第32話「南方海から来た女達」
中央海ー北方海の接続海域洋上にて。
「艦長、前方9千に反応2確認、速力17ノットで接近中です。」
センサー担当からの報告が響く、それを聞き恵理香は艦内通話器の受話器を取り上げる。
「通信室、接近中の艦に呼びかけをお願いします。」
『了解です艦長。』
通信担当の返答を聞き恵理香は受話器を戻す。
「南方海からわざわざ艦長に会いに来るなんて凄いですね。」
傍らに立つ副長が興奮気味に話しかけてくる。
「・・・別に恵理香に会う為だけで来るわけではありませんけど。」
一応対シーサーペント戦の戦術情報交換が理由なのだが、副長の言っている事も間違いでは無かった。
「再度の対シーサーペント戦の戦術情報交換ですか?」
「そうだ、前回の交換会を踏まえ南方海のハンターギルドとの間で本格的に進める事になってな。」
ハンターギルドの会議室で、恵理香はレイアから説明を受け、一緒に来ていた万理華と顔を見合わせる。
「その第一陣としてシュヴァルツェ商会が来るという訳だ。」
「と言う事はもしかして?」
レイアの説明に恵理香はある予感があったので聞いてみたのだが。
「ああ、マウラ・ロデック艦長だよ、どうやら彼女が強く働き掛けたらしいな。」
マウラ艦長が・・・彼女とは久々の再会だがこんな展開になるとは恵理香は思わなかった。
「但し来るのはロデック艦長のレーゲンだけではない、同じ商会所属の艦も来るらしいな。」
レイアはそう言って肩を竦める。
「同じ商会所属の人間ですか?」
「艦名はシュペーだ、まあ建前は戦術情報交換会だが、向こうの狙いは牧瀬艦長、お前さんを見極める事だろうな。」
「・・・・・」
レイアの言葉に恵理香はどう返せば良いか迷ってしまう、一体自分の何を見極めに来るのか分からなかったからだ。
「流石は恵理香ちゃんね、お姉ちゃん鼻が高いわ。」
隣で万理華が気楽な事を言っているが、恵理香はとてもそんな気にはなれなかった。
「牧瀬艦長に悪いが南方海のギルドと良好な関係を構築出来るのは助かる、まあこれも依頼に含まれるものと思ってくれ。」
レイアはそう言って苦笑いを浮かべながら言ってくる、恵理香は深い溜息を付くしかなかった。
「艦長、レーゲンとシュペーの両艦を確認。」
見張り員の声に恵理香は意識を回想から引き戻すと、艦長席から立ち上がり艦橋前方の窓に行く。
そして双眼鏡を構え、こちらに接近してくる2隻の駆逐艦を見つめる。
そして恵理香は艦長席に戻ると艦内通話器の受話器を取り通信室へ指示を出す。
「両艦へ『遠路はるばるご苦労様、歓迎します。』と通信をお願いします。」
『通信室了解です。』
通話器の受話器を戻し恵理香は再び艦橋前方の窓に戻るとこれからの進路を指示する。
「まほろばは一旦すれ違った後、両艦の後方で転回し、前方に出て先導します、操舵担当お願いします。」
「はい、艦長。」
操舵担当は返答するとまほろばをレーゲンとシュペーの左舷側を通るコースに乗せる。
「・・・シュペーの艦長ってどんな人なんですかね。」
副長が舷側を通り過ぎて行くシュペーを見ながら呟く。
「ギルド長の話だと・・・かなりの切れ者との事ですが。」
同じ様に舷側を通り過ぎて行くシュペーを見ながら恵理香は答える。
その時艦内電話の着信音がなり恵理香が受話器を取ると通信室から報告があった。
『シュペー及びレーゲンより返信『乗員一同出迎えを感謝する。』との事です。』
そしてまほろばはシュペーとレーゲンとすれ違ってって後方に抜けて行く。
「面舵一杯、進路を戻せ。」
「面舵一杯、進路を戻します。」
恵理香の指示を受けた操舵担当が復唱するとまほろばはシュペーとレーゲンの後方で転回し、両艦を追いかける。
「速力上げ。」
「速力上げます。」
