表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣閃の彼方  作者: 西 貴志朗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/7

プロローグ


 今でも思い出す。


 あの日、リース村の夜はただひたすらに紅く、赤かった。

 鮮明に残るその記憶は7年前、8歳の時のものだ。


 漆黒の空を食い潰すように激しい紅焔が、荒れ狂っていた。手が届きそうにない高みさえも、炎は容赦なく呑み込もうとしていた。

 

 烈火に晒されてガラガラと音を立てて焼け落ちていく、木材と石材で造られた質素な家々。

 水溜まりのように薄く丸く広がりながら、地表を濡らす鮮血。

 

 そんな地獄絵図を更に絶望的に彩るかように、生き残って逃げ惑う人々の悲鳴と絶叫がこだましていた。


「魔族だぁぁぁ!!!魔族の襲撃だぁぁぁ!!!皆逃げろおぉぉぉーーーッ!!!」


「や、やめてッ!やめてくださいッ!どうかお願いしますッ!!!この子は!この子だけは助け――ガハッ……!ぅぁ……」


「うわぁぁぁぁん!!!ママァーー!!パパァーー!!」


 必死に住人に避難を呼びかける男。

 子供だけは、と懇願する女の声。

 どこかで親を呼びながら泣き叫ぶ幼い子供。


 それらの声はすぐに途切れた。

 彼ら全てが、とてもこの世の物とは思えない形をした異形達によって蹂躙されていった。人の形など微塵も残らないほどにグチャグチャに殴られ、潰され、引きちぎられ。

 一切の抵抗も許されず、儚くその命を散らしていた。


 そんな見るだけで吐き気を催す光景を、心の底から愉しんでいるかのような下劣な嗤い声が、焦土と化していく村の中心から響き渡った。


「カハハハハハハッ!!!そうだッ!もっと!もっとだぁ!!!叫べッ!嘆けッ!!泣き喚けッ!!!人間共ォ!!!」


 その嗤い声の主は、多数の異形達の中にあってただ1人だけ人間に近い形をしていた。

 だが、塗料を無造作にブチ撒けて塗りたくったような青黒い肌、ギョロリと吊り上がった赤き2つ目、頭から突き出る捻れた2本の角は、まさに御伽話にでも出てきそうな悪魔そのものだ。

 地獄からの使者を体現したが如きその外見に、逃げ惑う人達は恐れ、慄いた。


「ぐっ……うぅッ……!」

 

 道端に横たわる村人の男が、足から血を流しながらズルズルと地面を這い廻っていた。青肌の魔族から離れて、ほんの少しでも長く生き延びるための最後の抵抗だったのだろう。

 だが、

 

「端っこでチョロチョロと目障りなんだよ、ゴミがッ!」


 それも虚しい抵抗だった。

 青肌の魔族は塵芥でも見るような目で地を這う男を睨みつけると、左手をかざした。すると、その掌にポゥと拳ほどの大きさの光弾が生まれた。

 

「ヒィッ……!!」

 

 それを見て、男の顔から血の気が失せた。その様を見て青肌の魔族は愉快気に口角を上げた。

 必死の形相で地を這う男に対して、青肌の魔族の動きは酷く緩慢だ。ジリジリと少しずつ追い詰めるかのように男に左手を向け、狙いを定めた。

 そして、男の動きが止まったその時。遂に掌の光弾が彼めがけて発射された。

 

 瞬間――、轟音と閃光。

 

 光弾の着弾先にあった男の体は、いともあっけなく消し飛んだ。

 大きく抉られた地面には、先刻までそこに人がいた形跡など塵一つ残されておらず、ただ煙だけが立ち昇っていた。

 まだ幼かった俺は、物陰に隠れてぶるぶる震えながら、それを見ているだけしかできなかった。


「カハハハハ!愉快愉快!ゴミッ!ゴミッ!ゴミ共がッ!!お前ら人間はなぁ、俺達にブチ殺されるだけの存在なんだよッ!!!」

 

 尚も燃え上がり続ける炎を背にして、青肌の魔族は愉悦に浸るように左手を握りしながら、天を仰いで高らかに嗤っていた。


 ――今だッ……!

