第14回 継承される命、愛の結晶
「……待てるわけがないだろ。百年なんて」
静寂が戻った王都の廃墟で、アルスは黄金の鍵を握りしめ、天を仰いで吐き捨てた。
隣ではカイルが、同じく鍵を胸に抱き、絶望と熱情が混ざり合った瞳で雲の切れ間を見つめている。
先ほどまでそこにあった、母たちの温もり。
肌を合わせ、汗を流し、魂まで溶かし合ったあの官能の余韻が、今も手のひらに生々しく残っている。
エルセの、白百合のような清廉な香りに混じった、発情した雌特有の甘く生々しい匂い。
ミリアの、知的な理性をかなぐり捨てた時に溢れ出す、むせ返るような愛液の香り。
それらが、この黄金の鍵からは今もなお、微かに、しかし確実に漂っていた。
「……アルス。この鍵、まだ温かいんだ。エルセさんの、あの火照った肌みたいに」
カイルが鍵に頬を寄せる。
ヌチュ……。
鍵から溢れ出した微かな光の雫が、カイルの頬を濡らした。
それは、次元の彼方へ消えたエルセが残した、最後の「愛の証」のようだった。
「ああ。ミリアも……あいつ、最後の最後まで賢者ぶって。百年待てだなんて、俺たちを買い被りすぎだ」
アルスは鍵を強く握り込み、自身の魔力を注ぎ込む。
ドクン。
鍵が脈動した。
それは、母親たちの腹部に宿っていた、あの神聖にして禍々しい黄金の鼓動そのものだった。
「カイル。……この鍵は、ただの道標じゃない。……これは、母さんたちが俺たちの種を苗床にして作り上げた、新しい生命の『核』だ」
「核……? じゃあ、この中に、僕たちの子供が……?」
「それだけじゃない。……母さんたちの魂も、この中に溶け込んでいる。……彼女たちは世界を書き換えるために自分たちを捧げたが、俺たちへの愛だけは、この小さな結晶の中に閉じ込めたんだ」
一往復目。
息子たちは、喪失の中に隠された「継承」の真実にたどり着いた。
アルスの言葉に応えるように、二つの鍵が共鳴し、眩い光を放ち始める。
光は二人の少年の身体を包み込み、失われた母たちの「肌の熱感」を再現していく。
「あ……。あああぁっ……エルセさん。……エルセさんの手が、僕の胸を……っ♥」
カイルは幻影の中に、自分を抱きしめるエルセの姿を見た。
実体はない。だが、その感触はあまりにもリアルだ。
粘りつくような愛撫。
耳元で囁かれる、淫らで慈愛に満ちた吐息。
「……アルス君。……私を、呼んで。……貴方の熱い魔力で、私をもう一度……書き換えて……っ♥」
ミリアの、理性を焼き切ったあの声がアルスの脳内に直接響く。
「……分かってる。……今すぐ、迎えに行く。……神の領域だろうが、世界の理だろうが、俺たちの愛欲でこじ開けてやるッ!!」
二往復目。
息子たちは、世界を守る英雄としての道ではなく、愛する女を奪還する「略奪者」としての道を選んだ。
アルスとカイルは、お互いの鍵を重ね合わせた。
ガチリ、と。
二つの鍵が噛み合い、一つの巨大な「門」を形成する。
そこから溢れ出したのは、かつての魔王さえも凌駕する、圧倒的な生命の濁流。
「カイル! 全魔力を注げ!! 母さんたちが俺たちを育てたのは、この瞬間のためだ!!」
「おうッ!! 世界最強の『親子愛』……いや、一人の男としての『純愛』を、神に見せつけてやる!!」
三往復目。
全ての因果が、今、一つに収束する。
ドォォォォォォォンッ!!
黄金の光柱が再び天を貫き、世界の理を無理やり捻じ曲げた。
光の渦の中で、アルスとカイルの肉体は変化していく。
人間であることをやめ、愛する女たちと同じ「神」の領域へと、自らの存在を引き上げていく。
それは、最も美しく、最も罪深い「心中」に等しい覚醒。
光の彼方。
そこには、全裸で、黄金の糸に絡め取られたエルセとミリアが、恍惚とした表情で待っていた。
彼女たちの腹部は、再び大きく膨らみ、今にも「新しい世界」を産み落とそうとしている。
「……来ちゃったわね。……困った子たち」
エルセが、潤んだ瞳でカイルを迎え入れる。
「……解析不能。……愛の速度が、光の速さを超えるなんて……。……でも、嬉しいわ。……アルス、貴方の熱さで、私を……溶かして……っ♥」
再会。
神の寝室と呼ばれるその場所で、四人は再び、重なり合った。
ジュブ、ジュル、ジュブゥッ!!
神聖なる沈黙を切り裂く、卑猥で強欲な水音。
エルセの秘所から溢れる聖水が、星々を濡らし、
ミリアの絶頂の叫びが、新しい宇宙の法則を書き換えていく。
もはや、息子でもない。親友でもない。
ただ、狂おしいほどに愛し合う二組の恋人たちが、お互いを貪り、高め合う。
その絶頂の最中。
エルセとミリアの腹部が、同時に、黄金の輝きを放って弾けた。
「「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ……♥ ♥ ♥ ♥」」
産声。
だが、それは赤ん坊の声ではなかった。
生まれたのは、
かつての英雄たちの姿をした、
けれど全く新しい、
『四人の分身』。
自分たちが自分たちを産み、
自分たちが自分たちを愛する。
永遠に続く、快楽のループ。
アルスは、ミリアの中に深く、深く己を刻み込みながら、勝利を確信した。
だが。
その歓喜の絶頂の背後。
新しく生まれたばかりの世界の端から、
聞き覚えのある、
そして絶対にそこにいてはならないはずの、
『二人の男』の足音が聞こえてきた。
「……不浄な。……あまりに、不浄な光景よ」
黄金の霧の中から現れたのは。
異空間に追放したはずの、旧勇者と旧戦士。
しかし、彼らの瞳には、かつての狂気はない。
代わりに、この世のものとは思えない『虚無』と、
四人の愛欲を根底から否定する、
絶対的な『滅びの魔力』が宿っていた。
「……親父。……どうやって、ここへ……」
アルスが、絶頂に震える身体で剣を握る。
「……息子よ。感謝する。……お前たちが『神』の扉を開けてくれたおかげで、俺たちは……この世界の『終わりの王』として、戻ってくることができた」
旧勇者の手には、
全ての愛を無に帰す、漆黒の『忘却の鎌』が握られていた。
最終決戦。
愛が勝つか、無が勝つか。
四人の背徳の聖域に、最大にして最後の、無慈悲な審判が下されようとしていた。
(第15回へ続く)




