最低限のお世話をするつもりでした
貴族の子息となれば大切に養育される。
僕やジュストのような嫡子であれば当然で、下位貴族や騎士爵などの三男、四男はさすがにお金は沢山かけられないけど、無視されることはないと思いたい。
なのに……王家の血をひく公爵家の嫡男がネグレクトを受けているなんて……。
僕の頭の中では、初めて公爵家に来た日のエントランスホールでの出会いがグルグルと巡っている。一人ぼっちで家族とは離れた場所にいた少年。身を隠すようにこっそりとこちらを覗いていたけど、ジュストは誰を見ていたのかな?
少年らしい好奇心で寄子貴族の僕たちを見に来ていたならいいけど、もしも自分に無関心な父親に会いにきていたら? 母を亡くし寂しさから後妻の愛情を分けてもらいにきていたら? 後妻の連れ子ヴィートと兄弟のように触れ合いたいと誘いにきていたら?
……それは、とっても悲しいことだと思った。
まるで、前の世界の僕みたいだ。黒橋瑠歌として家族に見放され、従弟にすべてを奪われた僕と……。
だから、なんとなくジュストのことを放っておけない気持ちになる。
無償の愛を受けられるはずなのに、一欠片の情さえも剥けられないなんて、悲しすぎる。
「あー、もう!」
バンバンとソファーのクッションを手に取り力任せに叩きつける。「ムカつく」と言葉を発したいが、この世界に馴染みのない言葉は控えたい。もし、璃湖に僕が瑠歌だとバレたらと考えるだけで心が凍る。
「落ち着いてください、ルカ坊ちゃま」
アメデオにクッションを取り上げられて、ソニアからはぽいっと口に砂糖菓子を入れられる。完全に癇癪を起した子ども扱いだけど、仕方ない。僕ことルカ・セヴェリーノはまだ六歳だもの。
「でも、ジュスト様のことはどうするおつもりなんでしょう?」
「俺たち使用人、しかも他家の使用人が口を出すことじゃないがな」
アメデオとソニアが難しい顔で互いを見合う。
「……う~ん」
僕は短い腕を組んで唸る。助けてあげたいが、こっちは子爵家で六歳の子ども、公爵家の居候の身分だ。助けたいが、その力がない。
「せめて、十分なお世話だけでも……」
「へ?」
ソニアの言葉に反応した僕の視線から、二人はそおーっと顔を背けた。
「いや、あのぅ、公爵様自身だけでなく……その、ジュスト様は使用人たちかもですねぇ」
「後妻であるベアトリーチェ様の命令だとは思うのですが……」
とうやら、公爵子息ジュストは本当の意味のネグレクトを受けているみたいだ。
……公爵家全員、バカなの?
おっと、ごめんなさいよーっ。
僕はドタッと転んだ。ソニアがぶっしゃぁと撒いた水でぬかるんだ土に、足を取られてズルッと。そういうときは人間、咄嗟に何かに掴まろうとするわけで、僕もしっかりと掴まりました。
今日もこっそりと僕たちのことを覗き見ていた彼に。
「うわっ」
べちゃっ。
僕も泥だらけなら、一緒に転んだ彼も泥だらけ。尻もちついた彼は、呆然とした顔で僕を見る。彼の胸へ抱き着くように飛び込んだ僕は、叔父様から買ってもらった靴が泥で汚れてしまい、ちょっと悲しい。
「あー、大丈夫ですかー」
棒読みのセリフを言いながらアメデオが走ってきた。よいしょと、僕を抱き起こしたあと、ジュストの悲惨な恰好にパチパチと瞬きを数回。うん……予定よりも泥だらけになってしまいました。ソニアが大量に水を撒いたせいです。
「……こりゃ、大変だ。二人ともお風呂です。お風呂入りましょう」
「おふろ?」
ちょっと待て。そんなこと計画にあったか? 汚した服を洗う間、たんまりとご飯を食べさせて、着替えの服をそのまま進呈して終わりじゃなかったか?
「えっ……。えっと……僕……」
オドオドと視線を泳がすジュストの腕を無遠慮に掴んで立ち上がらせると、アメデオは大きな声でソニアを呼んだ。
「おーい、ソニア。とりあえず風呂だー。食事はそのあとー」
バカ、アメデオ。なんで、喋っちゃうの! 口が軽すぎる! 貴族の使用人の癖に、軽すぎる! ほんと、そういうところが前の世界の主治医の先生そっくりだよっ。
「……おふろ、はいる」
でも、泥だらけで気持ち悪いから、お風呂は入りたいです。
僕は呆然としているジュストと一緒にソニアに服をはぎ取られお風呂へポイッと放り込まれた。六歳だけど、前世の記憶があるので一人でもある程度はお風呂に入って体を洗うことはできる。
ジュストは幾日ぶりのお風呂なのか、鬼気迫る顔のソニアに何回も頭を洗われていた。流すお湯が濁っているよ。
お風呂を出たあとは、一杯の果実水を飲む。
ぐーぐー。
僕じゃない。えっとジュストを見ると、顔を赤くしてお腹を手で押さえていた。
うん、お腹が減っているんだね? 当初の予定どおり、食事を振るまおうじゃないか。ちゃんとソニアと相談して、消化のよい料理を用意させました。でも、栄養のことも考えてお肉や果物もあるはず。焼き立てのパンは僕のリクエストです。
「……食べて、いいの?」
うるうると瞳を涙で潤ませて、公爵子息が感動しています。
いや、だから保護者よ、でてこいっ!




