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後編

 もごもごと飴を堪能する都賀先輩の無害な可愛さを満足するまで眺めた後、私はとある場所へ足を運んだ。

 そこはどこまでも真っ白な空間で、ここを歩き慣れた私ですら目の前の扉を目印にしないと変な所へ辿り着いてしまいそうになる。

 扉をノックすると、中から「今開けるよー」という返事がして扉が自動的に開いた。


「おじゃまします、お父様」

「いらっしゃい、まどかちゃん」


 扉の向こうは至って普通の書斎風の部屋だった。

 本が散乱する部屋の片隅に居た男とも女とも取れる美貌がこちらを見るなり、へらりと笑う。その顔は心なしかげっそりしている。

 その人は今まで向かい合っていたテレビの電源を落とすと、私をソファーへ促して自分はその対面に腰を下ろした。


「いやー、本当に今回はごめんね、対処が随分遅くなっちゃって」


 言いながら、パチンと指を鳴らすと何もない空間からカップとソーサー、湯気がくゆるティーポット、それから美味しそうなケーキが姿を現す。

 手ずからお茶を注いで貰い一口飲むと、とても優しい味がした。


「まあ、意味不明な事ばかりで困惑しましたけど、深刻な被害はありませんでしたよ」

「でもさー、余計な事に神経使って疲れたでしょ? (ぼか)ァへっとへとだよもー」

「あはは、神様でも疲れる事があるんですね」

「あったりまえじゃーん」


 砂糖を山ほど入れた紅茶をグイッと一気飲みした目の前の人は、私達の世界の神様だ。

 「疲れた時には甘いものに限るわー」とぶつぶつ言いながらチョコレートケーキを頬張る姿を見ているととてもそんな凄い人には見えないけれど。


「それで、今回の件はいったいどういう事だったんですか? それを説明してくれるために私を呼んだんですよね?」


 この人が神様ならば、私はあの世界の代表者だ。何せ、主人公なもので。

 だから、いくら被害が少なかろうが私は詳細を知っておかなければならないし、今後同じような事を起こさないためにも、対策を立てねばならないのだ。


「んー、ぶっちゃけね、こちらの不手際なのよ」


 神様がケーキの最後の一口を飲み込みながら言った。

 因みに、ごくんと喉が動いた瞬間お皿には新しい桃のタルトが出現していた。食べるの早いな、どんだけ食べるんだ。



「ほら、僕って元々ゲームの神様から派生した恋愛ゲームの神様じゃない? これは人間が作るゲームが沢山あり過ぎて仕事が追いつかない! ってんでじゃあ分業しましょうよっていう事で僕が産まれた訳なんだけど、最近恋愛シミュレーションも数が増えてきてさー、僕も中々仕事が辛くなってきたんだよ。あ、そんな顔しないで! 君たちの事を疎ましく思ってる訳じゃないから!! ほら、ケーキのおかわり食べなよ! うん、それでねゲームの神様に相談したら、また新しい神を作る事は出来ないけど、アシスタントぐらいなら作ってもいいよって言われたのね? お墨付きを貰ったから勿論作ったよ。作ったんだけどさ、そいつがちょっと欠陥があって何をどう勘違いしたんだか、僕の真似事を始めちゃったんだ。そう、あのバグはそいつのせい。あれはね、人間の魂が澄香ちゃんと入れ替わっちゃったの。本物の澄香ちゃんはちゃんと保護したからね。すんごい凹んでたけど、異常はなかったからたっくさん甘やかした後、君が来るちょっと前にちゃんとあの世界に帰らせたよ、安心してね。