機関担当が復唱するとまほろばは速度を上げ、両艦を追い抜き前方に出る。
「艦長、まほろばはシュペーとレーゲンの先導に入ります。」
恵理香の方を見て副長が報告すると恵理香は頷いて答える。
「ありがとうございます、では戻りましょうか中央港へ。」
まほろばはシュペーとレーゲン共に進路を中央港に向けるのだった。
まほろば以下3隻の艦艇は中央港に到着後、それぞれ接岸する。
「それではいきましょうか副長、後をお願いします。」
恵理香と清香は今回両艦のエスコート役と言う事もあり、これから双方の艦長達を出迎えに行くのだ。
「了解です艦長、副長もがんばって下さいね、まほろば代表として。」
悪戯っぽく笑いながら乗員が副長に言う。
「何気にプレッシャー掛けない・・・ったく。」
渋い表情を浮かべ副長が答えると艦橋内に笑が広がる。
「期待してますよ副長。」
「艦長まで・・・」
副長ががっくりと肩を落とすと、恵理香に続いて艦橋から出てゆくのだった。
恵理香達がシュペーとレーゲンの停泊する桟橋に到着するとちょうど艦から誰か降りてくるところだった。
艦長のマウラと副長のクラリッサの2人で、あちらも恵理香達に気付いた様だった。
「久しいな恵理香。」
「ええ、マウラ。」
恵理香はマウラに握手しながら挨拶すると隣のクラリッサにも話し掛ける。
「ハルフォーフ副長もお久しぶりです。」
「はい牧瀬艦長、お久しぶりですね、あと・・・」
恵理香と握手したクラリッサは隣に立つ副長にマウラと共に目を向ける。
「まほろば副長の相川清香です、よろしくお願いします、ロデック艦長、ハルフォーフ副長。」
清香はそう言って姿勢を正すと、若干緊張気味に2人に挨拶する。
「レーゲン艦長のマウラ・ロデックだ、宜しく頼む。」
「副長のクラリッサ・バーンズです、同じ副長同士なので緊張せず接して下さい。」
マウラとクラリッサはそう言って清香と握手する。
「ところで恵理香、突然の事で驚かしてしまってすまないな。」
マウラは真剣な表情で恵理香に謝罪してくる。
「いえそれは気にしてはいませんよ、まあ唐突な気はしますが。」
前回の話からそれ程経っては居ないのにまた行なわれると言う事に恵理香は不思議さを感じていたが。
そんな恵理香の反応にマウラとクラリッサは顔を見合わせると苦笑して見せる。
「そうだな、今回の事はクロイツェル艦長の意向もあったからな。」
恵理香はクロイツェル艦長の意向と聞いて戸惑う、今回の事はマウラが働き掛けたからと聞いていたからだ。
「ロデック艦長、そろそろ私達の紹介もお願いしたいのだが。」
会話している所に掛けられた声に恵理香が振向くと2人の女性が立って居た。
「ああすまんなクロイツェル艦長・・・恵理香こちらはシュペー艦長のアリア・クロイツェルと副長のヴィルヘルミーナ・リーデンブルクだ。」
「アリア・クロイツェルと申します、今回はよろしくお願いしますね。」
その容姿はマウラとは正反対の清楚なお嬢様に見えたが、彼女から感じる気配は唯のお嬢様に恵理香は感じられなかった。
「副長を務めているヴィルヘルミーナ・リーデンブルクです。」
副長のヴィルヘルミーナは、緊張した表情を浮かべながら挨拶をしてくる。
「こちらこそ始めまして、まほろば艦長牧瀬 恵理香です、クロイツェル艦長、リーデンブルク副長。」
アリアとヴィルヘルミーナの挨拶に答えた恵理香は隣にたつ清香を見る。
「副長の相川清香です、よろしくお願いします。」
恵理香の視線を受け清香が自己紹介する。
「はいよろしくお願いしますね相川副長。」
「こちらこそよろしく。」
2人が清香に挨拶を返す。
「それでは皆さんをギルドまでご案内します。」
全員の挨拶も終わったところで恵理香は南方海から来た4人を清香と共に北方海ギルドへ案内する。
