黒橋瑠歌とルカ・セヴェリーノ
ガラガラ……。
馬車が走る。ぼくと側仕えの従者、メイドの三人を乗せて。知らない土地をただひたすら走る。
馬車の窓から見える風景は寂しげで、どこまでも続く草原と緑濃い森。薄い雲が浮かぶ青い空。どこかで見たことのある景色でありながら、初めて見る風景。
「ルカ様。お体は大丈夫ですか? 少し休憩を取りますか?」
「ううん、だいじょうぶ。ついてからやすむよ」
幼いときから側にいてくれるメイドの気遣いにちょっとだけ微笑んで答える。僕はいま、転生したふざけた世界で庇護者の元へと移動している。あの世界の神様もどき、ほぼ傍観者である白いぼんやりさんの力で転生した僕は、小さな領地を持つ裕福な子爵の嫡男として生を受けた。そして、前世でもある黒橋瑠歌の記憶が戻ったのは五歳のとき。切欠は両親の乗った馬車が事故に遭ったと報告を受けたときだった。両親はその事故で死亡。
……いや、確かにぼんやりさんに出した希望の一つに「両親とは疎遠がいい」と出したけど、死別だと思わなかった。しかも、幼児で。前世では仲の良い親子だと思っていたけど、伯父の海外勤務で急に同居することになった従弟の虚言に騙されて、僕を阻害した両親。異世界でも冷たい親からの仕打ちなど受けたくないと申し出た願いだったけど、まさか疎遠どころか存在すらいないとは。
「まあ、べつにいいけど」
僕は馬車の座席に座って床に届かない足をプラプラと動かした。ピカピカの革靴が眩しい。
両親が亡くなって僕の身の上に起きたことは、子爵位を巡って起きた業突く張りな身内の争いだ。さして優秀でもない父親でも問題なく運営できた裕福な領地は、その潤沢な資産でがめつい親戚たちを招き寄せてしまった。
しかし、僕はそんな身内の醜い争いに巻き込まれたくない。ここで白いぼんやりさんに願った二つ目と三つ目が炸裂した。まず、信頼できる保護者と、いつも側にいてくれる絶対に裏切らない味方。保護者は生まれてから会ったことのない叔父、父親の弟である叔父は父の訃報を聞いてすぐに駆け付け、子爵家の財産を確認する前に甥である僕の小さな体をかき抱き号泣した。
いい人……だと確信できる。僕がちょろいわけではない。前世のこともあり、やや人間不信気味な僕が、ただ幼くして両親を亡くした僕のために泣いた人を簡単に信用するわけがない。
白いぼんやりさんとの約束と、その叔父が前世の叔父と重なったからだ。あの日……、僕が従弟の嘘を暴き断罪しようとしたとき、味方になってくれたのはその従弟の父親で僕の叔父だった。叔父が赴任している海外から帰国する前に僕たちは異世界に召喚されてしまったけど、きっとそれがなければ叔父は実の息子を守るより、その息子の犠牲になった僕を守ってくれただろう。
そして、僕の味方は、従者とメイドの二人。この二人は謎の病気で入退院を繰り返したときの僕の主治医と看護師さんに似ている。辛い検査にも寂しい夜にもそっと寄り添ってくれた二人。段々と家族からの見舞いが途絶えたときは、いつも笑顔で元気づけてくれた。主治医の先生が親を叱ってくれたことも、看護師さんが従弟の嘘泣きを指摘していたことも知っている。僕の大好きな人たち。
白いぼんやりさんは約束を守ってくれた。僕の希望を叶えて、この異世界で従弟と兄たちと接触することなく過ごせるように。だから、僕もしぶとく異世界で生きてやる。……もし、もし叶うなら、前世の僕の人生をめちゃくちゃにした従弟に復讐してやる。あの……嘘吐きで他人に媚びるしか能のない僕の従弟、黒橋璃湖に。
ガラガラ。
馬車が走り進むのは、成人して子爵を継ぐまで、若しくは僕の命を狙う身内が排除されるまでの避難地である公爵家だ。アルベルティ公爵家は僕の生家セヴェリーノ子爵の寄り親だ。どんな伝手があったのか、僕の後見人であり子爵代理の叔父様が交渉して、僕を預かってくれることになった。
たまたま、隣の領地だったから、馬車移動も半日程度で済む。さすがに付添人がいるとしても幼児が、一人で何日も馬車旅をするのは厳しいもんね。
モタモタしていたら命に関わるからと、最低限の準備で子爵家を出てきてしまったから、アルベルティ公爵家の情報がほぼない。もっと言えば、僕と一緒にこの世界に転移したリコたちの情報もない。
「ねぇ、アルベルティこうしゃくけって、どんなところ?」
向かいの席に座る僕付きのメイド、ソニアに尋ねる。彼女は人差し指を顎に置き、「う~ん」と視線を上に向けて小さく唸る。その隣に座っている従者のアメデオが、代わりに口を開いた。
「アルベルティ公爵家は、この国で三家しかない公爵家の一つです。歴史も長く治める領地も広く……まぁ、今はちょっと……アレですけど」
アレ? アレってなにさ?
「アメデオ! 坊ちゃまに変なこと吹き込まないで!」
ビタンとソニアに頭を叩かれて、アメデオは手で頭を押さえる。あー、懐かしい。僕の主治医の先生もよく看護師さんに怒られていたなぁ……って、そうじゃない。懐かしんでいる場合じゃないや。
「アレって、なあに?」
幼児のかわいいスマイル攻撃を受けて、撃沈する二人。さぁ、知っていることを吐け。




