第39話『帰り道、あと少しだけ』
花火大会が終わった。
夜空を彩っていた光は消え、 人々も少しずつ帰路につく。
河川敷にはまだ夏の余韻が残っていた。
屋台の灯り。
遠くから聞こえる笑い声。
夏の夜風。
そして——
幸太郎と陽菜は、まだ手を繋いだままだった。
駅へ向かう帰り道。
二人とも何も言わない。
でも気まずくはない。
むしろ心地いい沈黙だった。
陽菜がちらりと幸太郎を見る。
幸太郎は前を向いて歩いている。
でも手は離さない。
陽菜の口元が少し緩む。
「ねえ」
「ん?」
「いつまで繋いでるの?」
幸太郎の足が少し止まる。
「……嫌なら離す」
陽菜は即答した。
「嫌じゃない」
幸太郎の耳が赤くなる。
陽菜はそれを見て小さく笑った。
しばらく歩く。
住宅街へ入る。
祭りの賑やかさが遠ざかっていく。
静かな夜。
街灯の光だけが二人を照らしていた。
陽菜がぽつりと呟く。
「今日、すごく楽しかった」
「そうか」
「うん」
少し間を置いて続ける。
「前の私の思い出じゃなくて」
「今の私の思い出が増えた」
幸太郎は黙って聞いていた。
「それが嬉しい」
その言葉に。
幸太郎はゆっくり頷く。
「俺も」
短い返事。
でも陽菜は嬉しそうだった。
駅前が見えてくる。
別れの時間が近付く。
少しだけ寂しい。
そんな空気が流れる。
陽菜が急に立ち止まった。
幸太郎も止まる。
「どうした」
陽菜は少し俯いている。
指先に力が入る。
繋いだ手が少しだけ強くなる。
そして——
「お願いがあるの」
幸太郎は首を傾げる。
「お願い?」
陽菜は深呼吸した。
顔が赤い。
かなり勇気を出しているのが分かる。
「その……」
言葉が続かない。
幸太郎は黙って待つ。
数秒後。
陽菜は意を決したように顔を上げた。
「来週の日曜日」
「空いてる?」
幸太郎が瞬きをする。
「空いてるけど」
陽菜の顔がさらに赤くなる。
「じゃあ……」
「またデートしてください」
幸太郎は一瞬固まった。
陽菜の方が先に耐えられなくなる。
「うわああああ!」
両手で顔を隠す。
「恥ずかしい!」
「言っちゃった!」
「忘れて!」
幸太郎は思わず吹き出した。
「無理だろ」
「忘れてよ!」
「無理」
陽菜は真っ赤。
幸太郎は珍しく少し笑っていた。
しばらくして。
陽菜がそっと顔を上げる。
恐る恐る聞く。
「……返事は?」
幸太郎は少し考えるふりをした。
わざとだ。
陽菜が焦る。
「長い!」
「考えてる」
「絶対考えてない!」
そのやり取りの後。
幸太郎は小さく笑った。
そして言う。
「俺から誘おうと思ってた」
陽菜が固まる。
「……え?」
「だから先越された」
数秒。
理解した陽菜の顔が一気に赤くなる。
「ずるい……」
「お互い様だろ」
電車の時間が近付く。
ホームへ向かう前。
陽菜は笑った。
今日一番の笑顔だった。
「じゃあ来週」
「うん」
「絶対だからね」
「分かってる」
陽菜は嬉しそうに頷く。
そして少しだけ背伸びをして——
幸太郎の耳元で囁いた。
「大好き」
言った本人が真っ赤になりながら走り去る。
「おやすみ!」
逃げるように改札へ。
幸太郎はその場に残された。
完全に固まっていた。
数秒後。
顔を覆う。
「……反則だろ」
夜風だけが答えた。




