第12回 追放と祝福、聖域の完成
「……ああ。なんて愛おしい。私の、本当の息子……」
魔王城の冷たい床に膝をつき、聖女エルセがうろんな瞳で呟いた。
彼女の視線の先には、新魔王が産み落とした『何か』――黄金の粘液に包まれた、禍々しくも神々しい赤ん坊のような光の塊がある。
その産声が響くたび、エルセの胸元からは母乳が滲み、法衣を濡らしていく。
賢者ミリアもまた、恍惚とした表情でその光へと手を伸ばしていた。
「アルス君、ごめんなさい。……私、もう貴方を『男』として見られないわ。この子を守らなきゃいけない……母親としての本能が、私を支配しているの……っ」
二人の母親から、恋慕の情が急速に失われていく。
それは新魔王が仕掛けた、旧世代の執着を核にした「偽りの母性」による洗脳だった。
「――っ、ふざけるな! そんな化け物が、俺たちの代わりだっていうのかッ!」
カイルが叫ぶが、エルセは彼の手を冷たく振り払った。
その瞳に宿っているのは、慈愛などではない。
ただの、盲目的な本能の奴隷と化した雌の虚ろな光。
「パチ、パチ、パチ。滑稽ね、英雄の息子たち」
新魔王は玉座で足を組み、豊満な胸を揺らして笑う。
「お前たちが教えた『愛』が、彼女たちの母性を極限まで高めてしまった。だからこそ、この『偽りの子』の産声に抗えない。自分たちの愛欲の結果を、この子に投影しているのよ」
「……解析は終わったぜ、魔王」
アルスが、静かに剣を鞘に納めた。
そのあまりに冷徹な声に、新魔王の笑みがピクリと止まる。
「強引に上書きしただけの『母性』なんて、俺たちの絆の足元にも及ばない。……カイル、やるぞ。俺たちが育てられた理由、ここで証明してやる」
「ああ。……母さんたちが求めているのは、そんな『かりそめの子』じゃない。……俺たちが、彼女たちに刻んだ『悦楽の続き』だッ!」
一往復目。
息子たちは、偽りの家族愛を真っ向から否定した。
アルスは迷いなくミリアの元へ歩み寄り、その細い首筋を強引に引き寄せた。
「ミリア。……俺を見ろ。その化け物の声じゃなく、俺の鼓動を聞けッ!」
アルスがミリアの唇を、食いちぎらんばかりの勢いで奪う。
ジュブ……。
激しい水音が、不浄な魔王城に響き渡る。
「ん、んんぅぅっ!? アルス……君……っ、だめ……私は、母親……っ♥」
「母親だろうがなんだろうが関係ねえ! あんたは、俺に抱かれて震えるだけの、ただの女だッ!!」
カイルもまた、エルセを後ろから抱きしめ、彼女の耳たぶを熱く噛んだ。
「エルセさん。……思い出してください。昨夜、僕の指がどこまであなたを汚したか。……この化け物は、あなたをそんな風に鳴かせてくれますか?」
「あ、あああぁぁぁっ! カイル君……っ、あ、そこ……っ♥ 思い出して、しまう……っ、私の身体が、疼くのぉっ!!」
二往復目。
息子たちの剥き出しの情熱が、新魔王の洗脳を内側から焼き切っていく。
エルセとミリアの身体から、むせ返るような「発情したメスの匂い」が再び立ち上り、新魔王の放つ不浄な魔力を中和し始めた。
「な、何をしているの、貴女たちッ! その子を見なさい! 貴女たちの血を引く赤ん坊なのよ!?」
新魔王が焦燥に駆られて叫ぶ。
「……五月蝿いわね、魔王」
ミリアが、アルスの腕の中で、冷徹な賢者の瞳を取り戻した。
ただし、その頬は赤く染まり、瞳は愛欲の熱でドロドロに濁っている。
「……確かにこの子は、私たちの要素を持っているわ。でも、決定的に足りないものがある。……それは、この子たちが私たちに与えてくれる『救済』という名の快楽よ」
「そう。……私たちは、もうただの母親には戻れない。……この子たちの愛を知ってしまったから。……偽物の子供なんて、今の私たちにはガラクタと同じよ」
エルセが、自分を抱きしめるカイルの手を、愛おしそうに握りしめた。
三往復目。
母親たちは自らの意志で「母性」を「恋慕」へと再変換した。
「――『聖域共有・楽園終焉』!!」
四人の魔力が、究極の同調を果たす。
黄金の光が、新魔王が産み落とした偽りの命を、一瞬で蒸発させた。
「ぎあああああああああっ!! 私の……私の最高傑作がぁぁぁっ!!」
新魔王が絶叫し、その肉体が光の粒子となって崩壊していく。
彼女の核となっていたのは、床に転がっていた旧勇者と旧戦士の執着だった。
二人の父親たちは、息子たちの圧倒的な「愛」の輝きに焼かれ、今度こそ完全に精神が崩壊した。
「あ……ああ……エルセ……ミリア……」
旧勇者が、ボロ布のように震えながら手を伸ばす。
「……さようなら、お父様方」
エルセが、冷酷なまでに美しい微笑を投げかけた。
「貴方たちを殺しはしません。……でも、もう二度と、この世界には戻れない場所へ送ってあげます。……新しい女の人たちと、一生そこで『過去の栄光』に浸っていればいいわ」
ミリアが指を鳴らす。
パキィィィィィンッ!!