その間、マウラはアリアと、クラリッサは清香と話をしていたのだけど、ヴィルヘルミーナは何故か恵理香から視線を外す事は無かった。
恵理香と清香が4人を連れてギルドに入って行くと、カンター前に立つ女性に気付く。
ギルド長のレイアだった、腕を組み入って来た恵理香達を見ている。
「ギルド長、お連れしました。」
恵理香の言葉に頷くとアリア達を見て話し始める。
「ようこそ北方海ハンターギルドへ、私が当ギルドを預かるレイア・マーべリックだ。」
「始めましてマーべリックギルド長、シュヴァルツ商会所属のアリア・クロイツェルです。」
レイアの挨拶にアリアが微笑みながら答える。
「マーべリックギルド長にお会いできて光栄です、あとこちら副長の・・・」
「ヴィルヘルミーナ・リーデンブルクです。」
こちらは幾分か緊張して挨拶をするヴィルヘルミーナ。
「お久しぶりですマーべリックギルド長、今回の件、感謝を伝える様にと南方海ハンターギルドの長より言付かっています。」
マウラが続けて挨拶をする。
「ああ、ロデック艦長も元気そうでなによりだ、バーンズ副長もな。」
「はいマーべリックギルド長、ありがとうございます。」
マウラ同様にクラリッサも何事も無い様に答える。
「牧瀬艦長もご苦労だったな、ああ相川副長もな。」
レイアは恵理香と清香にもそう言って微笑む。
「依頼を果たしただけですギルド長。」
「あ、あのありがとございますレイア様・・・ってすいません!!」
清香の言葉にレイアの視線がきつくなる、その呼び名を彼女は嫌っているからだ。
まほろばの副長である清香はハンターギルドの養成学校の出身でレイアを崇拝しており、時々こう呼んでしまうのだった。
「ギルド長、ここで立ったままと言うのもクロイツェル艦長達も困るでしょうから。」
清香を責められるのを見ているのも心苦しかった恵理香は助け舟を出す。
「・・・そうだな、失礼をしたなクロイツェル艦長。」
「いえ大丈夫ですギルド長。」
アリアは微笑んでレイアの謝罪に答えると恵理香を見る、多分恵理香の意図を察してくれた様だった。
「では皆こっちへ来てくれ。」
レイアを先頭に恵理香達がギルドの奥へ入って行く。
ハンターギルド・第3会議室
並べられた机にアリアとヴィルヘルミーナ、マウラとクラリッサが座り、その対面に恵理香と清香そしてレイアが座る。
「失礼しますギルド長、資料をお持ちしました。」
そこにノックして入って来たのは、ギルドの事務を仕切る相田真耶だった。
「ああ、何時も助かるよ。」
「いえ、ギルド長のお役に立てて光栄です。」
レイアにお礼を言われ舞い上がってしまう真耶、清香同様彼女もギルド長の崇拝者なのだ。
「それでは失礼します。」
資料を届け終えた真耶はレイアと恵理香達にそう言って出て行った。
「では始めようか、まず・・・」
「ギルド長、その前に提案があるのですが。」
始めようとしたギルド長にアリアが声を掛けて来る。
「提案?聞こうじゃないかクロイツェル艦長。」
怪訝な表情を一瞬浮かべたがレイアは頷いて促す。
「得られたデータを検討する事はそれなりに重要だとは認めますが、あくまでそれはデータです。」
淡々とレイアを見ながら話すアリア、それを見ながらマウラは「また始まったか。」と言って溜息を付いている。
「私は実戦こそ最良の戦術情報交換ではないかと考えます。」
それを聞いてレイアはマウラ同じ様に溜息を付いて答える。
「それは実際にシーサーペントとの戦いを見せろと言う事かクロイツェル艦長?」
アリアの言いたい事を恵理香もギルド長同様理解する事が出来た。
「その通りですレイア、幸いにもここには最適な人間がいます。」
そう言ってアリア艦長は恵理香を見る、つまり見せてみせろと言いたいらしい。
