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剣閃の彼方  作者: 西 貴志朗


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8/11

7 前祝い


 リースベルツは嵐のように突然現れて、そして去っていった。彼女が修練場に残していったのは、なんとも言えない静けさだ。全員呆気に取られ、ただ茫然と立ち尽くしていた。

 

 特に受験者達は、全員同じことを思っているだろう。

 

 ――今のは何だったんだ……?

 

 誰も発しないその問いに、答えてくれる人は当然誰もいない。

 

「急に来て急に帰るだなんて……。その……、相変わらずマイペースな方ですね」


「……あぁ。アレはもう気にするな。今に始まったことじゃない」


 試験官達は苦笑いを浮かべ、セルバは顰め面で腕を組んでいる。どうやら彼女の奔放さはいつものことらしい。

 

 

 

 ……ところで、結局俺はどうすればいいんでしょうか?

 俺が所在なさげに突っ立っていると、それに気づいた様子のセルバが俺の方を睨む。

 

「リオ・クリストフ」


「はい」


「予定外の邪魔が入ったが……、貴様の第一試験は終了だ。下がれ」


「あっ、はい」


 そうですか、終わりですか。

 今の立ち合いについてなんの説明もないことは釈然としないが、文句を言える立場でもない。俺は大人しく元の位置に戻る。

 

「他の者も今のは気にするな。試験を続ける。次、マーカス・スミス」


「はいっ!」




「――おいおいおいリオ、なんだったんだ?今の」


 隣に戻るなり、オーウェンが俺にヒソヒソと話しかけてくる。

 

「こっちが聞きてぇよ」


「急に来たと思ったら、リオとだけ戦って帰っていくし……。なんなんだあの人?でもすげぇ強かったよな。お前、よくあそこまで打ち合えたな?」


「……いや、そんなことない。あの人最初から攻める気なかったし、最後の鍔迫り合いも完全に力負けしてた」


「そうなのか?でもまぁ良かったじゃねぇか。なんか認められてたっぽいし」


「……あぁ」


「なんだよその反応。あれだけ大立ち回りすりゃ受かっただろ。もっと喜べって。ってか最後の方、何の話してたんだ?なんか2人でコソコソ喋ってたろ」


「……ッ」


 その問いかけに、俺は答えられなかった。


 あの会話はオーウェンには聞こえていなかった。当然だ。あれは彼女が、俺にだけ聞こえるように発した言葉であり、俺がそれに応じて漏らした言葉だった。

 

「……いや、大したことじゃない。打ち合った感想を聞かれたくらいだ」

 

 碌でもない誤魔化し方をしている自覚はあった。それでもオーウェンは特に疑う様子もなく、「へぇ、そうか」とあっさり納得してくれる。

 

 そうだ。それでいい。お前がこんなドス黒い欲望を知る必要はない。

 先刻は自分でも分からないうちにヘマをしたが、二度はない。この我欲は、俺が胸の内に秘めておけばいいだけのものだ。

 

 それに、俺の腹は既に決まっている。

 お前と一緒にいる限り、俺はお前との約束に殉じる、と。




「――これにて第一試験を終了する」

 

 その後の試験はつつがなく終わった。

 試験がひと段落して上の空になっていた俺の頭に、セルバの声が響く。

 

「第一試験の結果は明日の(ぜん)(はち)過ぎ、紙に貼りだして伝える。そして第一試験を通過した者にはそのまま前ノ九の時刻から第二試験を実施する。各自万全の準備をして集合せよ。では解散!」


 セルバが解散の号令をかけると、受験者たちはぞろぞろと修練場から去っていく。


「んあぁー、とりあえず終わったな、リオ」


「あぁ、お疲れ」


「第二試験は明日だっていうから今日はもう終わりだな。とりあえず腹ごしらえしようぜ」


 背伸びをしながらそう言うオーウェン。腹ごしらえには同感だ。俺とオーウェンは揃って修練場を後にしようとした。


「よぉ、そこのお2人さん」


「「ん?」」


 そこへ男の声が背後からかかる。それに俺とオーウェンは同時に反応した。振り返ると、明るい茶髪と腰に差した煌びやかな剣が特徴的な男が、そこに立っている。


「えーっと……金髪の方がアークライトで、黒髪の方がクリストフ……で合ってるよな?」

 

