プロローグ
白い空間に立っていた。
何か起きたのか理解できないし、何もない空間にぼんやりと人型をしたものがあるのも理解ができない。
僕は……退院して迎えもなく一人で家に帰ってきて……兄の部屋で兄と従弟と兄の友人が楽しそうにお喋りをしている声をドア越しに聞いて……いつものように疎外感で胸が……あれ? 違う、あの日は真実を明らかにできると胸を弾ませていたはず……なのに、目の前が急に光って……それで……。
「あのぅ……。申し訳ありません、ちょっとお話を聞いてほしいのですが……」
「わっ!」
白いぼんやりとした何かが喋った!
「覚えていますか? 貴方は召喚魔法陣によって異世界へ転移させられました」
「…………は?」
何を言って……僕が異世界に転移? 召喚魔法陣ってアニメやゲームの世界の話でしょ?
「一緒に召喚された三人は、すでに転移を済まされましたけど?」
一緒に召喚された三人? それってまさか……。
僕は、なんて運が悪いんだ……。
僕の運命を捻じ曲げた従弟と、その従弟に誑かされて僕を虐げた兄や両親、そして僕の憧れていた人。今日は、そんな奴らに従弟の本性を晒して断罪する日だったのに。あいつが僕に何をしていたのか、みんなにどんな嘘を吹き込んでいたのか、白日の下に晒して……それで……それで、どうなるっていうんだろう?
もう、僕の手元には何も残らないのに……。
「ああ~、泣かないで~。泣かないで~、ごめんなさい、ごめんなさい」
ぼんやりさんがペコペコと僕に頭を下げる。ここがどこなのか、このぼんやりさんがどんな存在なのか、説明は受けたけど、あなたって所謂神様ですよね?
僕は流れた涙を手で拭うと鼻を啜り、真っ直ぐにぼんやりさんを見つめた。
「神様?」
「いいえ! 違います、違います。私はゲームクリエイター兼シナリオの人間から生まれた煩悩と言いますか、残留思念と言いますか……。とにかく、そんな大それた存在じゃありません!」
両手を前に出しブンブンと左右に振る。頭もブンブンと振る。めちゃくちゃ神様だということを否定してくる。
「名前はありませんし、元の人間の名前も覚えていません。ただこの世界を……ここから視ているだけの存在です」
ぼんやりさんは、僕たちが召喚された世界……なにやらゲームの世界らしいんだけど、その世界の守り人らしい。僕の兄と従弟たちは、そのゲームの世界に召喚された。……間違いで。どうやら、異世界からの召喚は偶発的な出来事で、ぼんやりさんにも防ぐことはできなかったらしい。
なんて迷惑な……。
しかも、彼らはそのゲームの世界で「神子」として持て囃されるらしい。本当に迷惑な。しかも、僕も同じ世界へ転移しなければいけないなんて……。
「すみません。異界へと渡ってしまったら、もう元には戻れないのです。なので、そろそろ貴方にもあちらへと移動していただきたいのですが……」
ぼんやりさんは、右手の人差し指と左手の人差し指をツンツンとしながら、もごもごと小声でお願いしてきた。
「……嫌です」
そんな、あいつらとまた一緒にいるなんて、嫌だ! しかも「神子」として崇められる従弟と一緒だなんて……また、僕だけ……。
異世界での生活を想像したら、体がブルブルと震えてきた。怖い、怖くてたまらない。
「……ねぇ、その世界に行かないためにはどうしたらいい? 例えば他の世界に転移するとか、ここで死んじゃうとか」
どうせ、元の世界に戻れないなら、戻れたとしても僕が幸せだった生活はもう崩壊しているし……。ここで終わりにしてもいいかも……。
ポロポロと涙を零し訴える僕の震える体を、ぼんやりさんはそっと抱きしめた。実体の感触がないから温もりを感じることはなかったけど、僕は優しく抱きしめられた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。ここでは死ぬことはできません。私はこの世界でしか存在できないので、他の世界へ送ることもできません。ごめんなさい、ごめんなさい」
ぼんやりさんは、実体があったら号泣しているだろうと思う状態で、何度も何度も必死に謝ってくれた。僕も、ぼんやりさんに釣られて子どものように泣きじゃくった。
泣いて、泣いて、少し落ち着いたころ、ぼんやりさんが恐る恐る提案してきたことは……。
「時間をズラす?」
「はい。一緒に召喚された方たちの魂と貴方の魂は紐づいてしまっているので、違う世界の違う国へ転移させることはできません。でも! 時間ならほんの少しズラすことができます」
「ズラす……」
つまり、従弟たちが召喚された後に転移する。それは、どれだけ遅らせることができるの?
「できるだけズラします。ただ、あちらの方が死んでからというのは無理です。紐づいている関係は、転移した瞬間に解消されるので、あちらの世界では接触しないでも大丈夫ですよ」
よかった……。同じ世界で生きていくことは逃れられないけど、接触を断つことはできる。
その後も詳しく話を聞けば、僕は魂だけ転移する。つまり、ほぼ異世界に転生する。何か希望の環境はあるか? と問われたので、いくつか希望を出した。ぼんやりさんは、なるべく希望に沿うように配慮すると誓ってくれた。
「それでは、貴方が転移するのは、神子召喚がなされた世界になります。生まれたときに記憶があるのはお辛いでしょうから、ある程度、成長してから記憶は呼び起こすことにしました。そのときに神子たちについてはご自分で情報収集してください」
「はい」
覚悟は決めた。逃れられない運命なら仕方ない。なるべく、あいつらとは関わらないように必死に生きていくだけだ!
「それでは、お気をつけて。BLゲームの世界を楽しんでください」
「へ?」
ちょっと、ちょっと待って! ゲームの世界ってBLゲームだったの? ええーっ!




