10 第二試験③
地響きにも似た踏み込みと共に、ブルートオーガの巨躯が猛進する。
やはり見た目から受ける印象よりも速い。図体のわりに俊敏とさえ言える突進で、瞬く間に俺との間合いを潰してくる。
ブルートオーガが棍棒を大きく振りかぶった。狙いは頭上からの叩き潰し。シンプルだが、その分だけ乗る重量がとてつもない。まともに受ければ、ガードごと地面に押し潰されるだろう。
「――ッ」
俺は落ち着いて2歩後ろに退く。
焦って大きく動く必要はない。相手の得物は棍棒一本、軌道は単調だ。攻撃のタイミングさえ見切れば十分に対処できる。
ドオンッ!という地面を砕き割ったかと錯覚するほどの轟音と共に、俺が直前までいた場所に棍棒が容赦なく叩き込まれた。大地が振動し、その衝撃に土と小石が爆ぜるように飛び散る。
だが、俺の身体には掠りもしていない。
――見た目より速いが、動き自体は直線的で単純だ。問題ない。
そう判断した。
ブルートオーガは地面にめり込んだ棍棒を引き抜くと、苛立ったように咆哮を上げる。獲物に避けられたのが気に入らないのだろう。
「グオァアアアッ!」
続けて振り払うように横薙ぎが飛んでくる。軌道は水平。俺は身を低く沈め、その一撃を頭上に見送った。風切り音が耳元をかすめる。
そして姿勢を低くしたまま前へ踏み込み、振り抜いた直後の右足めがけて剣を薙ぐ。
ザンッ!
はっきりとした手応えがあった。鈍く輝く刃が黄緑の皮膚を斬り裂き、赤黒い鮮血に染まる。
「グオオオオッ!!」
傷を負ったブルートオーガが苦痛に絶叫する。その咆哮の激しさに僅かに顔を顰めながら、追撃せずにすぐさま距離を取り直した。
ブルートオーガの攻撃範囲の外まで下がってから、与えた傷の具合を確認する。
致命傷には程遠い。だが、これで十分だ。皮膚が硬いなら、一撃で仕留めようとせず、動きを削ることを優先すればいい。
ブルートオーガが怒りに任せて再び突進してくる。しかし、傷ついた右足を庇うせいで、明らかに踏み込みの速度が落ちている。
俺は冷静に間合いを測りながら、棍棒の一振り一振りを余裕を持って躱していく。躱すたびに相手の呼吸の粗さ、疲労の色が少しずつ見えてくる。
繰り返される攻防の中で、確証を得た。
このブルートオーガという魔物は力こそ脅威だが、技も駆け引きもない。恐れるべきは膂力だけ。ならば、真正面から相対しなければ殺すのに何の支障もない。
――ただ焦らず削ればいい。動けなくなるまで。
ブルートオーガが再び棍棒を振りかぶった。踏み込みで重心が左足に沈む。
迫りくるそれを懐に潜り込むようにして躱す。そうして背後に回り込むと、今度は左足の腱を狙って剣を振るう。
ザシュッ――!
「グァアアアアアアッ!!!」
咆哮と共に、ブルートオーガの巨体が大きくよろめく。両足を負傷して体勢が崩れた。
俺は油断なく一歩下がって様子を窺う。まだ棍棒を握る腕に力は残っているようだが、これまでの鬼気迫る勢いは見る影もない。
その後の戦闘は、もはや単調な消化試合のようだった。
ダメージと焦りでより単調になったブルートオーガの攻撃をすり抜けながら、カウンターの要領で更に手傷を与えていく。
強靭な肉体を持つ魔物にだって限界はある。俺の動きについてこられなくなったブルートオーガは、ついに息を切らしながら片膝をついた。
足を削いで機動力を潰し、続けて体力も限界まで削った。後はトドメだけだ。
油断しているように見せかけるために、ブルートオーガの目の前までゆっくりと歩みを進める。まるで散歩でもしているかのような足取りで。
「ッ!グォォォオオオァァァッ!!!」
ブルートオーガは隙と見たのか舐められていると感じたのか、ともあれ俺の誘い通りに片膝立ちのまま棍棒を横薙ぎに振るってきた。
だが、姿勢を崩した状態からの一撃は、これまでと比べても明らかに鈍い。俺はブルートオーガの頭上に跳躍してそれを回避した。
「グ、ゥウウウ……ッ」
棍棒が虚しく空を切る。体勢を崩しているブルートオーガはすぐには次の動作に移れない。
「これで終わりだ――」
ズバッ――。
剣を振るう力に落下の力を加えて、完全に無防備だったブルートオーガの首を思いっきり薙いだ。
「ギ、ガアァァァッ……」
分厚い肉を断ち切った確かな感触と共に、ブルートオーガのか細い断末魔が森に空しく木霊する。
数瞬の静止の後、その巨体がゆっくりと地に崩れ落ち、どさり、という重い音が響く。
ブルートオーガの動きが完全に止まった。森に静寂が戻る。
「……ふぅ」
俺は剣を鞘に納めながら、大きく息を吐いた。
汗はかいているが、呼吸に乱れはない。危なげなく勝利した実感が、じわりと胸に広がっていく。
「これがランクCか……。思っていたよりもやれるな、俺」
それが最初に抱いた感想だった。いくら速くても動きは素直で直線的。ならば冷静に動きさえ読み切れれば、付け入る隙はいくらでもある。
正直、もう少し苦戦すると思っていた。だが、今の戦闘の感じなら第二試験で大きな問題はなさそうだ。
剣一本でも十分通用する。この戦闘で俺はそう確信した。
ブルートオーガの角を折って取り、腰の袋にしまう。改めて周囲を見渡した。日は傾き始めているが、まだ時間には余裕がある。
「……まだ、あと2体か」
独りごちながら、俺は軽く肩を回した。疲労はあるが、限界には程遠い。むしろ、これで自分の強さに自信を持てた気がする。
「行くか」
剣の柄に手を添え直し、俺は残りの2体を探しに森の奥へと足を踏み出した。オーウェン達に情けない姿を見せるつもりは、毛頭ない。
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