公爵家の暴れん坊現る
洋服を汚して、新しい服に着替えさせてご飯を食べさせよう作戦は成功した。
うっかり泥だらけになって一緒にお風呂に入るイレギュラーはあったが、ご飯も食べさせたし新しい服も進呈した。今までジュストが着ていた服は、丈が合ってないし擦り切れや穴が開いていて、公爵子息が身に着けるレベルではなかった。
本当に、公爵家の使用人はどうなってるんだ?
たとえ、今の女主人が後妻の厚化粧の女だったとしても、公爵家の血を継いでいるのはジュストなのだから、次の公爵様として崇め奉りなさい。
……そして、わかってはいたけどお風呂に入ってソニアにきちんと整えられたジュストは目に痛い美少年でした。
さすが高位貴族で王族に近い公爵様の子ども。きちんとお世話をされていなかったし、満足に食事も与えられていなかったから、ガリガリに痩せた貧相な子どもだったのに、ちょびっと磨いただけでギンギラに輝きました。
サラサラな長い銀髪は風にたなびき、憂いを帯びた瞳は高貴な紫色。白い肌に赤い唇、鼻筋の通った高い鼻……完璧だ。
その完璧美少年は、一緒に食事をしたら懐いてしまったのか、二日と空けずに離れへやってきて、何も言わずにじっと僕を見つめる。……そんなに目で訴えられたら居心地が悪いから、一緒に食事をしたりお茶を楽しんだり、本を読んでお昼寝をしたりしてます。
もう、面倒だから離れに住んでしまえばいいのにと思うが、この子の父親は璃湖の取り巻きだと思ったら、やっぱりちょっと距離は置いておきたい。
今さらのような気もするけど、璃湖とは関わりたくない!
すっかり忘れていた。
目の前の子どもらしくない邪悪な顔でニヤニヤと笑うガキを見るまで、すっかりその存在を忘れてしまっていた。ここ数日は訪ねてくるジュストの世話に気を取られていたともいうし、そもそもこんなガキのことなど重要視してなかった。
こんな公爵家の敷地の外れにある離れの屋敷まで来て、なんの用だ後妻の連れ子ヴィートよ。
「ヴィートさま、なんのごようじ?」
あざとくコテンと首を傾げておく。
「ちっ、こんなガキを俺様が相手にするわけねぇだろっ。ここにゴミがいんだろ? 連れて来い」
どんっと肩を強く押された僕は体勢を崩し、トトトと後ろへさがる。もう少しで転ぶところだった、危ない、危ない。
「大丈夫ですか? ルカ様」
ソニアが駆け寄って体を支えてくれる。
「うん、だいじょうぶ」
このガキの教育はどうなってんだ? 公爵家で生活していても後妻の連れ子で公爵家の籍には入っていない。下手をしたらその身分は平民だ。僕は子爵の子どもだし、ジュストは公爵家嫡男だ。
不敬罪でやっちゃってもいい? 無礼者って叫んでもいい?
「おい、お前。ここにゴミがいるんだろう? 連れてこい。俺様が遊んでやるんだ、いつものように」
「…………」
ああ……わかった。
一緒にお風呂に入ったときに見たジュストの体にあった痣。あれは、お前が遊んでやったときの痣だな? 僕と同じことをソニアも気づいたらしく、唇を噛んで両手をギュッと握りしめている。
公爵がジュストに無関心だから、後妻がやりたい放題し、その連れ子も勘違いして虐めている。使用人も主人のご機嫌を損ねないように未来の主人をいびっているんだから、しょうがない。
んー、どうしようかな? 公爵に告げ口しても無駄だし……この世界での子どもの虐待はどうなっているんだろう? 罪に問われないのか?
「お、ようやっと出てきたな、ゴミめ!」
僕とソニアが悩んでいるうちに、騒ぎを聞いてジュストがやってきてしまった。僕たちという避難場所を見つけたのに、ここもまた危険な場所となってしまったのかと絶望してたらやだなぁ。
「帰れ!」
ジュストは真っ赤な顔でブルブルと震えながら、本邸を指差し叫んだ。
「はぁ?」
ヴィートの顔が不機嫌そうに歪むが、ジュストは目に涙を湛えつつ、何度も「帰れ!」と叫ぶ。これまで一度も聞いたことのない大声に、僕はびっくりしてその場から動けなかった。
「こ、このぉ、ゴミカスのくせにぃっ」
ヴィートが怒ってジュストへと飛びかかろうとした瞬間、僕はジュストを庇うように前に出た。
「ルカーッ!」
殴られるかも……と身構えたが、何も起きない?
「あれ?」
「大丈夫ですか、ルカ坊ちゃま?」
「アメデオ!」
アメデオはヴィートの腕を掴んで暴挙を防いでいた。ソニアは僕とジュストの手を引き、ヴィートから離れさせる。
「さて、アメデオはヴィート様を本邸までお連れしますので、ルカ坊ちゃまたちは屋敷の中にお入りください」
「うん!」
あー、危なかった。璃湖は暴力を振るわなかったし、璃湖に誑かされた兄や兄の友人、父や母も力を行使する人たちではなかったから、殴られるなんて経験がない。
アメデオが間に合ってよかったと思う反面、ジュストは毎日ヴィートに殴られていたのかと、心がギュッと痛くなった。
どうにか、公爵家の家庭環境を改善することはできないものなのか……。




