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剣閃の彼方  作者: 西 貴志朗


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13/13

12 衝撃

「ギ、ギギ、ニ……ンゲン」


「コ……コ、コロコロコロ……コロ、ス?」


「コロ……ス……!」


 頭上から降ってきて俺達を取り囲んだ5体の黒い影達。そいつらが聞くに耐えない怨嗟のような金切声を撒き散らす。

 同時にその歪な身体はどいつもこいつも小刻みに震えている。まるでこれから俺達を嬲り殺す愉悦に浸っているように。


「——クソッ!」


 なぜ魔族がこんなところにいる……!?ここは人類の支配圏じゃなかったのか……!?


 聞きたいことは山ほどあるが、とりあえずそれらを全部頭の隅に押し込んで、俺は心の底から悪態をつきながら剣を抜いた。

 

「……あ……ぁ……、な……んで……?」


「おいっ!しっかりしろ!マーカス!マーカス——」


 隣で未だに茫然自失になってうわごとをぼやいているマーカスに怒鳴りつける。

 その瞬間——。


「ギ、ギギギッ!」


 目の前の魔族の身体が爆ぜるように不自然に膨張した。それと同時に伸びた剛腕が目の前に迫る。反射的に首を捻った。直後、耳元で風が唸る。

 

「——ッ!?」

 

 響く轟音。

 黒い腕が頬を掠め、幹を穿つ。野太い木が砕け散った。木片が雨のように降り注ぎ、地面を叩く。


 背筋が凍った。こんなものをまともにくらえば一撃でやられる。

 俺は距離をとるように後ろに退く。


「ギギギギギッ!」


 怯んだと見たのか、魔族はすかさず追撃してきた。明確に殺意の乗った腕が俺めがけて殺到する。


「『——ゼ・ブラスタ!』」


 その瞬間、僅かに緑がかった風の刃が俺と魔族の間を薙いだ。

 空気を引き裂く音。その刃は俺に迫っていた黒い腕を弾きとばし、続けざまに魔族の胸らしき部位に突き刺さった。身体が大きく仰け反る。浅い。が、確かに手応えのある一撃だ。

 

「……リオ、悪い」

 

 声のした方を見る。マーカスが右手を前に突き出していた。顔は雪のように白く、指先は小刻みに震えている。息も荒い。それでも目だけは、さっきまでの虚ろな色を失っていた。

 

「ちょっとパニックになってた。もう大丈夫だ」

 

「あぁ、良かったよ」


「にしてもなんで魔族が……。これ、試験の一環じゃないよな?」


「だろうな……」

 

 マーカスの問いに俺は小さく頷き、目の前の敵へと意識を戻す。

 

「ギ……ギギ……ニンゲ……ニンゲン、ガ……」

 

 仰け反っていた魔族がぐるりと首を戻した。胸元に走った裂け目から、黒い靄が薄く漏れている。血ではない。あの夜、俺が見た異形達と同じだ。斬られて、崩れて、靄になって消える。

 

 ——つまり、殺せる。

 

 その事実が、腹の奥でドス黒い熱を持った。

 

 同じだ。あの夜、村を跡形も無く焼いた連中と同種の化け物が今、目の前にいる。俺の剣の届く距離に。

 奥歯が軋んだ。柄を握る手に力が籠もる。意識しなければ、このまま我を忘れて突っ込んでしまいそうだった。

 

 ……落ち着け。

 

 俺は息を1つ吐いて、無理やりに衝動を静める。ここで下手を打てば、俺もマーカスも死ぬ。震えることしかできなかったあの時のように、また誰かを見殺しにするつもりはない。

 

「とにかく、こいつらをなんとかしてからだ。マーカス、行けるか」

 

「あ……あぁ!」

 

「魔術を撃つ時は声を出せ。当たるのは御免だ」

 

「オッケー了解!」

 

 俺とマーカスが背中合わせになると、5体の魔族がじわりじわりと輪を狭めてくる。関節の逆向きに曲がった足が、湿った土をベチャベチャと鳴らす。

 

「ギギ、ギギギ……!コ、ロス……ッ!」

 

 左右から同時に2体が跳ぶ。

 身体のバランスも取れていない歪な体躯の割に速い。だが、腕の軌道と攻撃の予兆はさっき見た。伸びる直前に身体が膨れる。あれが予備動作だ。

 

 俺は左の1体に向かって踏み込む。膨張した胴の脇をすり抜け、伸びきった腕の付け根へ刃を鋭く叩き込む。

 グニャリ、と肉を切ったとは思えない気色の悪い感触が腕に伝わる。その感触を振り払うように、その勢いのまま刃を振り抜いた。黒い腕が根元から千切れ飛ぶ。ブルートオーガの皮膚よりはずっと脆い。

 

 斬られた魔族から軋むような叫びが上がる。その隙に返す刃で首の辺りを薙いだ。魔族の頭部が宙を舞い、胴体が輪郭を失って黒い靄へと解けていく。

 これで1体。

 

「リオ、右だ!『ゼ・ブラスタ!』」

 

 マーカスの声と同時に、背後で空気の渦が収束する。右から迫っていた1体の腹に風刃が食い込み、動きが止まる。俺は振り向きざまに剣を突き出した。胸の中心を貫く。

 その裂け目から靄が噴き出して、2体目の魔族が消えた。

 

「よしっ……!やったぞ!」

 

「まだあと3体いる!気を抜くな!」

 

 そう言いながらも、俺も内心昂りを抑えきれなかった。胸の奥の熱が警鐘をかき消す。

 

 ——行ける……。最初の一撃には面をくらったが、1体ずつなら確実に殺せる……!