 その隙を突くかのように、俺は弾けるように走り出した。


「……ッ!」

 

 俺は走った。生きるために息すら止めて、遮二無二に走った。足を全身全霊で動かして、その地獄から逃れようとした。

 捕まれば何の慈悲も奇跡もなく、ただただ殺される。その事実と恐怖だけは、当時の幼かった俺にも分かっていた。

 

 だが、甘かった。


「オイオイオイ、まだ残っていやがったかぁ!?」


 魔族は、新しい玩具を見つけたかのように愉快そうにまた嗤い出す。

 そして、ダン!と力強く地面を蹴る音。次の瞬間、俺の首根っこが乱暴に掴まれた。


「カハハ!勝手に逃げてんじゃねぇぞッ!!アァ!?」

 

「ウワァッ!?」

 

 俺は力づくでブン投げられた。身体が何の抵抗もなく空中に放り出され、地面に落下してそのまま跳ねた。

 

 地面に衝突した俺は、なんとかボロボロの身体を起こそうした。

 だが、立てなかった。鋭い痛みを感じて脚に目をやった。

 落下した時に鋭利な瓦礫が突き刺さってしまったのだ。その脚からはドロリと赤い血がとめどなく流れていた。


「オイオイ、こんなのが最後の獲物かよ。シケてやがんな」

 

 青肌の魔族は立てない俺を見据えながら、長く恐怖を与えるかのように、ゆったりと歩みを進めた。一歩また一歩と、少しずつ確実に俺に近づいてきた。

 

 そして、青肌の魔族は俺に手が届くところまで接近した。怯えた俺を見下しながら腰の剣を引き抜いて掲げた。

 

 ――もう逃げられない。


 俺は死を悟り、目をギュッと瞑った。

 青肌の魔族は俺のそんな様子を見てか、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「フン、もっと泣き喚けよ。あばよ」




 ガギィィィン!!!




 ――???


 痛みが来ない……?なんでまだ斬られていない……?

 不思議に思った俺は、ゆっくりとその目を開けた。


 そして俺は、眼前の光景に驚嘆した。

 

「……ァア?」


 青肌の魔族が、目を白黒させながら素っ頓狂な声を上げた。

 俺の目の前にいたのは、1人の銀髪の少女だった。8歳の俺とそう大して歳の変わらないであろう、しかしどこか重い雰囲気を纏う少女。

 信じられないことに少女は、遥かに大きい体格の魔族の剣を、全ての闇を照らすような銀色に輝く剣で受け止めていた。

 

 青肌の魔族は、初めてその顔を不快そうに歪ませた。


「……ッ!ゴミ風情が生意気に邪魔してんじゃねぇぞッ!クソガキッ!!!」

 

 青肌の魔族はそう吼えながら、剣を振りかぶると力任せに振り下ろした。

 しかし、その一撃は空振りに終わった。魔族の剣は地面に勢いよく叩きつけられ、凄まじい衝撃に砂塵が舞い上がった。

 

 気づけば黒い影が、俺と少女を抱えながらフワリと宙を舞っていた。

 黒い影は、軽やかに魔族から離れた所に着地すると俺と少女を腕から下ろす。そして村を……否、先程まで村だったはずのその地獄を見渡した。

 

「……間に合わなかった……か」


「まだ1人生き残ってる」


 黒い影の正体である男は、そこらじゅうに転がる無数の亡骸を見て絞り出すように呟いた。少女は、俺をチラと見つめながらそれに淡々と返答した。

 

 多数の異形と人の形をした怪物がいるというのに、2人はまるで焦る様子も怖がる様子もなかった。

 剣を肩に担いだ魔族は、乱入者である男を睨みながら口を開いた。


「オイオイオイオイ、またゴミが1匹増えやがった!本当に蛆虫みたいに湧きやがる。なんだ?テメェらは」


「……数は見る限りざっと20、目の前の1体が人型か。この様子じゃ幹部様じゃあなさそうだ。人型は俺がやる。残りはお前がやれ。行けるか?」


「問題ない」


 青肌の魔族の言葉を、少女と男は無視して会話を続けた。目の前の魔族など、まるで眼中にない様子だった。

 そんな2人に苛立ったように、魔族は口調を荒らげた。


「無視してんじゃねえぞゴミ共ッ!!テメェらはなんだって聞いて――」


 青肌の魔族が言い終わる直前、ヒュンという音と共に少女の姿が俺の視界からかき消えた。


 次の瞬間、周囲にいた異形の1体の身体が切り裂かれた。その姿形が崩れていくと同時に、この世の黒を煮詰めたような靄だけを残して消えた。

 俺がかろうじて知覚できたのは、少女が地面を蹴る音と、異形が消えたという結果。それだけだった。

 