「クロイツェル艦長、それは我がギルドからの指示に無い、それを理解しているのか?」
マウラはアリアの発言を咎める様に言ってくる。
「クロイツェル艦長はそんな事理解されている、ロデック艦長。」
アリアはなくヴィルヘルミーナが不満そうにマウラ艦長に言い返してくる。
「ヴィルヘルミーナ。」
そんなヴィルヘルミーナを制止しながらアリアはマウラに答える。
「こちらでの行動についてはギルド長から必用に応じて変更しても構わない旨承諾を得ています。」
「あの狸が。」
アリアの答えにマウラはそう言って溜息を付いて押し黙る。
「そちらの言いたい事は分かった、しかしロデック艦長の言う通り私はそんな話を向こうから聞いてはいない。」
レイアは目を細めるとアリアを見つめながら答える。
「前例が無いと?歴戦のギルド長とは思えない発言ですね。」
挑発しているのだろうかと恵理香はアリアを見つめる、一方レイアはその言葉に肩を竦めると言う。
「・・・分かった、牧瀬艦長は構わないのか?」
それに対し恵理香もギルド長の様に肩を竦めて答える。
「私は別に構いませんよ、クロイツェル艦長の言われる事も理解出来ますから。」
「艦長?」
恵理香の返答に清香が驚いた声を上げる。
「恵理香らしいな、まあ答えは分かっていたが。」
「はい艦長、まったくその通りだと思います。」
マウラとクラリッサの2人は苦笑しつつ顔を見合わせながら言う。
「それでは決まりですね、ギルド長もよろしいですね。」
「牧瀬艦長が承諾したなら別に何も言わん・・・但し彼女の指示には従ってもらうぞ。」
アリアの確認にレイアはそう言って釘を刺すことは忘れない。
「それについては了解しました、牧瀬艦長、期待しています貴女の指揮に・・・」
微笑みながら手を出してくるアリア、恵理香は期待を裏切れば指揮に従うつもりは無いと言う事らしいと理解した。
「失望させない様に全力を尽くしますクロイツェル艦長。」
そう言って恵理香は出されてきた手を握り握手する。
「我々の方もよろしく頼む恵理香艦長。」
マウラもそう言って握手を求めてくるのだった、
兎も角、恵理香はまほろばとシュペーそしてレーゲンによる艦隊の指揮を執る事になったのだった。
AM11:00 翌日ギルド専用埠頭
シュペーとレーゲンが停泊している桟橋にまほろばも臨時に停泊していた。
既に燃料や弾薬の補給が行なわれており、まほろばとレーゲンは間も無く終わるのだったが・・・
「シュペーはあと40分程掛かるとの事です艦長。」
主計担当がまほろばの補給終了の報告と共に伝えに来た。
「何かトラブルでもありましたか?」
「はい燃料補給ポンプが故障したそうで、予備のポンプに切り替え補給を続行するとの事です。」
「了解です、こちらの出航準備は進めて下さい。」
「了解です艦長。」
清香は恵理香の指示を受けると各部との連絡の為、艦内通話機に向かう。
「航海担当、予定の進路ですが・・・」
航海担当に予定進路を確認しようとした恵理香だったが、艦内通話器のコール音に言葉を止める。
「すみませんちょっと待って下さい、はい牧瀬です。」
待ってくれる様に航海担当に言って、恵理香は受話器を取り答える。
『通信室です、シュペーの艦長から通信が入ってます。』
「シュペーからですか?」
一体何の話しだろうかと恵理香は首を捻る、作戦に関しては洋上に出たところで説明する手はずだったからだ。
「・・・分かりました繋いで下さい。」
『はい艦長。』
通信室からの通話が切れ、接続時の雑音の後、アリアの声が聞こえてくる。
『出航前の忙しい時に失礼します牧瀬艦長。』
「いえそれは構いませんが、何か御用ですかクロイツェル艦長。」
アリアの挨拶に答えると用件を尋ねる恵理香。
『いえ、簡単な事です、牧瀬艦長は今回の作戦指揮を執る、つまり艦隊指揮官です。』
