第38話『夏祭りの約束』
夏祭り当日。
朝から空は快晴だった。
雲一つない青空。
蝉の声。
窓から差し込む強い日差し。
朝倉幸太郎は部屋で落ち着かずにいた。
時計を見る。
まだ昼前。
なのにもう何度目かわからない。
「……早すぎる」
自分で呟く。
待ち合わせは夕方だ。
それなのに妙にそわそわする。
机の上には陽菜とのメッセージ。
『楽しみ!』
『浴衣ちゃんと着れるかな』
『転んだら笑わないでね』
幸太郎は小さく笑う。
そして返信。
『笑う』
数秒後。
『ひどい!!』
即返事だった。
幸太郎は少しだけ安心する。
今日もいつも通りだ。
夕方。
駅前広場。
祭り会場の近く。
提灯が並び始めている。
屋台の準備も終わりかけ。
人も増えていた。
幸太郎は待つ。
少し緊張しながら。
そして——
「お待たせ」
聞き慣れた声。
振り返る。
その瞬間。
時間が止まった気がした。
白地に淡い水色の花柄。
長い黒髪。
小さな髪飾り。
浴衣姿の陽菜。
まさにあの日選んだ浴衣だった。
陽菜は少し照れながら笑う。
「どう?」
幸太郎は答えられない。
言葉が出ない。
陽菜が不安そうになる。
「え、変?」
「……いや」
幸太郎は視線を逸らした。
耳が熱い。
「似合う」
それだけ。
でも陽菜は嬉しそうだった。
「ありがとう」
そして小さく笑う。
「選んでくれたやつにしてよかった」
幸太郎の心臓がまたうるさくなる。
祭り会場。
射的。
金魚すくい。
焼きそば。
かき氷。
人で賑わっていた。
陽菜は完全にはしゃいでいた。
「見て!」
金魚すくい。
一匹も取れない。
三十秒で終了。
「弱っ」
「うるさい!」
二人で笑う。
それだけで楽しい。
その後。
かき氷を買う。
陽菜はいちご。
幸太郎はブルーハワイ。
陽菜がじっと見る。
「ひと口交換する?」
「別に」
「するんだ」
断る権利はなかった。
結果。
二人とも少し照れる。
なぜか交換しただけなのに。
夜。
祭りも終盤。
提灯の明かりが綺麗だった。
人混みが増える。
その時。
後ろから人の波。
陽菜が小さくよろける。
「危な——」
幸太郎は反射的に手を掴んだ。
陽菜の手。
柔らかい。
そのまま離せなくなる。
陽菜も何も言わない。
ただ少し顔が赤い。
幸太郎が言う。
「……はぐれるから」
言い訳だった。
陽菜は笑う。
「うん」
分かっていた。
でも何も言わない。
二人とも。
そのまま歩く。
手を繋いだまま。
やがて。
花火の時間。
河川敷。
大勢の人が空を見上げる。
ドン——
一発目。
大輪の花。
夜空を照らす。
陽菜が目を輝かせる。
「綺麗……」
幸太郎は花火を見る。
でも途中から。
花火じゃなくなっていた。
隣にいる陽菜を見る。
楽しそうに笑う横顔。
それだけで十分だった。
すると。
陽菜が気付く。
「なに?」
「別に」
「嘘」
花火の音が響く。
陽菜は少しだけ幸太郎に近付いた。
肩が触れる。
そして小さな声。
「ねえ」
「ん」
「今の私との初デート」
幸太郎は頷く。
陽菜は花火を見上げたまま言う。
「最高かも」
夜空に大きな花火が咲く。
幸太郎は静かに笑った。
「それならよかった」
陽菜も笑う。
そして——
二人の手は最後まで離れなかった。