 怒らないで聞いてほしいんだけど、もしアイツが暴れたのが僕の統括する恋愛シミュレーションゲームの世界だけならまだよかったんだ。だけどさ、あの馬鹿、人間も巻き込みやがって寿命やら輪廻やらまで引っ掻き回したんだよ。つまりね、正当な寿命で肉体から離れて輪廻に混ざる予定の魂から何らかの事故で一度肉体から出てしまったけど後でちゃんと肉体に戻る予定だった俗に言う臨死体験中の魂までも、アイツは勝手に摘み取ってゲームの世界に放り込んだんだ。しかもさ、下手に力を与えちゃったもんだから、ゲームの設定をいじくったりやりたい放題な訳よ。あー、思い出したら腹立ってきたなぁっ!! それで僕は今まで一つ一つの世界を回って可哀想な魂を回収したり、勝手に領分を侵された神様へ謝罪に回ったりしてさー。え? 自業自得? 分かってるよそんなの! でもさ、作った土人形がまさかこんな馬鹿な事仕出かすなんで思わないじゃん? きちんと自分の役割も説明したし、教育だって手を抜かなかったのになー。やだもーもうつかれたよーう」



 一頻り愚痴って、既に六個目に突入したカスタードをふんだんに使ったケーキを丸飲みした神様は、フォークを咥えたままテーブルに突っ伏した。テーブルはソファーの高さと同じぐらいなので、その体勢は疲れた身体に優しくなさそうだ。それに咥えたフォークが喉に刺さりやしないかとハラハラする。

 とりあえず駄々っ子のように拗ねているので、よしよしと頭を撫でてあげたら、突っ伏した顔が横を向いた。


「君達の世界はそうでもなかったみたいだけど、実はね他の世界ではもっと酷い事になってる所があってね、シナリオで死ぬ予定のない子が死んじゃったり、狂っちゃう子が出てきたり、最悪世界そのものが壊れそうになった所もあったんだ。そういう世界を優先的に対処していたから、君達の世界に行くのが遅くなっちゃったの。本当に、ごめんね」


 しょんぼりと背後に文字が見えそうなほど落ち込む神様に苦笑が漏れる。

 一つ一つの世界をそりゃもう大切にしてくれているこの方だから、先の言葉は言い訳ではなくて、心の底から謝罪しているだと分かる。

 それが分かっているから、労わりこそすれどうして憤慨なんてできようか。


「いいですよ、私達は大丈夫です。皆も怒ってないと思いますよ」

「本当にー? 僕はね、君達に嫌われちゃったら死んでしまうぐらい君達の事が大切なんだよ。ていうか、実際他の世界の子に『パパなんて嫌い馬鹿!!』って言われて心停止しかけたね! あれはあの後仲直り出来たから息を吹き返したけども、いやーもう生きた心地がしなかったよ」

「大丈夫ですって。神様を嫌うキャラクターなんていませんよ」

「……本当かなぁ? 怖いなぁ……」


 ゲームをプレイする人間の喜びや悲しみ、時には怒りの感情さえも私達の糧となる。古今東西、多種多様な恋愛シミュレーションゲームがあるけれど、そのどの世界でも私達を楽しんでくれる彼らは私達の存在意義なのだ。

 そして対する神様は私達にとって、どんな存在なんだろう。未だに明確な答えは出てないけれど、どの世界のキャラクターも貴方をとても大切に思っていますよと私は自信を持って断言できる。


「私、こんな面倒臭くても、好きですよ、神様の事」

「め、面倒臭いって言った!!」

「だって、疲れてるの知ってますけど、うじうじしすぎですしー気にしぃですしー」

「酷い! 酷いやまどかちゃん!!」


 ソファーに背中を丸めて蹲ってしまった神様を宥めすかしていると、私のスマホがメール受信を告げた。

 どうやら、()()()()()()()()()()()()()()()


「時間です、私もう行きますね」

「うん、いっておいで」


 ぶすくれた顔をして見送る神様に思わず笑いそうになる顔を必死に引き締める。

 ドアノブに手を掛けた所で、ふと思い付いた。これを言ったら、機嫌を直してくれるかな? くるりと身体を反転させて、再びまだちょっと拗ね気味の神様に向き合った。


「ねえ、お父様。嫌いな相手を『父』と呼ぶ人なんていないですよ!」


 思い付きのたった数十秒にも満たない言葉だったけれど、私達の大切なお父様にきちんと届いただろうか。目をまん丸く見開いて唖然としていた顔が、ゆるりと溶けた様子を見るに多分、大丈夫そうだ。