言葉に何かを含んだ感じがして恵理香は繭を顰める、大概こんな時は厄介事と相場が決まっているからだ。
『そこで牧瀬艦長に我がシュペーの乗員達に一言欲しいと思いまして、そちらも忙しいかもしれませんが、お願い出来ないでしょうか。』
「・・・・」
アリアは自分を試そうとしているのだろうかとしているのだろうかと恵理香は思った。
「訓示をしろと言う訳ですかクロイツェル艦長?」
『そう言う事です牧瀬艦長。』
アリアは簡単に言うが、恵理香はまほろばの乗員達に訓示をした事はあっても、他の艦の乗員達にした経験は無い。
『無理ですか牧瀬艦長。』
「・・・・」
出航準備で忙しいと言ってアリアの依頼を断る事も出来たが恵理香は暫し考えてから答える。
「分かりました私で良ければ。」
『はい、それではこの無線を艦内放送に繋ぎます、あとレーゲンの方も聞きたいそうなのでそちらとも繋ぎます。』
レーゲンのマウラも絡んでいるらしい、いやアリアは最初からそのつもりだったのだろうなと恵理香は苦笑する。
『・・・レーゲンと・・・向こうの・・・分かりました・・・』
シュペーの方でレーゲンとの無線接続を指示している声が受話器越しに聞こえる。
『こちらの準備は終わりました、牧瀬艦長、お願いします。』
恵理香は一息付くと何を話そうか考えた・・・その為、清香が何か指示している事に気付いたものの、深く追求しなかった。
「お早うございます皆さん、まほろばの艦長牧瀬 恵理香です、突然こうなって・・・」
そこまで言って恵理香は、自分の今しゃべっている声が艦内からも聞こえている事に気付いて清香を見る。
目が合った瞬間視線を逸らす清香、どうやら恵理香の声が流れているのはシュペーとレーゲンだけでなく、まほろばの艦内でもらしいと気づく。
「・・・困惑されていると思います、私もそうですから。」
兎も角、恵理香は話を続ける事にする、清香に関してはこれが終わった後でと決めて。
「まあ今日会ったばかりの私を信じろとは言いません、そんな事は難しいですから。」
そこで間を空けてから恵理香は話を続ける、ここから先は恵理香が何時もまほろばの乗員皆に言っている事だ。
「ですから皆さんは自身の責任を果たして下さい、そして1人も欠けず港に戻りましょう、生きて帰り再び戦いに向かう、そう出来る事が最大の戦果だと思うからです、以上です。」
受話器を戻し息を付く、本当にアリア艦長は何を考えているのだろうか恵理香はぼんやりと考える。
南方海では多くの戦果を上げている歴戦の艦長だとレイアには聞いていた、そんな彼女が一体自分の何処に興味を引かれているのか恵理香は正直言って分からなかった。
「流石艦長ですね、素晴らしい訓示でした、私は深く感動しました。」
まあその問題は今は置いて良いだろう、それよりも傍らで白々しい事を言っているこの副長殿をどうしてあげようかと恵理香は考える。
「副長、当直が終わったら艦長室へ来て下さい、2人でゆっくり話しましょう、ああ心配しなくても次の当直前にちゃんと開放してあげますから。」
多分かなり怖い笑みを自分は浮かべているんだろうなと恵理香は確信しつつ清香に言う。
「え、それって私の休憩時間は・・・いえ分かりました艦長。」
抗議しかけた清香だったが、恵理香の笑みを見て観念した様だった
まあ恵理香の知らないうちにあんな事をしたのだから反省して貰わないと困るなと恵理香。
「シュペーの補給が完了しだい出航します、副長お願いしますね。」
「・・・はい艦長。」
相当落ち込んでいる様だったが、実はそれ程恵理香は怒っている訳ではなかった。
清香もまほろば乗員達の士気を高めたかったからと恵理香は理解はしているからだ、だから話しをすると言っただけで説教をするつもりは無かった。