「あぁ」


 この男、俺の直後に試験を受けていた奴だ。確か名前は……。


「マーカス・スミス……、だったか?」


「おっ、覚えててくれてるとは嬉しいねぇ。そうだ。俺のことはマーカスでいい」


「おう!俺もオーウェンでいいぜ!よろしくな、マーカス!こいつは相棒のリオ!」


「ははっ!じゃあオーウェンにリオ、よろしく!」


 人当たりの良さそうな笑顔を浮かべるマーカス。なんだかオーウェンと雰囲気が似てる奴だ。


「……それでマーカス。俺達になにか用か?」


 オーウェンは気にもしていないが、突然声をかけてきたマーカスを、俺としてはすぐには歓迎できない。警戒を隠さずに用件を聞く。


「あぁいや、お前ら飯に行くんだろ?第一試験を突破する者同士、親睦を深めるために俺も一緒にいいかと思ってな」


「おう、いいぜ!行こう!」


 マーカスの言葉をオーウェンは即座に了承する。

 このアホは……。少しは人を疑うことを覚えろ。

 心中そう文句を述べるが、もう了承してしまったのだ。仕方がない。

 

「……あぁ、構わない」


「ありがてぇ。ついでと言っちゃなんだけど、もう1人誘ってもいいか?」


「いいけど、誰だ?」


 オーウェンがそう返すと、マーカスは振り返ってその人物を呼んだ。


「おーい、そこの!ダルタリアちゃん!俺達と一緒にご飯行かないか?」


「……ん」


 マーカスが誘うと、藍色の髪の女がゆっくりとこちらへ振り向く。先の第一試験で特異な力を見せつけたユニス・ダルタリアだ。


「……」


「……?」


 なんだ?様子がおかしい。マーカスの誘いを受けるでもなく、断るでもなく、じっと俺達の方を見ている。

 

 いや、違う。声をかけたマーカスじゃなくて俺の方を見つめている……、のか?

 

 なぜだ。理由がわからない。

 自分で言ってて少しばかり悲しくなるが、俺は女性にそう簡単に好意を持たれるような容姿はしていないことを自覚している。

 そういうのは、どちらかと言えばオーウェンの領分だ。口さえ開かなければアホっぽさのないただの好青年だからな、こいつは。


「ん、キミも行くの?」


「俺か?そのつもりだが……」


 他の2人ではなく、やはり俺に聞いてくるダルタリア。その問いを肯定すると、彼女はこくりと頷いた。


「ん、わかった。じゃあワタシも同行する」

 

「よぉし!じゃあ4人で前祝いの親睦会といくか!店は任せてくれ。安くて美味いとこを知ってるから」


「おぉ、早速頼りになるな、マーカス!任せたぜ!」


「……ん」


「……」


 気前よく俺たちを先導するマーカスとそれにくっついて行くオーウェン。そんな陽気組2人の後を、俺とダルタリアは無言でついていった。




◇◇◇




 マーカスに連れられた俺達は、彼のオススメだという酒場で昼食をとることにした。

 馬車が何台も行き交う王都の大通りに面したこの酒場は、ちょうど昼時なこともあってか大勢の客でごった返していた。


 横一列に並んだカウンター席では隣り合う客が談笑しながら飯を食べている。

 テーブルの方に目を向けると、酒を片手に肩を組んだ客や、窯焼きのパン生地に肉を乗せた料理を食べながらカードで遊ぶ客が、ガヤガヤと騒ぎながらそれぞれの時間を楽しんでいる。


 牧歌的で平穏なタルポ村では考えられないほどの大賑わいだ。俺はどちらかと言えば静かな雰囲気の方が好みだが、もし試験を通過できて王都に住むとなれば、こういう雰囲気にも慣れないといけないだろう。


