜たちを移動させましょうか」

「そうだな。早くしないと、本部の連中にまた何か言われるかもしれない」


 大柄なロディオンは本当ならもっと早く行けるはずだけど、エリシュカに合わせてか今は歩幅が狭め。おかげで並んで歩けている。そんなことにも気づいてしまってエリシュカの顔はまたほころぶ。

 

 寄り添う二頭の竜にとっての今日は、間違いなく幸せな日になっている。

 加えて自分にとっても更なる幸せが待っている日になるかもしれない。エリシュカはなんとなくそんな気分になった。


 ――実際に飲み会は楽しくて幸せな時間となったから、エリシュカの予感は大いに当たったことになる。ただし請求書を見て真っ青にもなったが、それはまた別の話。

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