 流石私。だてにヒロインやってないね! そんな自画自賛をして、私は神様のお部屋を後にする。

 帰り道、目指す先は白い空間にぼんやりと映る見慣れた校舎。

 事のあらましを皆に説明したら、どんな顔をするんだろうと想像して一人でくふふと笑う。

 自然と早くなる歩調をそのままに、私は自分の世界の門を堂々と潜るのだった。



「たっだいまー」

「おかえり、まどかちゃん」

「随分時間が掛かったな」


 私を迎えてくれたのは、攻略対象の男子諸君と物語を影で支えてくれているモブ諸君。

 その中にいつも通りつんと澄まし顔をしたゆるふわパーマな榎戸先輩の姿を発見して、ホッと安堵の息を吐いた。

 どうやら攻略対象くん達が今回のシナリオはバグだったと説明してくれていたらしく、バグによって荒らされた世界の立て直しに皆さんとても忙しそうだ。


「遅くなってすいません。榎戸先輩、無事で何よりです」

「ふんっ! 当り前でしょ! (わたくし)を誰だと思っているの? 貴女ごときに心配されるような私ではなくってよ!」

「……目、赤いですけど泣きました?」

「ななななな、泣くもんですか!」


 湯気が出るくらい真っ赤になって否定をする先輩だけど、実は泣き虫さんだと知っている私にはお父様のお部屋ですんすん泣く様子が目に浮かぶようである。

 知ってます? この可愛らしく地団太を踏む榎戸先輩はゲーム中だと思い切り蔑んだ目で「これだから、庶民は下品で嫌ですわ。汚らしい」って言っちゃうんだぜ。このギャップ、超胸熱……。


「で、父さんは何だって?」

「んー、詳しい事は後で説明するけど、端的に言えばまたあの人がやらかしたって感じかな?」

「はぁ? またかよー」

「あの方も懲りないですね……」


 皆口々に神様へ文句を零しているが、それらのどれ一つ取っても嫌悪の意味など込められていない。

 散々、キャラクター達に嫌われたらどうしようとべそを掻いていた彼の人の姿を思い出して、眼前の彼らの様子と見比べると、いやはや、もう笑うしかないでしょう。


「ホントに、仕方ないお父様ですよね!」

「? お前、何笑ってんの? 気持ちわりぃ……」

「倉橋くん貴様……後で覚えておけよ……。

 さて、今度のプレイヤーの子の様子はどうなってますか?」

「今ねーオープニングムービーを鑑賞中だよ」

「あれ? またこの子? よくもまあ、飽きないなぁ……」


 大空に広がる大画面。そこから見えるのは、何度も見ているにやけ顔すらも可愛らしい夢見る乙女。

 背筋を伝うこそばゆい気持ちに、こちらも思わずにやけ顔になってしまう。しかしその反面、先程までゲームをプレイしていた子はどうなってしまったのだろうと心配になった。


「先程のプレイヤーはフリーズした画面に癇癪起こして不貞寝してるぞ」

「うん、そっか。ま、仕方ないですよね」


 そんな私の心を読んだように、四街道先輩が教えてくれた。

 楽しんでいた時間に水を差されたのだ。機嫌を損ねるその気持ちも十二分に分かる。

 だけど、それでも。

 もう一度、彼女が私達を手に取ってくれますように。

 そう願ってから、私はスタンバイのために走り出した。今度の貴女は、どんなふうに私達を楽しんでくれるのでしょうね!


「それじゃ、先輩方! またお会いしましょう!」







 私の名前は日向まどか。今日からこの私立清翠学園に通う事になったピッチピチの十七歳☆ 


 このゲームのヒロインです☆

とりあえず、いったん完結です。

予定は未定ですが、神様視点も書いてみたいなと思います。

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