久々に彼女とゆっくりと話をするのも良いと思ったのだ、出航前に皆のお気に入りのケーキ店で買ったケーキでも食べながら・・・
そんな恵理香の思惑も知らず落ち込みながらも指示を出す清香。
彼女に悪いと思いながらも内心にやにやしてしまう恵理香だった・・・もっとも後で思考と行動が完全に女性の様だと気付き、暫らく落ち込んでしまったが。
「現在我々が向かっている海域は最近シーサーペントの被害が急増している海域です。」
出航後、洋上で恵理香は無線を通じこれから向かう海域の状況をマウラとアリアに伝えていた。
「そして極少ない通信ではどの船も突然襲われた様なのです。」
『・・・妙な話ですね、どの船も見張りを怠っていたとは思えませんが。』
恵理香の説明にアリアが疑問を返してくる、船舶が見張りを怠るとは考えられないと思ったからだ。
だとすれば直前までこちらに気づかせず接近し襲撃を仕掛けて来たのではないかとアリアは考える。
「この海域は海流の関係で流氷が多い事が特徴です。」
「海域に今多くある流氷・・・なるほど。」
そしてある答えに達するアリア。
『牧瀬艦長、だとすればどうされる積もりですか?。』
アリアは恵理香にどう対処するのかそう尋ねてくる。
流石だなと感心する、南方海ではその優秀さで知られていると事前にギルド長から聞いていた通りだなと恵理香。
「取るべき対策ですが・・・」
恵理香はアリアとマウラに対策を説明するのだった。
問題の海域にレーゲンとまほろばが進入して行く、ちなみにシュペーはこちらとは別の行動を取っていた。
「見張りを厳に・・・我々は既にシーサーペントの狩場に居るのですから。」
「見張りは監視を厳重にして下さい。」
恵理香の指示を受け清香が命じると両舷の見張担当は双眼鏡に取り付き監視を始める。
「センサーに頼れないのはきついですね。」
清香が艦長席に座る恵理香の傍らでぼやく。
「センサーは役に立たないと思った方が良いですからね。」
だからこそまほろばは見張りを厳重にして対応している、レーゲンの方も同じ行動を取っていた。
「それにしてもシーサーペントがそんな事を仕掛けてくるなんて何回見ても信じられませんね。」
「シーサーペントが我々より劣っている、そう考えるのは愚かな話しです、連中は狩りに掛けては人間より狡猾ですから。」
純粋に狩りに特化した能力、かってロベリヤが言っていた事だが、恵理香には非常に説得力のある事だと確信があった。
『艦長、前方に大きな流氷を確認、右舷30度距離6千です。』
左舷見張りからの報告が艦橋内に響く、恵理香は操舵担当に指示を出す。
「距離を保ちつつ回避します。」
「今度もですね。」
「ええ、今度もです。」
先程からある程度の大きさの流氷を確認するとそうやって回避しつつ進んでいた。
さて今度は・・・また空振りに終わるかもしれない、そう思っていた瞬間だった。
『か、艦長!右舷にシーサーペントが出現、やはり流氷の下からの様です。』
右舷見張り担当からの報告がもたらされると艦橋内は騒然となる。
「両舷全速、取り舵一杯、レーゲンに続くよう連絡して下さい。」
流氷の下から出現したシーサーペントから急速に離れるまほろば、レーゲンも指示を受け後を追ってくる。
「いや・・・本当に出てきましたね。」
後方を見ながら清香が言う、驚きと呆れが混ざった表情を浮かべている。
「こう言ってはどうかと思いますが私も同じ気持ちですね。」
予想しておいてだが、連中がやった事に恵理香も苦笑を禁じえない。
シーサーペントはセンサーに捕られないよう流氷の下に潜み獲物が近づくのを待って襲っていたのだ。
「目標、本艦とレーゲンを追って来ます、距離5千。」
センサー担当の報告が艦橋内に響き渡る。
「シュペーに連絡、『我目標を誘導しつつそちらに向かいつつあり。』。」