「――それじゃ第一試験突破の前祝いと第二試験突破を願って、乾杯!!」


「ウェーーーイ!!カンパーイ!!」


「ん」


「……乾杯」


 そんなどんちゃん騒ぎに負けず劣らず声を張り上げたマーカスの乾杯に、オーウェンが馬鹿でかい声で答える。それにダルタリアが控えめに続く。最後にローテンションな声を出したのが俺だ。

 お前本当に俺と一緒に王都に来たばかりなのか?そう思ってしまうほどにオーウェンは既にこの場に馴染んでいた。これが気質の差か……。

 

「ップハー!うんめぇ!ここ本当に美味いな、マーカス!」


「へへっ、だろ?本当に美味い店っていうのはな、乾杯の1口目でわかっちまうもんなんだよ」


「だな!おいおいリオ、どうしたんだよ!もっとテンション上げてけ!」


「お前のテンションがいつも通り高すぎるんだろ……。お前、まさか酒飲んでないだろうな?」


「いや流石に飲まねぇよ!」


 俺やオーウェンは15歳で既に成人を迎えている。つまり酒を飲むことは許可されているのだが、流石に第二試験前日に酒を飲むほどのアホではなかったか。

 

「おい、オーウェン。これも美味いぞ。ハニーシープの軟骨だ」


「どれどれ、んむ……。な、なんだこれ!?スゲェコリコリしててほんのり甘い!変な食感だけど美味ぇ!」


「そりゃそうだろ。俺一番のオススメだからな!ほら、こっちはスパークバードの照り焼きだぜ」


「うおおおぉぉぉ!口ん中がパチパチする!」


 オーウェンはその後も出てくる料理を次々と平らげては、果実水を豪快に飲み干していく。

 

「……えーっと……悪いな、ダルタリアさん。大事な試験を前にこんなうるさい奴らと一緒で。迷惑だったら離れてくれていいから」


「ん、構わない。それとワタシのこともユニスでいい」


 俺が申し訳なさそうに言うと、ダルタリア改めユニスはまるで気にしていないような素振りで答えた。


「じゃあユニス!なぁなぁ、さっきの試験の石板のやつ、どうやったんだよ?石板があんなにボロボロになるなんてさ。あれが秘術(テウルギー)ってやつなのか?」


「ん、そう」


「スゲェな!どういう力なんだ?」


「……ん」


 オーウェンが目をキラキラさせながら問いかけると、ユニスは懐から一本のダガーを取り出した。それを机に置いて息を整えると、目を見開いてダガーを見つめる。

 すると、少ししてダガーに変化が現れ始めた。木でできた持ち手の部分が変色して崩れだし、金属製の刃の先端が錆びてきている。

 

 そのままユニスが見つめ続けると、持ち手は原型を留めないほどに崩れ、握ることすらできなくなっていた。刃も全体が錆びついたように風化してしまっている。


「……ん、これがワタシの秘術(テウルギー)脆壊(クランブル)』。見つめている物の風化を早めるの」


「おぉカッケェ!すげぇ能力だな!」


「ん、もっと褒めてくれて構わない」


「ちょっと俺の持ってる布切れにもやってみてくれよ!」


「ん、お安いご用」


 オーウェンが褒めちぎると、それまでスンとしていたユニスの表情がどこか得意げになったような気がした。

 その後もユニスはいらないものをポイポイ渡されては、俺達の目の前で次々とそれを風化させていく。それをオーウェンは「すげぇすげぇ」と騒ぎ立て、ユニスは更に得意げになっていく。

