1 立ち合い
人類生存圏の1つ、イーゼル大陸。
その大陸の中でも資源と人材に恵まれた屈指の強国が、アルヴィオン王国だ。魔族の支配下にある領域《魔領》に隣接する国でもある。
そのアルヴィオン王国で最も栄える首都レストクレスから馬車で7日ほど。レストクレスから見てちょうど《魔領》と逆方向の位置に、タルポ村は存在していた。
タルポ村は木々の生い茂る傾斜の緩やかな山々に囲まれており、カラッとして温暖で穏やかな気候が特徴的だ。更に山の上部から麓まで伸びる清流によって水にも恵まれた、どこか長閑で牧歌的な雰囲気の漂う農村である。
そのタルポ村に広がる、雲一つ無くどこまでも透き通る蒼穹。その空の下で俺ともう1人の青年が、刃を潰した訓練用のロングソードで切り結んでいた。
ガキィン!
金属製のロングソードがぶつかり合い、甲高い音が鳴り響く。
互いの剣が噛み合い、鍔元で押し合う。息がかかるほど近いのに、相手の目は妙に落ち着いている。
……力のかけ方、前より上手くなってるな、オーウェン。
鍔迫り合いの状態から、相手が素早く剣を引いた。距離が生まれた刹那、低い姿勢から斜め上へ斬り上げてくる。速い。だが読めた。
「そこッ!」
俺は体を半歩外にずらして刃を躱すと、相手の剣がほんの僅か伸び切った瞬間を狙ってカウンターの横薙ぎを叩き込む。相手はギリギリのところで剣を立て直してそれを受けた。金属音が周囲に弾ける。
「くっ……!」
相手の体勢が一瞬だけ崩れた。それで十分だ。
俺はすぐさま前に踏み込みながら、今度は低い位置から相手の剣に絡みつくように剣先を差し込んだ。力ではなく角度で制する技だ。相手の手首が僅かに浮いた。
――今だ。
そのまま腕ごと持ち上げるようにして一気に弾く。
ガキィィィン!
これまでで最も鋭い音が響き渡った。俺の剣が相手の剣を弾き飛ばした音だ。
相手の剣が弧を描きながら宙を舞い、吸い付くように地面に落ちる。カランカランと乾いた音が鳴る。
俺と相手は、そのまま数瞬固まっていた。そして、少しの間忘れていた呼吸をしながら、俺が先に構えを解く。
「……俺の勝ち。これで俺が、ちょうど900勝と435敗だな」
「ッだぁッー!負けた負けたぁ。クッソー、またリオの勝ちかよ……。はぁーあ、出発前の最後の立ち合いくらいは景気良く勝ちたかったのによぉ〜」
オーウェン・アークライトはそうぼやきながら、輝く金髪が乱れるのも気にせずに大の字になって地面に寝転がる。
「そうもいかないなオーウェン。俺にはこれしかないからな」
「そんなことないだろ。リオには、もっと強みが沢山ある!俺が保証してやる!」
「……例えば?」
「剣が強いとこだろ?後は良い奴だし……、飯も作れるし。あっ、足も速いな」
「それ、結局強いところ剣しかないだろ……」
「アッハッハ!そんな細かいこと気にすんなよ!なんせ俺達はこれからビッグになる男だぜ、兄弟!」
オーウェンは、起き上がりながらニカッと豪快に笑う。こいつみたいに顔が良いと、ただ笑うだけで絵になるな。
俺がそんなことを思っていると、背後に取り巻きを数人引き連れた男が、ニヤニヤしながら俺達の方へ近づいてきた。……これは絶対、面倒な奴だ。
「オイ見ろよ。無能のクリストフが、まーだ無駄なことをやってるぜ」
集団の先頭の男が、嫌味たらしくそう言って俺を嘲笑する。質の良さそうな服を着たそいつの名前は、グレイ・アロウ。何かにつけて俺達に因縁をつけてくる厄介者だ。
「本当だ!どんなに頑張ったところで魔術も秘術も使えねぇ奴が《魔討騎士団》になんか入れるわけねぇのになぁ!」
「「「アハハハハハハ!」」」
嘲笑する集団を俺は一瞥する。それが気に入らなかったのか、アロウは不快感を隠さず眉間に皺を寄せた。
「なんだよクリストフ、なんか文句でもあんのか?」
「……別に、何も」
「そうだよな。ようやく分かったか?無能は縮こまって黙ってるのがお似合いだ!」
俺が何も言い返さなかったことに優越感を得たのか、アロウは鼻高々といった様子で愉快そうに嗤う。
反論などする気も起きない。俺が魔術も秘術も使えないことは、ただの事実だった。
俺が馬鹿にされるだけでやり過ごせるなら、それで構わない。早く家に帰ろう。俺は踵を返した。
だが、この状況を面白く思わない奴が1人だけいた。他ならぬオーウェンだ。
オーウェンは立ち上がると、犬歯を剥き出しにしながら歪んだ笑みでアロウに言い放つ。
「はっ!いざ実戦になったらリオに手も足も出ねぇ奴等が。弱い犬ほどよく吠えるってな」
「うるせぇよ、アークライト。お前とは喋ってねぇ、黙ってろ!」