「了解です艦長。」
清香が復唱し、無線室へ指示を伝えてくれる。
海上にシーサーペントの絶叫が響く、獲物に逃げられ激怒している様だった、狡猾だがその点は単純だなと恵理香は苦笑する。
「艦長、シュペーより連絡、『迎撃準備完了、信号弾の合図により離脱されたし。』以上です。」
通信室からの返答を清香が報告する。
「艦長、シュペーを確認、会合点まであと10分です。」
シュペーは恵理香達が誘導してきたシーサーペントを攻撃する為後方で待機していた。
「艦長!信号弾を確認しました。」
右舷見張り担当が振り返って報告してくる。
「面舵一杯!」
その報告を聞いた瞬間、恵理香は指示を叫ぶ。
「面舵一杯!」
「レーゲン、こちらと反対方向へ進路変更確認。」
操舵担当の復唱に左舷見張り担当の声が重なる。
レーゲンとまほろばが左右に別れ、追ってきたシーサーペントがどちらを追うか迷って進行速度を落としたその時。
シュペーから放たれたロケット弾が命中し凄まじい轟音ともに高々と水柱が上がった。
『全弾命中を確認、シーサーペントは動けなくなってます。』
「舵戻して下さい、こちらも攻撃します。」
見張り担当の報告を聞いて恵理香はまほろばを断末魔のシーサーペントに向ける様に指示を出す。
『艦首艦載砲、射撃準備よし。』
火器管制室から艦載砲の射撃準備が出来た事が艦橋に伝えられる。
「撃ち方始め。」
『撃ち方始め!』
恵理香が指示に火器管制室が復唱すると、艦橋前にある艦載砲が射撃を始める。
反対側からはレーゲンもまた射撃を開始している筈だ、そして両艦の砲撃を受けたシーサーペントはどす黒い体液を残し海底へ消えていった。
まほろば以下3隻の艦は海域を離れつつあった。
「取り合えず終わりましたね。」
恵理香が溜息を付きつつ言うと清香が微笑みながら答える。
「はい終わりました・・・生きて港へ帰れますね全員で。」
多分恵理香の訓示で言った事を清香は言っているのだろう、恵理香は苦笑した。
中央港に3艦が到着後、各艦の艦長と副長はギルドに集まる。
「皆ご苦労だった・・・クロイツェル艦長は満足したか?」
レイアが意味深な笑みでアリアを見て聞いてくる。
「もちろん満足しましたよギルド長、予想以上でした・・・ねえ副長。」
アリアはそう言って微笑みながらヴィルヘルミーナに問い掛ける。
「か、艦長、自分は・・・」
ヴィルヘルミーナは困った表情で答えるとアリア艦長は肩を竦めながら言う。
「ずっと気にしていたではありませんか守護天使様の事を、あの堅物のロデック艦長を変えてしまった彼女の事を。」
「な、何でそこで私が出てくるんだ・・・」
マウラが思わず狼狽した声を上げる横で、クラリッサが必死に笑を堪えていた。
「まあ私も、まったく人を評価した事の無いロデック艦長がそこまで注目する相手に興味が大いにあったのですが。」
アリアはそう言ってとても良い表情を浮かべながら恵理香を見る。
「想像以上でした・・・こんな言い方は失礼かもしれませんが、彼女程の逸材がこんな所にいたのかと思いました。」
何と言うかこう手放しで誉められるのは非常に照れくさくて仕方がない恵理香だった。
「大分牧瀬艦長を気に入った様だなクロイツェル艦長。」
レイアが苦笑いを浮かべながらアリアに問い掛ける。
「ええ、指揮能力だけでなく人格的にも素晴らしいですわ・・・なるほどうちの副長やロデック艦長が心酔する訳ですね。」
「ク、クロイツェル艦長?貴様何を言って・・・」
「か、艦長、私は別に、いや確かに気になってはいましたが・・・」
マウラとヴィルヘルミーナが真っ赤になって立ち上がり何故か弁解を始める。
「くくく・・・ははは!」
クラリッサがついに何かに耐え切れなくなったのか爆笑する。
「なるほどそういう事か。」