 異形達のその身体は、酷く歪でどこに口があるかはわからない。

 だが、成す術なく切り刻まれていく異形達は、確かに断末魔の雄叫びのようなものを上げながら、世界から悉く消失していった。

 

 そして、異形の最後の1体が蠢きながら黒い靄となって消える。そこでようやく俺は少女の姿を再び視界に捉えることができた。

 軽く息を吐く少女には傷1つない。


「こちらは終わり。そちらも早く」


「はいはいわかってるよ」


 少女の酷く事務的な言葉に、男は頭をガシガシ掻きながら答えた。

 青肌の魔族が酷く狼狽したように声を上げた。


「……ッ!?な……んだ、テメェらは……。なんなんだよッ!?」

 

「見りゃ分かんだろ。通りすがりのただのゴミだ、クソッタレ」


 男はそう言いながら、腰の帯剣を見せつけるように静かに抜いた。

 そして次の瞬間。気づけば聞こえてきたのは、肉を切り裂くような鈍く、重い音。

 

 ……何が起きた……?速すぎて全くわからない。


「じゃあな、ただの魔族」


 男は魔族に背を向けると、なんの感慨もなさそうに呟いた。

 

「バ……カなッ!?この俺が……、こんな……ゴ……ミ共に……ッ……!?」


 身体を真っ二つに両断された魔族は、青肌の身体がボロボロと崩れる間にも俺達を悪罵した。そして、身体の最後の一片が崩れ落ちると、他の異形達と同様に黒い靄となってサーッと消え失せていった。


「……終わったな」

 

「うん」


 少女は男の声に反応しながら、剣を振り払って腰の鞘に納めた。

 

 全てが終わった時、そこに残っていたのは俺、少女、男の3人。そして、焼け落ちたリース村の残骸だけだった。

 生き残った俺も無傷ではない。全身を打撲して、脚からは血を流していた。尤も、怪我がなかったとしても、俺は動けなかっただろう。


「…………ア……、ァァァ…………アアアァァァァ……!」


 故郷であるリース村は全滅した。そして、ただ自分1人だけが生き残った。

 

 俺はその事実に耐えられなかった。魔族に剣を向けられても出なかった涙が溢れた。地面をガリガリと掻きむしり、指先から血が滲み滴った。

 痛い。だが、その痛みすらどうでも良かった。


「ウ……、ウゥ、ウアァァァァァ!!父さん……ッ!!!母さん……ッ!!!なんでッ……、なんでッ……!」


 魔族が襲来するまで普通に一緒に暮らしていた両親。その両親は、襲い来る異形から俺を庇って2人とも死んだ。それを今突然受け入れるには、俺はまだ幼かった。




 泣きじゃくる俺に、少女が近づいてきた。


「……ッ!イッ、イヤだッ………!こないで……ッ!」


 今にして思えば、命の恩人に対して酷い言葉だ。

 だがその時俺は、魔族以上に得体の知れない少女のことが、とても恐ろしく感じられたのだ。

 

 俺のそんな言葉を受けてか、少女はピタリと足を止めた。

 しかし、それも数瞬。少女は再び歩き出すと、手を伸ばせば俺とギリギリ触れ合える距離で立ち止まった。

 そして、腰を下ろすようにしゃがみ込んで、目線をうずくまる俺の高さに近づけた。

 

「もう大丈夫」


 少女は俺に拒絶されて尚、無機質な声で、無表情のまま俺に右手を差し伸べた。

 俺は、差し出された少女の手をじっと見つめた。俺達の背後で、未だに燃え上がる家々がガラガラと焼け落ちた。

 

 小さく呼吸をすること数回、少女に何の敵意も害意もないことが分かると、俺はようやく遠慮がちにその右手を取った。




 魔族によるリース村の全滅。その中で1人だけ生き延びた俺。そして、間一髪で命を救ってくれた少女。

 

 それこそが、俺リオ・クリストフと少女の邂逅であり、俺の行く末を決定づける出来事であった――。

初めまして、西貴志朗と申します。

本日より「剣閃の彼方」を投稿いたします。楽しんでいただければ幸いです。

気に入っていただけたら高評価をいただけると励みになります。


どうぞよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