「嫌だね。アロウ、さっさとお家に帰ってお前の名前で動物図鑑を引いてみな。きっとご立派な間抜け面が載ってるだろうぜ」
売り言葉に買い言葉。その端正な顔立ちが台無しな小馬鹿にした表情で、オーウェンがアロウを挑発する。
「ッ!アークライトォ!お前、ちょっと魔術が使えるからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「へぇ、乗ってるとどうなるんだ?教えてくれよ」
「だったらその身に刻んでやる!『炎よ!焦がせ!』」
突如アロウがオーウェンに向かって手をかざし、詠唱を始める。掌に魔力が集束していくのが感じられる。魔術発動の起こりだ。
「『ゼ・フレア!!!』」
その詠唱が終わると同時にボゥと生まれる、掌ほどの大きさの火球。それがオーウェンめがけて一直線に飛んできた。
だが、オーウェンは全く動じない。冷静に腕を持ち上げて火球に人差し指を向ける。
そして、ただ一言だけ言葉を紡いだ。
「『ゼ・サンガ』」
瞬間、オーウェンの指先から迸る紫電。バチチッというスパーク音と閃光を伴いながら放たれたか細い電撃は、アロウの放った火球を貫通してあっけなく掻き消した。火球を呑み込んで尚勢いの衰えない電撃が、アロウに迫る。
「ウ、ウワァァァァァ!?」
アロウはそんな情けない声を出しながら、反射的に腕を顔の前にやる。
しかし、その電撃がアロウを襲うことはなかった。元々そこで消えることが予定されていたかのように、バチバチと音をさせながらアロウの目前で空中に霧散して融けていく。
それを見たアロウは、腰が抜けたようにヨロヨロと尻餅をついた。
「……ったく。初級魔術すら略式で撃てねぇ奴が俺達とやり合えるかよ。俺達ももう帰るから、終わろうぜ。なぁ?」
オーウェンは、そう言ってため息を吐く。言葉こそ辛辣だが、もうアロウを小馬鹿にした雰囲気ではない。聞き分けのない子供に、ただ呆れているような態度に見えた。
それがより一層アロウを苛立たせたみたいだ。顔を真っ赤に染めながら、立ち上がる。
「ッ!こいッつッ!そこまで言うならとことんやってやるよッ!!『焼けつく炎よ!』」
あの詠唱……。あいつ、中級魔術でもブッ放す気か……?
俺はダン!と地面を蹴る。
「『焦がせ!ゼオ――』!?」
そこでアロウの詠唱が止まった。いや、俺が止めた。
アロウが言い切る寸前、一気に加速した俺はロングソードの剣先をアロウの喉元に突きつけた。
訓練用に刃を潰した剣だ。もちろん喉を切り裂く心配はない。だが、刃以上に尖った殺気を、俺はアロウに向けてぶつけていた。
その殺気に気圧されたのか、アロウは冷や汗を流しながら指一本動かさない。
「その辺でもうやめとけ、アロウ。これ以上は喧嘩じゃなくなる。俺も加減はできない」
「ッ!……チィッ!孤児院のクズ共めッ!おいお前等、行くぞッ!!」
アロウは喉元のロングソードを強引に押し返すと、悪態を吐きながら、浮足立つ取り巻き達を引き連れてその場を後にした。
「……最後の最後まであんな野郎に絡まれるなんて、ツイてないな」
「そう言うな。あの顔も今日で見納めだ」
「でもよぉ、言い返さないリオもリオだぜ。俺達は次の《魔討騎士団》選抜試験を突破して、入団するんだ!そんでもって、多くの人達を魔族から救うんだよ!」
「…………そうだな」
俺と肩を組みながら目を輝かせて意気込むオーウェンに、俺は目を伏せながら歯切れ悪く答えた。
歯切れが悪くなったのは、俺自身が《魔討騎士団》の選抜試験を突破できる可能性が低いと思っているから。
――だけではない。
『《魔討騎士団》に入って、人々を魔族から助ける』
それが、俺達がこの村の孤児院で出会った頃、まだ幼かった時に無邪気に交わした約束だ。
だが、年を経るにつれて、わかってしまった。
オーウェンには魔術の才能があり、俺にはない。
それだけならまだ良かった。魔術も秘術もないなら、武術でもって入団する。幼い俺はそう奮起して立ち向かえたから。
しかし、力をつけると同時に僅かに渦巻いていた感情がだんだん抑え難くなっていることを、俺は薄々自覚していた。
魔族に苦しめられている人々を救う。
それ以上に満たしたい、――我欲。
俺とオーウェンでやる事は同じだ。それでも、その先にあるものは……、きっと違う。
そんなことなど考えているとは露知らずのオーウェンは、笑いながら剣を拾って俺に言う。
「さぁ、俺達ももう帰ろうぜ。明日はアンネさんとチビ共に別れの挨拶をして出発だ!」
「……あぁ」
俺はただ、そう短く返事をした。
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