「ええ、そういう事です。」
レイアが納得した表情を浮かべて言うと、アリアも同じ様な表情で返す。
「ははは・・・流石ですね艦長。」
清香も苦笑しながら呟く、しかし当の本人の恵理香はまったく訳が分からず困惑するしかなかった。
「あのお2人ともクロイツェル艦長が今おっしゃった事・・・」
「「忘れてくれ(下さい)。」」
聞こうとした恵理香にマウラとヴィルヘルミーナは必死の形相で遮ってくる。
「は、はい。」
その迫力に恵理香は言葉を飲み込むしかなかった、一方アリア達はそれを意味深に見ているのだった。
数日後、ギルド専用埠頭。
「世話になった牧瀬艦長、非常に有意義な戦術情報の交換が出来ました。」
アリアはそう礼を言いながら手を差し出してくる、恵理香はそんな彼女の手を握り答える。
「ええこちらもですクロイツェル艦長。」
あの後何度か実戦による戦術情報の相互の確認を終え、シュペーとレーゲンは今帰還の途に着こうとしていた。
恵理香の事を手放しで誉めていたアリアだが、彼女の戦術も大いに参考になるものであったのは誰もが認めていた。
「しかし本当に残念です、牧瀬艦長が我が商会に来て貰えるなら大いに戦力の強化に繋がりましたのに。」
何度かアリアから恵理香は自分の商会に来ないかと誘われたのだ。
「お気持ちは嬉しいですが、私はここが気に入ってますので。」
それに姉であり商会長である万理華が絶対許さないだろうなと恵理香は確信していたからだが。
「牧瀬艦長、その・・・感謝します。」
ヴィルヘルミーナも何故か顔を赤らめながら礼を言ってくる。
「はいリーデンブルク副長、こちらこそ感謝します。」
微笑みながらそう返答すると、ヴィルヘルミーナは更に顔を赤らめて硬直してしまう。
「リーデンブルク副長?」
「気にしなくていいですよ・・・いえ牧瀬艦長は自分に対する認識を気にした方が良いかもしれませんね。」
硬直したヴィルヘルミーナに困惑している恵理香に、アリアが苦笑いを浮かべながら忠告してくる。
「はあ、それは・・・」
「恵理香、私も世話になった・・・流石は我が戦友だ。」
アリアの言った言葉の意味を聞き返そうとした恵理香の前に、ヴィルヘルミーナを押しのける様にしてマウラが立って礼を言う。
「は、はいマウラ、私も貴女にお世話になりました。」
先程のヴィルヘルミーナに向けた様に微笑みながら答えると、マウラも同様に顔を赤らめながら硬直してしまう。
「あ、あのマウラ?」
心配になりマウラに近付こうとした所をクラリッサに止められてしまう。
「牧瀬艦長、それ以上艦長を刺激されると後々困りますので。」
「・・・?」
結局マウラとヴィルヘルミーナはそのままの状態で艦の乗員達によって連れられて行ったのだった。
「ではまたお会いしましょう牧瀬艦長。」
「次にまた出会える事を楽しみにしています。」
「いや・・・分かりましたまたお会いしましょう。」
アリアとクラリッサはあの2人の事など無かった様に挨拶をしてくる。
まあこれ以上追求するのは気が進まなかったので恵理香は曖昧な微笑みを浮かべながら挨拶を返すのだった。
こうして南の海から来た彼女達は無事戦術情報の交換を終えた帰って行ったのだった。
なお恵理香はマウラとヴィルヘルミーナが何故ああなったのか分からないままだったらしい。
「・・・クロイツェル艦長の言われた通り、艦長は周りの人達の認識に気付く様にした方が良いですね。」
半ば諦めた表情でそう呟き恵理香を見つめ清香は溜息を付くのだった。
14:30
南方海ギルド派遣艦との戦術情報の交換会終了。
多少戸惑いもあったが有意義な交換会であった。
クロイツェル艦長とマウラとはその後も連絡を取り合う事を約束した。
追記
この2か月後また再開する事になった。
最悪の状況下で・・・




