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第5回 四人の夕餉、秘密の会話


「――このワイン、とてもいい香りがするわね。アルス君、注いでくれてありがとう」


 勇者の屋敷、月光が降り注ぐダイニング。

 旧勇者と旧戦士が「新しい女」を連れて街へ繰り出した夜、残された四人の食卓は、かつてないほどに濃密な空気に満ちていた。


 元聖女エルセは、少し上気した顔でアルスを見つめる。

 その隣では、大魔導師ミリアが静かにグラスを傾けていた。


「ミリア先生が選んでくれた銘柄が良かったんですよ。……ねえ、カイル。このワイン、エルセ母さんの肌の色に似て、すごく綺麗だと思わないか?」


 アルスが何気なく放った言葉に、エルセの肩が微かに跳ねる。


「……本当に、吸い込まれそうなほど美しい赤だね」


 カイルが微笑みながら応じる。

 彼の視線は、自分の母親ではなく、親友の母親――エルセの鎖骨のあたりを熱っぽく這っていた。


 表面上は、静かで優雅な夕食。

 だが、テーブルの下では、不埒な「愛撫」が交わされていた。


(……ああ。カイル君、そんな……っ)


 エルセは、テーブルクロスに隠された足元で、カイルの足が自分のふくらはぎを優しく撫で上げているのを感じ、指先を震わせた。

 

 カイルの足先は、まるで愛し合う恋人のように大胆だ。

 法衣の裾を割り、剥き出しの肌へと直接、若々しい熱を伝えてくる。

 

 対するミリアもまた、ポーカーフェイスを維持するのに必死だった。

 彼女の太ももには、アルスの大きな掌が置かれ、じわりと力強く揉みしだかれている。


(……アルス君。貴方、なんて大胆な……。あんなに泣いて私を求めた子が、今はこんなに余裕たっぷりに私を弄ぶなんて……)


 ミリアは熱くなる下腹部を悟られぬよう、努めて冷徹な声を出す。


「……あ、アルス君。魔力の練成と同じよ。美しさは、ただ眺めるものではなく、どう守り、どう慈しむかが重要なの。貴方はそれを、理解できているかしら?」


「ええ、ミリア先生。……言葉だけでなく、こうして『直接』、その価値を確かめているつもりですよ」


 アルスが指に力を込める。

 ミリアは「……っ」と短く息を呑み、わずかに腰を浮かせた。


「ミリア、大丈夫? 顔が赤いわよ」


 エルセが心配そうに、しかしどこか艶っぽい瞳で親友を見やる。


「……平気よ、エルセ。少し、ワインが回っただけ。……貴女こそ、さっきから呼吸が深くなっているわ。……何か、いいことでもあったのかしら?」


「……え、ええ。カイル君が、私のために選んでくれたハーブの香りが、とても心地よくて……♥」


 母親同士、お互いの異変に気づきながらも、それを「秘密の快楽」として共有し合う。

 かつて愛し合った彼女たちにとって、相手が幸せそうに潤んでいる姿は、最高の精神的バフとなっていた。


「俺は、エルセ母さんが笑ってくれるのが一番嬉しいよ。……カイル、お前もミリア先生の笑顔、もっと見たいだろ?」


「ああ。……母さんのこんなに可愛らしい顔、僕以外の男……例えばあの父親たちには、一生見せたくないな」


 息子たちの言葉が、旧世代(父親たち)への明確な決別を宣言する。


「……そうね。あの方たちは、私たちがどんな顔で笑うかさえ、もう忘れてしまったでしょうし」


 エルセが自嘲気味に微笑むと、カイルがその手をテーブルの上でそっと握りしめた。

 

「……いいんです、エルセさん。あの方たちが捨てた時間は、僕が全部埋めてあげます。……世界一、大切にしますから」


「カイル君……。貴方って、本当に……私の理想通りの男の子に育ってくれたわね……」


 ついに「理想の愛」が完成へと向かう。


 部屋を埋め尽くすのは、発情した雌たちが放つ、むせ返るような濃厚なフェロモンの匂い。

 アルスとカイルは、その匂いを肺いっぱいに吸い込み、若きオスの独占欲をギラつかせた。


 食卓は、もはや食事の場ではなかった。

 四人、二組の男女がお互いを「一人の男」と「一人の女」として認め、魂まで溶かし合うための、神聖な儀式会場と化していた。


「……ねえ、ミリア。……今夜は、嵐になりそうね」


 エルセが潤んだ瞳で窓の外を見た。

 

「……ええ。……でも、怖くないわ。……私たちには、こんなに頼もしい『守護者ナイト』がついているもの」


 ミリアがアルスの肩に、そっと頭を預ける。

 その瞬間、ダイニングの魔導ランプが、パチパチと異常な輝きを放ち始めた。


 四人の魔力が、情愛を通じて共鳴している。

 かつての勇者パーティさえ到達できなかった、真の『シンクロニシティ』。


 しかし、その至福の時間を、不吉な振動が切り裂いた。


 ズゥゥゥン……ッ!!


 地響きと共に、屋敷の玄関ホールから、酔っ払った父親たちの怒鳴り声が響いてきた。


「おい! エルセ! ミリア! 戻ったぞ! さっさと出迎えに来い!!」


 旧勇者の、傲慢な声。

 せっかくの四人だけの聖域が、土足で踏みにじられようとしていた。


 アルスとカイルの瞳から、一瞬にして光が消える。

 

「……カイル。あいつら、予定より早く帰ってきたな」


「……ああ。……せっかく、母さんたちがいい気分になっていたのに」


 アルスは、テーブルの下で震えるミリアの肩を強く抱き寄せた。

 エルセもまた、カイルの背後に隠れるように身を寄せる。


「……アルス。カイル。……あの方たちが、来ちゃうわ……っ。どうしましょう……っ」


 怯える母たちの声。

 

 だが、息子二人は立ち上がらなかった。

 代わりに、アルスは不敵な笑みを浮かべ、ミリアの耳元で囁いた。


「大丈夫です。……母さんたちには、今夜、もっといいものを見せてあげますから。……カイル、例の『部屋』の準備、できてるか?」


「ああ。……あの親父たちが逆立ちしても入れない、俺たちの『聖域テリトリー』。……そこで、本当の続きを始めよう」


 父親たちの足音が、廊下を近づいてくる。

 

 だがその時、アルスとカイルが指を鳴らすと、ダイニングの扉が、外からは決して開かない魔導の鍵によって、硬く閉ざされた。


「……え? アルス君……?」


 驚くミリアの前に、アルスは資料室で見つけた、あの『赤い魔石のペンダント』を差し出した。


「これ……っ! どうして貴方がこれを……っ!?」


 ミリアの顔が、驚愕と、そして隠しきれない歓喜で激しく揺れる。

 

 そこへ、さらに扉を叩く乱暴な音が重なった。


「おい! 何で鍵がかかってんだ! 開けろアルス! ぶち壊すぞ!!」


 旧勇者の怒声。

 

 しかし、四人の世界は、もうその声さえ届かない場所へ、加速し始めていた。



(第6回へ続く)

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