次元の裂け目が開き、旧勇者と旧戦士、そして彼らが連れていた若い女たちが、絶叫と共に異空間へと吸い込まれていった。
それは、誰にも邪魔されない、けれど誰からも認識されない、永遠の隠居場所。
障害は、全て消えた。
崩れゆく魔王城の中で、四人は静かに抱き合った。
「……終わったな、アルス」
「ああ。……これからは、俺たちの時間だ」
アルスがミリアの腰を引き寄せ、カイルがエルセの肩を抱く。
もはや「親友の母」という境界線すら、そこには存在しない。
一組の親子が、別の組の親子を愛し、守り、そして四人で一つの生命体として機能する。
世界で最も歪で、世界で最も完成された「新家族」の誕生だった。
屋敷へと戻った四人を待っていたのは、かつてないほどの平穏と、そして底なしの享楽の日々だった。
ある日の午後。
新しく建て直された屋敷のテラスで、四人はお茶を楽しんでいた。
エルセの膝の上にはアルスが頭を乗せ、ミリアの隣にはカイルが寄り添っている。
「……ねえ、ミリア。……最近、少し身体が重くないかしら?」
エルセが、ふと自身の腹部に手を当てて首を傾げた。
「……あら。……実は私も、今朝から少し魔力回路が重だるいと感じていたの。……病気、ではないわね。……これは、もっと『根源的』な……」
ミリアの顔が、驚愕と、そして深い悦びに染まっていく。
二人の母親の腹部からは、以前のような禍々しい光ではなく。
静かで、温かく、そして力強い『黄金の鼓動』が響き始めていた。
「母さん……ミリアさん。……これって」
カイルが息を呑む。
アルスが、エルセとミリアの腹部に同時に耳を当てた。
「……ああ。……聞こえる。……俺たちの、本当の『絆』の音が」
それは、偽りの魔王が産んだものではない。
四人が魂まで混ざり合い、愛し合った結果として、この世に召喚された『新しい神』の芽吹き。
「……アルス。カイル」
エルセが、涙を浮かべて二人を見つめた。
「……今度は、誰の身代わりでもない。……私たちの、最高の『愛の結晶』として、この子たちを産ませてちょうだいね……♥」
「ええ。……世界を救う勇者でも、聖女でもない。……ただ愛されるためだけに生まれてくる、私たちの宝物よ」
ミリアが、アルスの首に腕を回して囁く。
だが、その至福の時間を、王都の方向から響く「緊急事態の鐘」が遮った。
テラスから街を見下ろした四人の瞳に映ったのは。
空を埋め尽くすほどの、漆黒の巨大な『方舟』。
「――な、何だ、あれは……!?」
アルスが剣に手をかける。
方舟の甲板に立っていたのは、かつて父親たちが追放したはずの、魔王軍の残党。
しかし、彼らが掲げている旗には、見たこともない紋章が刻まれていた。
「……あれは。……旧勇者の、一族の紋章!? どういうことだ、親父は追放したはずなのに!」
カイルが叫ぶ。
方舟から響いてきたのは、死んだはずの旧勇者の、いや、旧勇者の『父親』――つまり、アルスたちの『祖父』にあたる、先々代の勇者の、地を這うような復讐の声だった。
「――不埒な孫たちよ。……我が一族の血を汚した罪、その命をもって償え」
(第13回へ続く)