 ユニス……、お前もオーウェンのテンションに取り込まれたか……。


「……それで、マーカス。なんで俺達を飯に誘ったんだ?」


 このままオーウェン達にずっと付き合ってたんじゃ埒が明かない。そう判断した俺は二人を無視してマーカスに問いかけた。


「あぁ、さっきも言ったろ?第一試験を突破する者同士仲良くしたいってさ」


「へぇ、大した自信だな。ってことはマーカスも石板を破壊できたのか」


「あっ、リオひっでぇ!見てくれてなかったのかよ?ちゃんと砕いたさ」


「悪いな、その時ちょうどオーウェンと話してたから」


「……石板の端のほうを少しだけな」


「……そうか。……すまん」


「いや謝んなよ!なんか惨めな気分になるだろ!」


 結局、先の第一試験では少なくない数の受験者が石板にヒビも入れられていなかった。端だけでも砕けたということは、マーカスもそれなりに優秀なのだろう。


「第二試験がどんな内容かはわからないけど、試験や入団後のことを考えると第一試験で優秀だった奴とは繋がりを作っておいたほうがいいと思ってな」


「なるほど」


 セルバは試験でも命の保証はないと言っていた。第一試験はそういう類いのものじゃなかったから、第二試験が危険を伴うものである可能性は十分にあるだろう。となるとマーカスの言うことも一理ある。


「俺の見立てじゃ俺以外だとオーウェンとリオ、ユニスちゃんはまず通るだろ。本当はブライドって奴にも声をかけたかったんだけど……、すぐどっか行っちまったからなぁ」


 マーカスは指折り数えながら名前を挙げていく。確かに、挙げられた面々は、受験者達の中でも特に際立った結果を残していた。恐らく第一試験は通過するだろう。

 

 ……俺を除いて。

 

「俺はわからないだろ。俺は魔術(ソーサリー)秘術(テウルギー)も使えない、無能だ」


「はぁ?無能だって?あのレイラ・リースベルツにお墨付きを貰った男がか?」


 マーカスが目を丸くしながら驚く。そんなにか。


「なぁ、さっきの人ってそんなに有名な人なのかよ?」


 オーウェンが尋ねる。


「おいおい!?王都レストクレスにいてあの人を知らない奴がいるのかよ!?」


「あぁ、俺とオーウェンはつい昨日着いたんだ。7日かけてレストクレスに来た」


「そりゃあまた結構な遠方だな……。それなら知らないのも無理ないか……」


 ガシガシと頭を掻きながら独りごちるマーカスは、俺の方を見ると再び口を開いた。


「いいか?《魔討騎士団(アナイアレイト)》には、優れた力を持っていると認められた『九騎士(ナイトナイン)』っていうのがいるんだよ!んでお前がさっき戦ったのは、その1人に15歳で選ばれた天才騎士様だ!4年前、まだ13歳の時に魔族の幹部まで倒したって話だぜ」


「ん、魔術(ソーサリー)も剣も一流って噂。そんな人と互角に打ち合ってたキミに興味を持って、ワタシもここに付いてきた」


 興奮気味で話すマーカスに、ユニスが補足する。

 『九騎士(ナイトナイン)』……。おそらく名前からして特に優秀な9人の騎士、といったところか。


魔術(ソーサリー)もなしで石板を叩き斬った上に『九騎士(ナイトナイン)』に認められたんだぜ、お前。それが無能だったら他の奴はなんだってんだ。何者だ?リオ」


「別に……、ただの田舎者だ。ただ剣だけを鍛えてきた、それだけの人間だよ」


「いやいや、それだけって……」


「ん、謙遜も過ぎると嫌味」


 俺の答えがお気に召さなかったのか、マーカスとユニスは呆れたような顔で俺を見つめる。


「まぁリオはこういう奴なんだよ。にしてもそんなすげぇ人だったんだなぁ。俺もやりたかったぜ!」


「やりたかったって、お前なぁ……。聞いてたか?あの人は王国最強の1人と目されている人なんだって」


「オーウェンはこういうことを平気で言えるアホで能天気な奴なんだ、マーカス」


「お前の俺への評価、低すぎるだろ!」


「そんなことない。お前のことは大した奴だと俺は思っているぞ」


 面倒になった俺が親指を立てて適当に褒めてやる。するとオーウェンは「まぁ当然だな!アッハッハ!」と調子よく笑った。やっぱりアホだな、こいつ。


「とにかくだ!俺達は第一試験を突破してるはずだ!もちろん第二試験もここにいる全員で絶対に突破する!気合入れていくぞ!」


「おぉー!」


「ん」


 マーカスの盛大な掛け声にオーウェンとユニスが腕を上げながら続く。

 

 そうなればいいな、と俺も心から思いながら持っていた果実水を飲み干した。


前ノ八:日本でいう午前八時。


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