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『最後の春、君と見た空』  作者: 優貴(Yukky)


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第22話 『二人だけの記憶』

放課後のschool libraryは、静かだった。

窓から差し込む夕陽が本棚を染めて、床に長い影を作っている。

誰もいない閲覧席。

ページをめくる音だけが響く場所。

その窓際の一番奥。

いつもの席に、幸太郎と陽菜が向かい合って座っていた。

机の真ん中には、青いノート。

“思い出ノート”。

表紙の角には、陽菜が小さく描いた桜の絵がある。

幸太郎はそれを見るたび、少しだけ胸が痛くなる。

「じゃあ、今日から」

陽菜がペンを持つ。

「一日一ページね」

「そんなに書くのか」

「書くよ」

即答だった。

「いっぱい残したいもん」

その言葉に、幸太郎は返事ができなかった。

陽菜がページを開く。

日付を書く。

その字を幸太郎はじっと見ていた。

少し丸い字。

病室の手紙と同じ字。

見慣れてきたのに、まだ大事なものみたいに感じる。

陽菜が顔を上げる。

「何?」

「……いや」

「見すぎ」

少し笑われる。

幸太郎は視線を逸らした。

耳が少し熱い。

陽菜はペンをくるくる回しながら聞く。

「何書く?」

「今日あったこと」

「ざっくりすぎる」

「それでいいだろ」

「よくない」

陽菜は少し考えてから、にやっと笑った。

嫌な予感がした。

「じゃあ質問形式」

「何だよ」

「今日、一番嬉しかったこと」

幸太郎は黙る。

陽菜がじっと見てくる。

逃げられない。

「……昼」

「昼?」

「ノート見せてもらった時」

陽菜の顔が一瞬で赤くなる。

「なっ……!」

「お前が聞いたんだろ」

陽菜は口をぱくぱくさせる。

でも何も言い返せない。

そのままノートに書き込んだ。

今日、一番嬉しかったこと

→朝倉くんが、ノートを毎日一緒に書くって言ってくれたこと。

幸太郎が眉をひそめる。

「それ、俺の答えじゃないだろ」

陽菜が笑う。

「私の答えも追加」

「勝手だな」

「だって大事だし」

さらっと言う。

その自然さに、幸太郎の心臓が少し跳ねた。

数分。

二人で書き続ける。

静かな図書室。

窓の外から部活の声が遠く聞こえる。

夕方の匂い。

陽菜がふいに言った。

「ねえ」

「ん」

「もしさ」

ペンが止まる。

「本当に全部忘れたらどうする?」

その声は軽くなかった。

幸太郎もペンを置く。

考える。

でも答えはもう決まっていた。

「思い出させる」

陽菜が少し笑う。

「そればっかり」

「本当だから」

「毎日?」

「毎日」

「面倒じゃない?」

幸太郎は真っ直ぐ見た。

「面倒なら病院行ってない」

陽菜の瞳が揺れる。

そして、少し俯く。

耳まで赤い。

「……そういうとこ」

「何だよ」

「ずるい」

小さく言った。

幸太郎は意味が分からず眉を寄せる。

陽菜は笑ってごまかした。

「何でもない」

その時。

ページが風でめくれる。

最後の方まで一気に。

何も書いていない白紙。

その白さが妙に怖かった。

陽菜の手が少し止まる。

それに気づいた幸太郎が言う。

「埋めよう」

陽菜が顔を上げる。

「全部」

一言。

陽菜の目が揺れる。

「……全部?」

「毎日書けば埋まる」

「それまでに忘れたら?」

幸太郎は即答した。

「その日からまた書く」

陽菜の唇が震えた。

泣きそうなのを堪える顔。

「何回でも?」

「何回でも」

その言葉で、陽菜は静かに笑った。

「うん」

しばらくして。

陽菜が突然ペンを止めた。

「ねえ」

「何」

「朝倉くんも書いて」

ノートを差し出す。

幸太郎は受け取る。

白いページ。

少し悩む。

何を書くべきか。

でも自然と手が動いた。

忘れてもいい。

でも、もう一度好きになってもらう。

書いた瞬間。

陽菜が横から覗いて固まる。

幸太郎も書いてから気づいた。

やばい。

勢いだった。

消そうとする。

でも陽菜が慌てて手を押さえた。

「消さないで!」

声が大きくて、二人とも固まる。

図書室が静まり返る。

幸い誰もいない。

陽菜は真っ赤だった。

でも手は離さない。

「……それ、大事だから」

小さな声。

幸太郎はもう何も言えなかった。

顔が熱い。

心臓もうるさい。

その時。

図書室の扉が開く。

「お前ら、まだいたのか」

西園寺颯太だった。

部活帰りらしくジャージ姿。

二人の近さを見て、一瞬止まる。

そして笑う。

「邪魔した?」

「した」

幸太郎即答。

颯太が吹き出す。

「珍しく素直」

陽菜が慌ててノートを閉じる。

でも颯太はもう気づいていた。

「思い出ノート?」

陽菜が頷く。

颯太は少しだけ真面目な顔になった。

「それ、正解かもな」

二人が見る。

颯太は窓の外を見る。

夕焼け。

「記憶って、言葉で残すと繋がることある」

その言い方に、何か知っている気配があった。

幸太郎が聞く。

「また西園寺家のやつか」

颯太は笑った。

「まあな」

それ以上は言わなかった。

帰り道。

陽菜と二人。

夕暮れの坂道。

陽菜はノートを胸に抱えていた。

大事そうに。

「ねえ」

「ん」

「明日も書こうね」

幸太郎は頷く。

「当然」

陽菜が笑う。

少し安心した顔。

でも、その次の言葉で幸太郎は足を止める。

陽菜は何気なく言った。

「……ごめん」

「何が」

陽菜は困ったように笑った。

「さっき、一瞬だけ」

幸太郎を見る。

少し寂しそうな目。

「西園寺くんの名前、出てこなかった」

夕陽が沈みかけていた。

幸太郎の胸に、冷たいものが落ちた。

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