 

 だが、残る3体は仲間の消滅を見ても、怯むどころかその震えを強めていた。ギリギリ、と何かを軋ませる音が増していく。

 

「ギ、ギ……」

 

「ギギギィィィィィッ!!」

 

「コ……コロス……!コロス!」


 魔族は同時に動いた。

 1体目は地を這うように身を低くして突進してくる。2体目は胴の中ほどからメキメキと軋む音を立てて、背中から細長い腕を4本、蜘蛛の足のように生やした。3体目は俺達の頭上へ跳び、木の枝にぶら下がって、逆さの姿勢のままこちらを見下ろしている。


「気色悪ぃ……!」


「マーカス、上は任せる!俺は地面の2体だ!」


「了解ッ!」


 地を這う1体が、足首を刈るように腕を振るう。俺は跳んで躱し、着地と同時にその背へ剣を突き立てた。

 硬い何かに阻まれる感触。浅い。魔族はぐるんと首を真後ろに捻り、背中に刺さったままの俺の剣ごと身体を振り回した。


「ッ!」


 柄から手を離しかけて踏みとどまる。足が宙に浮く。そこへ、4本腕の2体目が側面から殺到した。4本のうち囮らしき2本の陰から、本命の1本が死角を縫って伸びてくる。

 俺は剣を捻るように引き抜き、その反動で身体を投げ出した。黒い腕が脇腹の服を裂く。皮膚までは届いていない。


「リオッ!『ゼ・ブラスタ』!」


 緑の閃きが走り、4本腕の関節を2本まとめて切り飛ばした。


「ナイス!マーカス!」


 ひるんだ隙に踏み込む。残った腕をかいくぐり、胸の中心部へ突っ込む。そしてそこへ刃を通すと、黒い靄が噴き出した。3体目の影が頭上で動く。


「マーカス、上だ!」


「わかって——ぐっ!」


 木の上の魔族が、逆さのまま両腕を鞭のように伸ばしていた。マーカスは剣で1本を弾いたが、もう1本が肩口を掠める。鮮血が散る。


「マーカス!」


「かすり傷だッ、こんなもん!オラァッ!」


 歯を食いしばったマーカスが、弾いた腕に剣を絡めて引きずり下ろした。体勢を崩して落ちてくる魔族。そこへ、至近距離から風撃が叩き込まれる。


「食らえッ!『ゼ・ブラスタ』!」


 胸を裂かれて仰け反ったところを、マーカスが両手で握った剣を腹に突き込んだ。

 腹を貫かれた魔族が断末魔と共に、靄になって散る。


 残るは、背中に傷を負った1体。

 そいつは仲間が消えていくのを見ても、なおも俺へ向かってきた。もはや動きに多彩さはない。ただ突っ込んでくるだけだ。


「……終わりだ」


 紙一重で腕をすり抜け、首の付け根へ刃を振り下ろす。

 ごとり、と落ちた頭が地面で赤い眼球をぎょろりと動かしたまま、靄となって消えていった。



 

 ——森に静寂が戻った。

 風に揺れ動く木々のざわめきと、荒い2つの呼吸音だけが残る。


「……はぁっ、はぁっ。……や、やった……のか……?」


「……あぁ。終わった。」


「……は、はは……!ははははは!やった……!やったぞ、リオ!倒したぞ!魔族を!俺たちが!」


 マーカスが狂ったように大声で笑う。肩口から血が滴っているのに、顔はどこか誇らしげだ。


「そうだな。俺達で、魔族を、殺した」


 口にして、ようやく実感が湧き上がる。その事実に気分が高揚していくのを感じる。

 遂に、だ……!復讐の一歩目を果たした……!あれから7年を耐え抜いて、ようやくっ……!


 「……ク、ククククッ」


 否応なく笑いが漏れ出てしまう。抑える気も毛頭なかった。


「おい!俺達すごいんじゃないか!?《魔討騎士団(アナイアレイト)》に入る前から魔族を倒しちまうなんて!」


 俺達は完全に油断していた。魔族を退けた事実に酔いしれてしまっていたのだ。




「——ぇ?」


 次の瞬間、そう小さく漏らしたのはマーカスだった。

 

 否、マーカスだった物体だ。

 

 一瞬前に聞こえたのはパァン、という乾いた破裂音。それと共にマーカスの上半身と下半身が分かたれた。

 そう、まるでさっき見たグリフォンの死骸と同じように。


「……は?」


 そんな間抜けな声が漏れる。血の匂いが遅れて鼻腔に届く。

 

「マ——」


 名前を呼ぶ前に、吹き飛んだマーカスの上半身と下半身が、湿った音を立てて同時に地面に落ちた。

 伸ばしかけた俺の手は、空を掴む。


「あーあ、まーたやっちまった」


 倒れたマーカスの向こう側。そこに、1つの影が頭部を掻きながら立っている。

 その背丈は俺と同じほど。灰白色の肌、額から一本だけ突き出た角、腰まで届く漆黒の外套。つまらなそうな気怠げな面。金色の瞳。


「本当にダメだ、ダーメダメだな、俺」


 先程までの異形達とは違う、流暢な人の言葉だった。

 その瞳が、俺を捉える。


 視界の端で、マーカスの手が、ぴくりとも動かない。

 耳の奥で、あの夜の嗤い声が反響する。


「あれ?まだもう1匹いる?良かったぁ~」


 絶望が、人の形をしていた。

呼んでくださり、ありがとうございます!


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