第4回 継承される愛、二つの絆
「……カイル、これを見てくれ」
深夜。
人目を忍び、屋敷の地下にある古い資料室に集まったアルスとカイル。
二人の間には、埃を被った小さな木箱が置かれていた。
アルスがその蓋を開けると、中には色褪せた数通の手紙と、二つのペンダントが収められていた。
「これ……母さんがいつも大切にしている青い魔石のペンダントと同じじゃないか?」
カイルが驚きに目を見開く。
箱の中にあるのは、対となる赤い魔石のペンダント。
そして、その下から現れたのは、母たちの若き日の筆跡が残る秘密の往復書簡だった。
「やっぱり……俺たちの直感は正しかったんだ」
アルスが手紙の一通を手に取り、低い声で読み上げる。
『――ミリアへ。
今夜も勇者(あの人)は、戦果を自慢するだけで私の心には触れてくれません。
この孤独を分かってくれるのは、世界中で貴女だけ。
もし私たちが、男と女として出会えていたなら……』
カイルが息を呑み、別の手紙を手に取った。
それは魔導師ミリアから聖女エルセへ宛てた、剥き出しの恋文だった。
『――エルセ。
戦士(あの人)が私の理論を嘲笑うたび、貴女の優しい微笑みを思い出します。
この地獄のような英雄の旅で、貴女の手の温もりだけが私の正気を繋ぎ止めている。
……私たちの息子たちは、決してあの男たちのようには育てない。
貴女が愛されるべき、最高の男に育ててみせるわ』
資料室に、沈黙が降りた。
壁に掛けられた古びた魔導ランプが、パチリと音を立てて揺れる。
「……俺たちは、身代わりだったのか?」
カイルが掠れた声で呟いた。
エルセ母さんがカイルを受け入れたのは。
そこに自分を愛してくれた「ミリア」の血影を見ていたからではないか。
「……違う」
アルスが短く断じた。
その瞳は、迷いを焼き切るような強い光を放っている。
「手紙をよく読んでみろ。……『貴女が愛されるべき、最高の男に育てる』。
母さんたちは、俺たちを自分たちの身代わりにしたんじゃない。
自分たちが果たせなかった理想の愛を、俺たちに託したんだ」
アルスは赤い魔石のペンダントを握りしめた。
「母さんたちは、互いを愛していた。
けれど、あの脳筋親父たちという障害があった。
だからこそ……俺たちを作ったんだよ。
親友の血を引き、かつ、親友を『一人の女』として抱ける男として」
「……愛の、継承……か」
カイルの瞳に、新たな覚悟が宿る。
自分たちは身代わりではない。
母親たちが絶望の果てに夢見た、「真実の愛」を完遂するための究極の解答なのだ。
「お前はミリアさんの血を継ぎ、俺の母さんを救う。
俺はエルセ母さんの血を継ぎ、お前の母さんを救う。
……これで、母さんたちの願いは本当の意味で報われるんだ」
「ああ……そうだな、アルス。
俺たちが母親たちを『交換』して愛し合うことは、裏切りじゃない。
あの日、彼女たちが流した涙を、俺たちが喜びの汗に変えてやるんだ」
二人は暗闇の中で、対となる二つのペンダントを互いの首にかけた。
赤い石と、青い石。
それが一つに揃った時、微かな魔力が共鳴し、屋敷の奥底まで震わせるような柔らかな光を放った。
それは、母親たちがかつて結んだ『秘密の誓い』が、息子たちの手によって完成した証でもあった。
「……決まりだな。
俺たちは、あの親父たちの自分勝手な『英雄譚』を終わらせる」
「ああ。これからは、俺たち四人の……世界の始まりだ」
二人が資料室を後にしようとした、その時だった。
バタンッ!!
地上へと続く重い扉が、乱暴に開け放たれる音が響いた。
「おい、息子ども! こんなところで何をしている!」
響き渡ったのは、酒焼けした、傲慢で聞き覚えのある声。
旧勇者と旧戦士。
祝宴の酔いが冷めやらぬまま、戦利品を自慢しにやってきた『父親たち』が、暗闇の中に立つ息子たちの姿を、怪訝そうに見下ろしていた。
アルスとカイルは、咄嗟にペンダントを服の下に隠す。
「……別に。明日の訓練に使う古い魔導具を探していただけだよ、父さん」
アルスが冷徹な声で応える。
「ハッ、真面目なこった! そんなことより見ろ、新しい女を買い付けたぞ!
お前たちの母さんも、最近はすっかり枯れてきて面白くねえからな!」
旧勇者が下品に笑い、隣に連れた若い女の肩を抱く。
その言葉を聞いた瞬間。
アルスとカイルの周囲の空気が、凍りつくような殺気と、ドロリとした独占欲に塗りつぶされた。
(……枯れている、だと?)
アルスは、背後で拳を握りしめる。
(あの美しさを、一度も理解しようとしなかった癖に)
カイルは、奥歯を噛みしめる。
旧世代は、もういらない。
母親たちを悲しませるだけの存在は、この屋敷から、そして彼女たちの心から、徹底的に排除しなくてはならない。
「……おめでとう、父さん。
新しいおもちゃが見つかって良かったね」
アルスの口元に、氷のような笑みが浮かんだ。
「ああ! 明日はまた祝宴だ! お前たちも、母さんに準備をさせるよう伝えておけ!」
父親たちは満足げに去っていく。
その後ろ姿を見送る二人の少年の瞳には、もはや肉親への情など欠片も残っていなかった。
「……聞いたか、カイル」
「ああ。……予定を変更しよう。
母さんたちに……自分たちがどれほど『愛されているか』を、あの親父たちの目の前で、思い知らせてやるんだ」
復讐と救済の計画が、加速する。
翌日。
眩しい陽光の下で開かれる、四人だけのお茶会。
そこでは、世界で最も平和で、世界で最も淫らな「戦い」が始まろうとしていた。
(第5回へ続く)




